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01.バッドエンド



もしもあの時、わたしが間違えなければ、今も変わらないありふれた毎日が続いたのかな。
どうすれば良かった?わたしにできることは、まだあるのかな………。
あの日、わたしは殺された。






短大に入学したばかりの春。
わたしはまだ周りの学生の独特な明るい雰囲気に慣れず、なんとなくそわそわした日々を送っていた。

「姫帰るの?ばいばーい」

「うん、ばいばい」

「姫さーん、良かったら今週の金曜、飲み会来ない?女の子はタダで行けんだけど!ていうか来てー!姫さんに会いたいって男がめっちゃいるんだよ〜」

講義が終わって帰ろうとするわたしを追いかけて来たのは、同じ選択科目を取る男の子。入学してから何かと話しかけてくれるけど、押しが強くてちょっとだけ苦手だったりする。

「ごめんね金曜はバイトなの」

「まじかー残念…姫さん良かったら今度2人で飲みに行こうよ〜」

「えっと……お酒苦手なんだ、ごめんね。誘ってくれてありがとう。今日バイト早めに行かなきゃだから、またね」

「じゃあまた今度改めて誘わせて!帰り気をつけて!」

ありがとう、と返して彼と別れてそそくさと学校を出た。誘ってくれるのはありがたいけどわたしたちまだ未成年のはずなんだけどな…。ノリというものになかなかついていけなくて気まずい思いをしてしまう。

バイト先である塾の近くにあるお気に入りのカフェテリアに入り、大好きなココアを頼んで塾の課題作りをする。プリントに目を通していると、同い年くらいの店員の男の子がココアを運んで来た。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

「…………」

「………?」

ここへ来ると、いつもこの人が対応してくれる。カフェの制服に眼鏡をかけた彼は、穏やかで明るい笑顔で接してくれるから、小中高と女子校にいて男性が苦手なわたしも徐々に慣れてきた。…とは言えただの店員と客なので、会話らしい会話はしたことはない。ただ、こうしてじっとわたしと目を合わせて微笑んでいることが度々あって、笑顔なのに感情が見えなくてなんとなく怖い、と感じることがあった。不思議な印象の持ち主だと思った。

お互いに言葉を発することなく、彼は仕事に戻っていった。ゆるりと湯気のたつココアを飲むと、甘さが広がってとっても落ち着く。

「……おいし」

講義を受けて、バイトをして、帰って、アパートで家事をして眠る。少しずつ慣れつつある、わたしの日常。きっと、この日常をこなしていくうちにあっという間に就活が始まって、短大を卒業して、社会人になる。そしていつか、素敵な人に巡り会って、家庭を持ったりするのかな?漠然とそう思ってた。

(あ………また……。)

ゆったりとした時間を過ごし、腕時計で時間を確認しつつ席を立とうとすると、違和感。見られている気がしてなんとなく店内を見渡すと、いつも彼と目が合う。にこりと微笑まれたのでこちらも少し微笑んで、店を後にした。







「姫せんせー!課題やってきたよ!マルつけてー!」

「はーい。……わ、マルがたくさん!よくできました。がんばったね」

えへへーと元気に笑う、笑顔がかわいい小学5年生のアイちゃん。最近この塾に入ったばかりの子で、熱心に勉強を頑張っている。今日はこの子の授業で終わり。間違えたところを見直したり問題集を一緒に解いて、そろそろ終わりの時間だ。するとアイちゃんの携帯が光った。

「姫せんせー、ママがお迎え遅くなるって……何時になるかわからないって……待ってていい?」

不安そうに携帯を握るアイちゃん。時間は20時を回るところ。そのうち塾も施錠されるだろうし、何時になるかわからない中ここに1人で待つのは可哀想に思える。

「アイちゃんのおうちはどの辺りにあるの?」

「えっとー、大江戸橋の近くだよ!大っきな橋を渡って、銀魂高校の方だよ!」

「わたしの家もその辺りなの。おうちの鍵はある?先生と一緒に帰ろっか」

「わあ!やったー!ママに電話してみる!」

嬉しそうに母親に電話して、電話を代わった母親から申し訳なさそうな声でよろしくお願いしますと許可をもらった。
急いで後片付けをして、塾を出る。アイちゃんと手をつないで暗くなった夜道を歩いた。いつもの帰り道なのに、なんだかむず痒い気持ち。将来子どもが産まれたら、こんな風に歩いたりするのかな?なんて想像してしまう。なんとなく、幸せな家庭に憧れがあった。

「アイちゃんは将来どんなことをしてみたい?」

「んー……、ママみたいに、病気の人を助けたり、お医者さんのお手伝いしたい!お仕事って大変そうだけど、いつもニコニコして楽しそうだもん!」

「そっかぁ、お母さんは看護師さんなんだね」

「うん!とってもカッコいいよ!だからねパパがタンシンフニン?で、たまにしか会えないけど、ママがいるから大丈夫なの!」

「パパもママもアイちゃんのこと応援してるよ」

「うん!あ、姫せんせー!月がおっきいよー!」

真っ赤な装飾の大江戸橋にさしかかると、車通りや街灯の多かった大通りから離れ、途端に田舎の風景になる。大きなこの橋の下には川が流れ、月が綺麗に写って水面にゆらゆら揺れている。本当に綺麗な光景だった。

