仕事の帰り道。
コツコツと私の足音だけが響いてる。

スパナがジャッポーネへと旅立って約半年。
彼からは電話も手紙もメールも来ない。
離れてから、スパナは私に対して興味の欠片もない事に気付いた。



『……(これじゃ、幼なじみ以下じゃん)』



連絡が来たのは私がメールを送った時の返信だけ。
ジャッポーネに旅立つ日のスパナは嬉しそうだったから「早く帰って来てね」とか「いつ帰ってくるの?」なんて事はメールに書けなかった。

「会いたいな」って試しに打ち込んだメールは消去も送信も出来ずフォルダに残ったまま。



『……』



やけになって恋人でも作ってやろうか。
そんでもって久しぶりにメールを送ってみる?

"久しぶり!
元気にしてた?
私ね、彼氏が出来たんだよ!"

…なんてね。



『………』



いや、だめだ。
おめでとう、とか祝福された返信が来たら凹む。

それに、恋人なんて作れない。
スパナ以上に好きになれる人、いないんだもん。



『……そういえば』



スパナ、ご飯をちゃんと食べてるかな。
機械弄りしてると集中しちゃって食事も忘れるんだよね。
よくお弁当を差し入れしては「ご飯はちゃんと食べなよ!」って怒ってたっけ。

もう少しだけ、もうすぐ終わるからって言って結局は一時間も二時間も経ってしまうのが当たり前だった。
私は怒ってるのにスパナはどうって事ないみたいで、いつもぼんやりと私の小言を聞いてご飯を食べてたな…。



『……』



ふと彼を思い出すと何であんな機械とジャッポーネばかりな奴を好きなんだろうと思ってしまう。

だけど自分に問いかけたら答えは簡単に出た。

スパナと一緒にいると時間がゆっくり流れる。
会話は少なくて静かだけど、その時間は気まずくなくて落ち着くの。

機械を弄る音、時々悩んで零す声。

傍にいても暇じゃなくて、安心する。
昔からずっと。

夢中で機械弄りしてる姿が好き。
作ったものを私に一番に見せてくれて嬉しそうに説明してくれるスパナが大好き。



『…でも、スパナは私じゃなくてもよかったんだよね』



別に特別じゃなかった。
私にとっては特別だけど、スパナにとっては普通だったんだ。
早く気付けば、こんなに好きになる事なんてなかったのに。



『……』



ズーンと沈む気分。
こんな日は疲れも倍以上に感じてしまう。

スパナがジャッポーネに行ってから独り言が増えた。
気分を変えるために友達を呼んでホームパーティーでもしようかな、そう思っていたらいつの間にか我が家に到着。

家に入る前にポストから新聞を取ると、一通の手紙が入っていることに気づいた。



『誰からだろう…?』



家の中に入り電気をつける。
明るくなった所で送り主を見るとよろよろの文字で「酢花゜」と書かれていた。



『本当に誰……!?というか何!?』



誰かの悪戯かと思ったけれど、よく見ると「酢花゜」という暗号のような文字は漢字だ。

もしかしてスパナ?
というか、スパナしかいない。

久しぶりのスパナからの連絡。
一体、何だろうと中を見るといかにもジャッポーネという感じのポストカード。

そして、これまたよろよろの日本語で綴られた手紙が入っていた。
見た瞬間、何かが私の中でブチッと切れた。



『読める訳ないでしょう、スパナのバカ!!』



盛大に叫ぶと拳に力が入り手紙をぐしゃり。

スパナってば何!?何なのよ!?
久しぶりに連絡が来たと思ったら、まったく読めない手紙だなんて!

日本語なんて読めない。
それにスパナ自身、日本語を書くのに慣れていないから、よろよろへろへろの文字。

調べても、こんな文字じゃ解読不可能だよ!!



『……っ』



ジャッポーネは今、朝?お昼?夜?
ううん、そんなの関係ない!

どうせ、スパナの事だもん!
朝昼夜構わず、機械弄りして起きてるはず!

怒りに任せて、ダイヤルを押して彼に電話をかけた。



≪もしもし…≫

『スパナ!一体、この手紙はどういう事なのよ!手紙を書くなら、ちゃんと書いてよ!』

≪……、…耳痛い≫

『う、うるさい!スパナが悪いんだから!久しぶりなのに人を怒らせないで!ちゃんとジャッポーネで生活、出来てるの!?』

≪…、……≫

『それにご飯!食べるの忘れてない!?倒れても知らないんだからね!!』

≪……、……ははっ≫

『なっ!何、笑ってるの!』

≪ん……、名前だなぁと思って…≫

『ふざけてるの!?』

≪……、ふざけてない。…ウチ、名前の声、聞けて嬉しいんだ≫

『な…っ!?』



いきなり何を言い出すの、スパナ!
その一言で私の顔は真っ赤になる。

だけど電話だから赤面を見られる心配はない。
冷静を装って色んな事を話した。



ジャッポーネは楽しい?

