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かよわいあの子の月曜日




夏の盛り。
チリンとどこからか風鈴の揺れる高い音が聞こえる。
まだ早い時間なのに差し込む光は明るい。
朝食の準備をしないと…、でも、まだもう少し寝ていたい。
夢現の中、寝返りを打とうとして誰かが上にのしかかっているかのように身動きができないことに気づく。どうしてだろう。

「…起きなきゃ……」

と言った気がしたのに喉から出たのはカサカサの声。
同時に鈍い痛みが走る。あれ、喉も頭も身体も、みんな重くて痛くて起き上がれない。
風邪かな?困ったな、お仕事があるのに…、

せめてお休みしますって伝えなきゃ…と思うのに部屋はおろか布団から出られそうにない。そのまま意識は溶け再び眠りに落ちた。









珍しく早く起きた。
夏は蒸し暑くて寝苦しい。
汗をかいたついでに竹刀を振るい風呂に直行した。
濡れた髪をタオルで雑に吹きながら廊下を歩いていると、女中のおばちゃんと行き合う。朝食の準備だろうか。


「あら沖田さんおはようございます。姫ちゃん見なかった?まだ来てないのよ」

「おはよーごぜぇやす。そりゃ珍しいや。寝坊ですかねィ」

「いつもならとっくに働いてる頃なんだけどね。ちょっと手が離せないから見にいってもらえないかしら」

へーいと了承してくるりと方向転換し隊員の部屋をいくつも通り過ぎた先にある一番奥の部屋に辿り着く。
姫、とひと声かけて返事も待たずに部屋に入ると彼女はまだ布団の中にいた。
珍しい、本当に寝坊だったとは。

「姫、起きな。仕事だろィ」

閉じた瞳は開かない。
真夏だというのに薄い布団を口元まであげている。見ている方が暑苦しい。
コイツこんなに寒がりだったか?と思いながら顔を覗き込むと、苦しげに眉根を寄せている。反射的におでこに手を乗せると、普段と比べ物にならないほど熱を持っていた。

「……風邪か」

「……、そ…ごくん」

手のひらの感覚で目を覚ましたのか姫が目を開けた。

「声カッサカサじゃねェか。どこがしんどい?」

「頭…いたい、…喉も……さむい……」

「じゃあまだ熱上がるな。おばちゃんに今日は休むって言ってくるから大人しく寝てろ」

「……うん……」

熱いおでこに軽くキスをしてから部屋を出て、おばちゃんに姫が熱を出していることを伝えるとあら大変!と氷や水を用意してくれた。お盆を受け取ると、看病宜しくね!と送り出される。

再び姫の部屋に向かうべく歩いていると土方コノヤローとすれ違う。朝っぱらから煙草をふかしてやがる。空気がまずくなるだろーが。

「おう総悟。お前にしちゃあ早いじゃねーか」

「おはよーごぜーやす土方さん。てことで今日俺休みますんで。じゃ」

「てことでって何だよオイ!…つーかそれ何だ?」

「土方さんには関係ねーんで」

「大アリだわ!」

「姫が夏風邪引いてんでさァ。おばちゃんに看病頼まれたんで」

「姫が?大丈夫なのか」

「おはようトシ!総悟!ん?それは…誰か病気なのか?」

「ああ近藤さん。どうやら姫が風邪引いてるらしい」

「何ィ!?医者を呼べェェェ!!」

「そんな大袈裟なもんじゃねーでさァ。寝てりゃあそのうち治るでしょう」

「総悟、今日は姫ちゃんについててやれ。風邪の時は心細いからな。頼んだぞ」

真剣な顔をした近藤さんに念押しされる。

「んな大袈裟な……と言いたいところだが今日は見回りくらいしかねーからな。俺も近藤さんに賛成だ」

「そういうことなら遠慮なく。近藤さんも土方さんも姫のことになると揃いも揃って甘ェですねィ。あと近藤さん、そろそろ下の隊士たちも来るんで服着て下せェ」




部屋に戻ると姫は微動だにせず布団に包まったままだった。だが頬が赤く染まり汗ばんでいる。熱が上がりきったか。そうとなればあとはこの熱が引くのを待つだけだ。

布団を引っ剥がしてタオルケットを軽くかけ絞ったタオルで汗を拭いてやっていると、ぴくりと睫毛が震えたが目を開けることはなかった。
代わりにゆっくりと、僅かに指が開く。求められるままに指を絡めた。


「早く治しちまえ。ヘラヘラした顔が屯所歩いてねェとみんな調子狂っちまう」

呟くように落とした言葉は少しだけ指先に力が込められたことで伝わったのだとわかった。すぐに力が抜けて呼吸も少し落ち着く。
さて、眠っている間どうするか。目を覚ました時には側にいてやりたいから極力部屋は出たくない。