「今日は満月だね。綺麗……吸い込まれちゃいそう」

「満月にお願い事したら叶うかな!?」

「どうかなあ、流れ星が見えたらお願いしてみよっか」

しばらく橋の真ん中で空に浮かぶ月を眺めていると、びゅう、と風が吹いた。春とはいえ夜は気温が下がる。そろそろ肌寒くなってきた。早くアイちゃんを家まで届けないと。

「アイちゃん、そろそろ行………」

言いながら橋の向こうに視線を向けた瞬間、心臓がどきりと跳ねた。橋を渡った先に、カフェテリアの、あの店員さんが、こちらを見つめて立っていた。

「あ…………」

偶然かもしれない。彼もこの近くに住んでいて、バイト帰りなのかもしれない。でも、一歩も動かずじっとわたしを見ている。わたしが歩いて来るのを待っているかのように見えた。

一応顔見知りだからと、ぺこりと頭を下げて足早に横を通り過ぎようとしたその時、ガッと右腕を掴まれた。

「きゃ……っ!?」

「姫さん、約束、しましたよね?大切な話があると。なぜ来てくれなかったんですか?待ってたのに。なぜ僕に応えない?」

「約、束……?ごめんなさい、人違いだと思います。すみません今日は急いでいるので……」

約束なんてした覚えがないし、彼とプライベートな話をしたことさえない。名前さえ、言っていないのに。
一体どういうこと?なぜ彼は怒っているの?怖い。笑ってるのに、笑っていない。眼鏡の奥の瞳は、わたしを見ているのに、見ていない。掴まれた腕が痛い。早く、行かなきゃ。

失礼しますと早口で言い、足を進めて腕を解こうとする。解けない。指が食い込む。痛い。身体が震える。アイちゃんと繋いでいる左手に力がこもる。だめ。アイちゃんを早くおうちに連れて行かなきゃ………!

「ねえ!おじさん!姫せんせーに乱暴なことしないで!女の子には優しくしなきゃダメだよ!嫌がってるから、やめて!」

夜空にアイちゃんの高い声が響いた。
すると彼の表情が、変わった。

「………あァ?おじさん?僕は姫さんの夫だよ?この僕に、姫さんの婚約者に、そんな口聞いていいわけ?」

「アイちゃん!走って!」

わたしを見ていた冷たい眼が、初めてアイちゃんに向けられる。次の瞬間、わたしの横にいたアイちゃんの身体が蹴り上げられ強く床に叩きつけられて、意識がなくなったのかアイちゃんは動かなくなった。

「アイちゃん!!アイちゃん!!やめて!あの子はあなたと関係ないでしょ!?」

「姫さんの婚約者に失礼な口をきくからだよ。ねえ姫さん。ずっと約束を伝えてきたよね?次の満月の夜に会おうって。結婚して僕のものになるって。だってずっと見てたんだよ僕がずっと君のこと1番先に見ていたんだ好きだ好きだ好きだ愛してる愛してる一緒になろうって想いをずっと伝えてたじゃないかその度に君も微笑んでくれた僕たちは晴れて結ばれるんだ満月の今夜……ひとつになろう」

「いや………そんなの、知らない……離して!」

思いきり身体をぶつけて相手が怯んだ隙に腕を解いてアイちゃんに駆け寄る。頭を打ったようで、出血している。逃げなきゃ。でも、この状態で身体を動かして大丈夫なんだろうか。橋の床に広がる赤い色に、頭が真っ白になる。どうしてこんな酷いことができるの……!?

「婚約者なんて、わたしにはいない!あなたの名前も、あなたのことも知らないのに、結婚なんてできません…!もう関わらないで!」

言いながら、とにかく救急車を呼ぶためにポケットからスマホを取り出す。手が震えて、うまく操作できない。早くアイちゃんを助けて貰わなきゃ。早く、早く………!呼び出しコールがプルルと音を立て「ねぇ姫さん」

瞬間、頭と頬に強い衝撃を受け倒れこんだ。
何が起きたのかわからなかった。酷い痛みと目眩に思考が止まって、身体を起こすこともできない。遠くで、チャキリという金属の音を耳が捉える。

「っ…う………アイ…ちゃ…」

ビリ、と白いカットソーが弾ける音と感覚。男の手にはバタフライナイフが鈍く光っていた。

「美しい……白い肌が月明かりに照らされて光り輝いてる…ああ早くひとつになりたい…姫さん…」

馬乗りになった男の顔が近づいてくる。あごを掴まれて頭が動かない。だらしなく溢れる唾液に濡れた唇がわたしの唇に触れそうになる。やめて、それだけは、

「いやぁあ……!」

力を振り絞って抵抗すると、振り上げた腕が男の頬を叩き、眼鏡がカチャリと落ちた。

「………姫さん、婚姻の儀式を始めよう。僕もすぐに向かうからね。2人だけの世界で、ひとつになって永遠を生きよう」

次の瞬間、ドン!とナイフが胸に突き刺さる。
あまりの衝撃と痛みに声も出ず、息が止まる。

「血で汚れちゃったね。洗わないとね。綺麗な体で、向こうで待ってて。僕の花嫁……」

そのまま身体を持ち上げられ、橋の上から身体が投げ落とされる。男も笑顔で自分の喉にナイフを当てる。彼の足元には動かないアイちゃん。落ちていく身体と意識の中で、最後に見たのは、

月に見捨てられた星屑のようなわたし