『家はすぐ近く?』 「あぁ」 『一人暮らし?』 「そうだ」 『ふぅん…、ビアンキとは会ってる?』 「まぁな、十代目のお宅に居座ってやがるから」 『そんな事、言わないの!すぐ会える距離っていいじゃない!』 「……つか、よく次から次へとぽんぽん話すな」 『えっ?』 「昔はそんなに喋らなかっただろ」 『あぁ、そういえば……、でも、楽しかったよ。隼人君のピアノ、大好きだったの』 「な…っ!!んな、恥ずかしい事、よく言えるな…」 『そう?でも、喋らなかったと言えば隼人君の方がいつも顔を赤くさせて喋らなかったじゃない』 「…ー…ッ」 『……?』 「……」 『…あれ?もしかして、まただんまり始まっちゃう?』 「…ー…昔は」 『ん?』 「……何だ、その」 『……?』 昔の話題が恥ずかしいのか、隼人君は照れくさそうに顔を赤くさせる。 見つめると、もっと顔が赤くなって、ぷいっと横を向いてしまった。 『隼人君?』 「…何でもねぇ。いちいち近いんだよ、お前」 『そうかな?』 「あぁ。ほら、着いたぞ」 『マンションなんだね!』 「…まぁな。最初に言っとくが、たいしたもんは出せねぇからな」 『別に構わないよ、…お邪魔しまーす!』 隼人君が住んでるマンションに着いて部屋に上がらせてもらう。 適当に座っとけって言うからソファーに腰を下ろした。 歩き疲れていたから、ふかふかのソファーが落ち着く。 「おい、ジュースでいいか?」 『うん!ありがとーっ!!…って!あーっ!!』 「うっせ!大声、出してどうしたんだよ」 『ピアノ、あるんだね!!』 ソファーに座ったけれど疲れも忘れてピアノに近づく。 やっぱり今でもピアノを弾いているんだ、と思ったら嬉しくなった。 弾いてくれないかな? ダメ元で頼んでみようかな? 『……』 ねぇねぇ、隼人君、一曲でいいから何か弾いて? そう言葉にしようと振り返った瞬間、私よりも早く隼人君が口を開いた。 「弾かねぇぞ」 『……まだ何も言ってないよ』 「てめぇの言いそうな事くらい分かるっつーの」 『一曲』 「嫌だ」 『じゃあ、半分』 「半分って何だよ」 『途中まで』 「馬鹿」 『あいたっ』 眉間に皺を寄せた隼人君におでこをコツンと小突かれた。 不意打ちなんて卑怯だよ!と、おでこを押さえて言おうとしたらジュースを手渡され隼人君はピアノの椅子に座った。 そして、こちらを見ずにぶっきらぼうに呟いた。 「……一曲だけだかんな」 『弾いてくれるの…っ?』 「弾いたら静かにしてろよ」 『やった!』 ありがとう、と言ってピアノのすぐ傍に座る。 ひんやりした床だけど気にしない。 だって一番、近くで聴いていたいんだもん。 隼人君は床に座った私を驚いていたけれど、笑って見上げると仕方ねぇなと呟いて鍵盤に触れた。 『……(…綺麗な音)』 「………」 『……』 昔のようにピアノの傍に座って静かに音色を聴く。 隼人君も昔のようにピアノを弾いてくれている。 でも、何もかも昔と一緒じゃない。 ピアノの椅子が高くて床につかなかった足。 小さな手では届かなかった鍵盤も、今ではちゃんと届いてる。 少し消極的だった音は、今は堂々としている。 「……」 『………』 ふと、ピアノを弾く横顔を見たら、とても真剣な顔。 あんなに無邪気に弾いていたのに。 見た事がない隼人君。 不思議と視線を逸らせなくて、そのまま見つめていたら鼓動が早くなった。 『……(あ、あれ?)』 変だな、私。 何でドキドキしてるんだろう? 落ち着いて深呼吸。 だけど、もう一度、隼人君を見たらドキドキは治まるどころか、さらに早くなった。 『……?…?』 「……どうしたんだ?」 『うわぁ…っ!な、何!?』 「…お前な、聴いてなかっただろ。人がせっかく弾いてやってんのによ」 『聴いてた!聴いてたよ!』 「嘘つけ」 『…ちょっと考え事しちゃったけど』 「……まさか、昔もぼけーっと他の事を考えてたのかよ」 『ないない!それはない!今は、その…、懐かしくなっちゃって!』 「……そりゃ、まぁ、確かに。最後に会ったのは何年も前だし、な」 『でしょ…!?』 「なら、まぁ…、いいけど、よ…」 『続き続き!』 「……あぁ」 『……』 急かすと隼人君は再びピアノに向き合って弾いてくれた。 目を瞑って今度こそ静かにピアノを聴く。 『………』 隼人君、本当に変わったなぁ。 ピアノの音色はもちろん、隼人君自身も。 背だって高くなって手足はすらりと伸びて、「可愛い」から「かっこいい」になってる。 今更だけど声だって、あの頃のようなソプラノじゃない。 さっき、どきどきしたのは、男の子から男性に成長していた、から…? 『……大人になったんだねぇ、隼人君』 「………はぁ?」 『ん?』 思わずぽつりと呟いたらピアノが止まる。 どうしたの?と見上げると顔を赤くしてピアノの鍵盤を叩いた。 不協和音が鳴り響いた後、隼人君が口を開く。 |