「君は僕だけの貴女でしょう?」
私の視界を覆い尽くすように立つその人が、私の顎に手を掛けながら囁いた。
その囁きを紡ぐ口は、私のすぐ目の前。色素が薄いのか、淡い桃色の口は畏れたように見上げる私を見て、少しだけ口角をあげた。
「…私は、貴方のものなんかじゃ…ない」
抵抗したいのに、全身に回った薬がそうはさせてくれない。口さえも、満足に動かない。
「いいえ。貴女の全ては僕の物であって、貴女の物では決してありません」
「……」
妖しげに笑うその人が確信をもって言うその言葉に、悪寒が走る。
私が、私のものではない。そんなわけない。そう思うのに、目の前のこの人の言葉はいやに現実味を帯びている。手足に食い込む縄が、軋む。
「愛しています。貴女の全てを。貴女は僕の視界だけに入るべきであって、他の人間の目に映るべき人ではないんですよ、解りますか?」
私の顎を掴む手に、力が入った。
「ッ……」
爪が肌に刺さるのが分かる。
「ほら、貴女が他の人のところに行こうとなんてするから、僕は貴女を傷つけたくなってしまいます。」
爪が更に強く食い込むのを感じながら、ヒヤリとした感触が首に宛がわれたのも分かった。
カチカチ、とその刃を長くする音が響く。
「……やめて」
「やめて?…これは愛情表現でしょう?…ほら、君はこんなに綺麗…」
「……ッ!」
その冷たい感触は首筋を這い、畏れる私を笑うように皮膚をなでる。
この人は頭がおかしい、おかしすぎる。壊れている。
初対面でしょう?何故私の名前を?部屋にはどうやって入ったの?鍵は閉めていた。入れるはずが無い。音もなく?全然気が付かなかった。なぜなぜなぜ!
恐怖から思考が空回りして、歯がかちかちと音をたてる。ああ、こわい。
誰か、たすけて
「助けなんて来ませんよ。これから貴女は僕と暮らすんですから」
会社?辞めてもらいます。家族?工作なんて簡単ですよ、あ、結婚したってことにしましょうか。ご近所づきあいなら僕がやりますし、生活身の回りすべて僕がやります。
ほら、貴女は生きているだけでいいんです。
「僕と生きて下さい」
そのにこやかな笑みとともに告げられた強制は、絶望的な宣告だった。

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