観光とかしたの?

仕事は上手くいってるの?



『……』



…うん、楽しい。

正一に浅草に連れてってもらった…。
手紙に入ってるポストカード、浅草で買ったんだ。

仕事は、イタリアにいる時と変わらない。…順調だ。



『……』



質問をすると答えてくれるスパナ。
心地よくて瞳を閉じて声に耳を傾ける。

遠いけど、今は近くに感じるスパナが嬉しい。
言うつもりなんてなかったけれど、声を聞いているうちに欲張りになってしまい、つい呟いてしまった。



『…ー…スパナに会いたいな。』

≪……、名前…≫

『あ…っ、ごめん…っ』

≪……、…何が?≫

『その、無理な事を言って…。…ほら、私達、いつも一緒だったでしょ?だから妙に寂しくなっちゃって!』

≪……、…≫

『スパナ、今、仕事が忙しいでしょう?いきなり電話…ごめん。だけど、えーっと!あぁ…どうしても一言、文句をー…』

≪……、ウチも名前に会いたい。≫

『え…?』

≪……だから、謝ることない。≫

『………』

≪…それにあぁいう手紙を書けば名前の事だから電話なりメールなり来るかと思った。≫

『ちょっと。』

≪……冗談。≫

『あのね…、人をからかうのもいい加減に』

≪違う。≫

『なに?』

≪…冗談、なんかじゃない。声、聞きたかったから、あの手紙、書いた。≫

『……っ!?』

≪……、……≫

『……(…スパナ)』



離れて、寂しいのはスパナも一緒だった?
……少しは期待してもいいのかな?



『……』

≪……、……≫



数秒の沈黙。
こんな沈黙さえも相手がスパナだと心地よくて、嫌な感じなどしない。

息を吐いて私はスパナからの手紙に視線を落とす。
便箋をめくる音が際立つほど静かな部屋、今は寂しいとは思わなかった。



『…ねぇ、スパナ』

≪……、ん…?≫

『手紙、何て書いてあるのか教えて』

≪……、帰ったら教える≫

『……いつになる事やら。』

≪もうすぐ帰る≫

『……スパナのもうすぐは一体どれくらいよ』

≪……、本当に、もうすぐだ。もうすぐ全部、終わる。≫

『ミルフィオーレの仕事、もう終わるの?』

≪ん……?あぁ、言ってなかったな。≫

『え?』

≪ウチ、正一と一緒にボンゴレファミリーに入ったんだ≫

『…………は?』



長い沈黙の後にマヌケな声を出してしまった。
こういう反応するのは当然でしょう?

だってスパナはミルフィオーレの日本支部アジトに配属になったからジャッポーネに行ったんだよね?
なのに何でボンゴレファミリーに入ってるの!?

スパナはまったく興味なさ気だったけど敵対してるファミリーだとか言ってなかったっけ!?



『どういう事なの…』

≪……、まぁ、色々あって……≫

『……はぁ、帰って最初からじっくり話してもらう事にするわ。』

≪……、あぁ。待っててくれ。≫

『………』



うん、待ってるよ。
だから、早く帰って来て。

今まで言えなかった事がすんなりと言葉に出来た。
スパナはふっと微笑んで短く返事をしてくれた。

再び続く沈黙はスパナの仲間の声で破られた。



≪スパナさん!部品、持ってきましたが一体、何をするつもりなんです?≫

≪……、…ジャンニーニ、他にも使える部品ないか?≫

≪私をパシリに使わないでください!私だってやる事がたくさんあるんですよ!≫

≪……、…≫

『…仕事、頑張ってね、スパナ』

≪…もちろんだ。…いい息抜きが出来た。≫

『……それじゃ、ばいばい』

≪…あぁ。…またな。≫

『…ー…うん!』



またね!
そう言ってゆっくりと受話器を耳から離した。

帰って来たらちゃんとスパナに言おう。
幼なじみや友達としてではなく、一人の男性として好きなんだって。

怖くても、初めの一歩を踏み出さなきゃ。
踏み出せるのは、誰でもなく自分自身だけなんだから。



『…スパナ』



大好き。
受話器をそっと抱きしめて彼を想いながら今は届かない言葉を小さく呟いた。



end



2010/05/28
雷花様へ
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