静かな部屋にチリン、と遠くから鳴る風鈴の音が届く。思えば久しぶりの非番だ。

何度か額のタオルを交換したり汗を拭いてやりながら片手間に姫の本をパラパラとめくり文字の羅列をなぞっていると襖の向こうから小声で声が掛かった。


「沖田隊長ー、お昼ご飯ですよー…、姫ちゃんの分も、おばちゃんからお粥貰ってきましたー」

「ザキ、てめーにしてはいいところに来たじゃねーか。水変えてこい」

「ハイハイ。どうですか、姫ちゃん」

「全力で熱下げてる真っ最中だ」

「じゃあまだ安静ですね。それにしても珍しいですね、姫ちゃんが風邪なんて」

「ここのところ寝不足だったし夏は体力持ってかれるからな。第一、体調悪くても言わねーしなァ」

「姫ちゃんらしいですけど…、こっちとしてはもう少し甘えて欲しいですもんよね」

「へぇ?ザキ、コイツに甘えて貰いてーのか」

「えっ!?いやそう言う意味じゃないですって!頼りにして欲しいって意味です!ったくもー、水変えて来ます」

持ってきて貰ったおにぎりを頬張りながら待っていると山崎はすぐに戻ってきた。が。持っていたのは水が入った桶ではなく。

「……なんでィそれは」

「いやー、姫ちゃんが風邪って言ったらみんな心配しちゃって……」

山崎の手に山ほど抱えられていたのは花やお菓子、飲み物やゼリーなどの所謂見舞いの品だ。ジャンプは要らねーだろ。とりあえず部屋に置いて今度こそ水を交換して山崎は出て行った。


額に手を当てると熱は少し下がってきたように感じる。ほっと息をつくと、姫が目を開けた。

「…そうごくん」

「起こしちまったか。頭痛いのどうだ?」

「…少し…良くなってきたよ」

「良かったな。おばちゃんのお粥あるぜ、食えるか?」

「……ん、お水、ある?」

「あー…」

力が入らずくにゃくにゃの姫を支えながら上体を起こし、山崎が持ってきた見舞いの品の中にあったペットボトルを持ち上げてからふと気づく。
コップがねェ。
取りに行くの面倒くせーな。

キャップを捻って水を自分の口に含ませてから、ぼーっとこちらを見ている姫の薄く開いた唇にそれを押し当てた。起き抜けで頭が回っていないのだろう、抵抗なく俺の唇から流れる水を受け入れた。

こくりと、喉が鳴る。

「ん………」

もう一度同じようにして水を姫の口腔内に流し込むと、熱っぽく潤んだ瞳と目が合った。

「…おいしい」

「やめろ、煽るな」 

風邪の症状とは言えこの顔でそんな言葉を言われ求められたらこっちがたまったもんじゃない。

「ほら食え」

「うん」

少しだけお粥を食べ、汗をかいて湿った寝巻きを着替えさせた。いつもなら、ましてやこんな昼間に肌を見せることを恥ずかしがる姫だが、素直に俺の手に従った。

「ずっといてくれたの?」

「近藤さんが大騒ぎして姫についてろって。サボれて丁度良かったぜィ」

「そっかぁ……だから、寂しくなかったんだね。風邪の時って、いつもより部屋がしんとしてて、明るいはずなのに暗くて…心細いから。総悟くんがいてくれるのが一番のお薬だよ、ありがとう」

姫は変なところで恥ずかしがるくせにこんな台詞をサラリと言ってのける。声はまだ少しカサカサしていたが、その言葉の一つひとつが俺の心を潤していることは知らないだろう。

緩く微笑んだ瞳に、俺が映っている。
きっと俺の瞳にも、姫がいる。
気恥ずかしくなり誤魔化すように唇を合わせて、おでこをコツンとくっつけた。

「少し下がったとは言え、まだ大分熱いな」

「もう少し寝れば良くなると思う…、起きたらまた総悟くんがいてくれたらいいな」

「期待して寝ろよ?」

姫を布団に寝かせて再び眠りに落ちたことを確認してから食事のお盆を下げるために部屋を出た。
食堂で片付けをして戻ろうとすると向こうから大きな袋を抱えた大柄の男がこちらに歩いてくる。あの歩き方は、

「どうしやした、近藤さん」

「おう総悟。午前の見回りでかぶき町のほうに行ったんだがな、姫ちゃんのことを言ったら皆さんがお見舞いに持たせてくれたんだ。
いやー姫ちゃん、いつの間にかこんなに町の人と仲良くなってたんだな!」

「隊士どころか町の人まで見舞いの品ですか。たかが風邪で大袈裟ですねィ」

「普段姫ちゃんがどれだけ周りの人を大切にしているかが伺えるなぁ。これも人柄だよ。みんな、彼女が困っていたらなんとか力になりたいと思うのさ」

「…そうですねィ。これは近藤さんが責任持って処理してくだせェ。こんなんアイツが食ったら逆に悪化するんで」

一番上にあった黒い劇物が入った包みを近藤さんに押しつけてその他の物を受け取り部屋に戻った。

既に小さな山を作りつつあるそこに新たにドサリと袋を落とす。中身は団子やお菓子、野菜にスイカが丸々一玉。それに喉飴、封が開いた酢昆布の箱にクシャクシャの馬券…ゴミかよ。何気なく馬券を裏返すと下手くそな文字があった。

『姫へ はやくよくなってね かぶき町のバカどもより』


それを姫の枕元に置き、手を握って俺も横になる。

「愛されてんなァ」

目を覚ましたらこの贈り物の山を見てどんな顔をするだろう。

至極嬉しそうに笑う姫の顔を思い浮かべて、目を閉じた。





title by 星食





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