さんざんだ。まったく散々だ。何故朝から引きずられているのか、しかも入学式の朝に!
そんなことを考えていたら、いつのまにか学校についていて階段を上がりとある部屋にはいり、サインをしていた。
………ん?

「それじゃ、またあとでねーっ!」

「……あれ?…あれ!!?」

私は一体何をしていたの?え、あれ?はっと気が付いたときには、あの鬼面少女は手を振って廊下の先に消えていて、私はどことも知れぬ廊下で立ち尽くしていた。
よし、まずは何があったか思い出してみよう。朝から鬼面少女に出会って引きずられてきて、部屋に入った。椅子に座って何かにサインして…ってなんで私得体のしれないものにサインしてるの!?
ぱっと顔をあげて、今の今まで居た部屋をみつめる。その名は指導会室。ちょっと耳慣れない名前である。
その中には現在人はいない。しかし私が入った時、一人のおだやかそうな男子生徒がいて、美味しい紅茶をいれてくれたのだ。…それだー!
紅茶は好きだ。茶葉にこだわるほどではないが、好きな飲み物は?紅茶!と応える程度には好きだ。だから美味しい紅茶に惑わされ、何かにサインしてしまったのである。

「……まぁ、いっかー」

なんとかなるよね、大丈夫。うん。なんとか自分に言い聞かせて、私は迷子になりながら自分のクラス分けを確認し、クラスへと向かった。
1‐3組。3組ね。
クラスに入って、それなりに席の近い人たちとコミュニケーションをしていると担任がやってきて簡単な自己紹介。二十代後半の男の人だ、早速名前は忘れてしまった。
その後は入学式を始めるために廊下にならび、体育館へと向かった。
篠崎高校は私立だけあってなかなかに広く、既にクラスへの戻り方がわからない。これは覚えるのに時間がかかりそうである。
廊下を進み階段を下り、渡り廊下を渡り…と暫く歩いて、ようやく体育館へとたどり着く。
体育館へは春休み中の説明会で訪れていたので特段の感想はないが、やはり広かった。
少なくとも私の通っていた中学校の体育館の二倍はあるだろう。そこに大量のパイプ椅子が整然とならべられていて、これも在校生か業者かしらないが誰かがやったのかと思うと少し申し訳なくなるほど沢山ある。
噂に聞くと、今年の新入生は約400人の10クラス。全校生徒は1200人ほどいるようだ。それに加え先生を合わせると、1300人はいるだろう。そして来賓や父母。
全員が全員いるわけではないだろうが、それだけの数の人間がこの場に座るということである。単純に凄いという感想しかない。

「番号順二列なー」

前から担任の声が聞こえる。番号順で二列となると途中での番号の人が二列目の先頭になるのだが、幸か不幸か私の次の次の番号の人がそれだった。つまり私は最後尾よりひとつ前。
スカートを気にしながら座ると、不意に後ろから肩を叩かれた。

「よっ、俺古海 誓一!よろしくなー番号が近い者同士仲良くしようぜ」

「えっ、あ、うん?びっくりした…」

「ぷっ、ごめんごめん!俺、人に話しかけずにはいられない性分なんだわ」

振り返ると学ランを身に付けた男の子がいて、怒涛の勢いで自己紹介された。それに押されて思わずひくと、古海君とやらは苦笑してまた私の肩を叩いた。
先ほど体育館に移動してきたときはいなかった男子だ。はて?と首をかしげていると、察したのか遅刻遅刻!あははーと明るく笑いながら言われた。なるほど。
朝日杯 久紀です、と返すと久紀ちゃんな!とまた軽く言われ、何だこの人妙にフレンドリーだと愛想笑いをしながら思った。

「久紀ちゃんって呼んでもおっけー?あ、呼び捨ての方がいっか」

「どっちでもいいよ」

「んじゃ呼び捨てー、ということで俺のことも誓一って呼んでな!」

え!?呼び捨て!?と驚いていると、急に周りが静かになりはじめた。集団にありがちな急に空気が切り替わるタイミングというやつである。
それにならって前を向き、遠方にある壇上を見ていると、その少し脇に初老の男性が立ち、開会を述べた。
入学式が始まる。急に緊張感が背中を這い、少しだけ息をつめた。
厳かな雰囲気で進んでいく式、覚えてもいない初めて聞く校歌を歌わされ、いつ用意していたのかポニーテールの新入生代表が挨拶を壇上で述べた。
そのほかさまざまな式次第を順調にこなし、入学式は閉会。
ほっと息をついていると、また後ろから肩をたたかれた。

「…なに?」

「久紀さ、あの人らに会った?」

「あの人…?」

「面白い人たち」

「……?」

こそこそと返していると、誓一…君は、にっと笑ってそう囁いた。
面白い人たち…?表現があいまい過ぎて全く絞れない。あったと言えば今朝変な人にはでくわしたが。
それで用が済んだのか姿勢をもどす誓一君に、私ももう一度しっかりと前を見据える。
すると壇上の脇に立っている初老の男性がマイクを持ち、こういった。

『次は、指導会役職生徒の任命へと移ります』

指導、会?
その耳慣れない言葉。耳慣れないはずだが…何故か、とてつもなく嫌な予感がする。
そして先ほどの誓一君の言葉がちらついた。

「面白い人たち」

気が付くと壇上にはぞろぞろと数人の生徒が上っていて。
その中にはあの、見覚えのある赤が堂々と立っていて、マイクを持ちこう叫んだ。

『我ら指導会だぁ!』

prev next









.