五月。
だけど外は初夏を思わせるくらいの気候。
こんなに良く晴れた日なのに私達は黒曜センターに篭っていた。

犬はゲーム、千種は雑誌を見てクロームはイタリア語の勉強。
私はそんな彼らの傍にいてソファーに寝転がり、ぼーっと過ごす。



『……(骸様もいないし、暇すぎる…)』

「………」

「……、…」

「……」

『あ…、そうだ!ねぇねぇ、みんな!』



春と言えば?
退屈で思いついた事を問いかけると皆、いきなり何だと首を傾げて私を見た。

ソファーから身を乗り出して、いいから答えて!ともう一度、同じ質問をすると千種が興味なさ気にふぅとため息を吐く。

この様子、千種は数秒もしないうちに間違いなくお決まりのセリフを呟くだろう。

そう察した私は彼よりも早く「めんどいはなし!」と言うと、千種はさらに深いため息を零し眼鏡を指先で掛け直した。



「本当、めんどい…」

『いいじゃない!春といえば何か答えてくれても!』

「特に何も……」

『………』

「……、…眠い」

『…そーですか。じゃあ、犬は?』

「肉!花見で食いもん食えればいいびょん」

『犬はいつもそればっかりじゃない!クロームは?』

「私…?」

『うん!何でもいいよ!』

「……、……桜」

『桜か…、お花見をするにしても、もう桜は散っちゃってるよね』

「……一体、どうしたの?」

『んー、暇で暇で仕方なくて…』

「うん…」

『今、ぽかぽか暖かい春でしょ?春らしいことしたいなーって思ったんだけど、思いつかなくて』

「…だから聞いてきたんだ」

『そう!』



思い出作りしたいの!と言うとみんなはポカーンとして私を見ていた。

何でそんな目で見るかな?
首を傾げると真っ先に口を開いたのは犬だった。



「別にいつも一緒なんだから、いいだろ」

『うーん、それはそうなんだけど日本で過ごすのって初めてだもん。あっ、クロームは日本で暮らしてたんだよね?』

「うん…、でも…」

『……?』

「その…、あんまり思い出とかは……」

『あ……、うん!だから!みんなでどこかに行ったり、これからはたくさん思い出を作ろうよ!』

「これから…?」

『そう!これから!時間はたくさんあるんだしね!』

「……、…名前」

『ねっ?』

「………」



一瞬だけ驚いた顔をして、ありがとう、と笑うクローム。

来年こそはお花見しようねって指きりして約束をするとまた嬉しそうに笑った。
そんなやり取りをしていると犬は面白くなさそうに口を尖らせている。



「…ふん、ばっかじゃねーの」

『そんな事を言うなら犬は来年、お花見に行かないんだね!!』

「なっ!何れそうなるんだよ!」

『大体、犬はクロームにちょっと冷たすぎるんじゃないの!』

「違う…、犬はなんだかんだ気にしてるよ」

「なっ、何を言ってるんだびょん、柿ピー!!ふざけんじゃねぇ!バカ!アホ!」

「…だったら、あの大量の麦チョコはなに?」

『そんなに麦チョコあるの?』

「うん…、毎回、買ってるから」

「え…?毎回…?」

「だから違うっつーの!聞けって!」

「……、菓子類を買う時は麦チョコ、いつも買って来るんだよ、犬」

『へぇ…、麦チョコってクロームの大好きなものだよね』

「…っオレが食べるんだびょん!!誰がブス女にやるか!」



否定すればするほど顔が赤くなりぎゃあぎゃあと騒ぐ犬。
そんな風に慌てるものだから余計に犬をからかいたくなるのは私だけ?

そう思っていたけれど後ろから聞こえた楽しそうな笑い声に"私だけ"ではなかったんだと気付いた。

声の主は我等がボスの骸様。



「クフフ、犬は随分とクロームと仲がいいようで安心しましたよ」

「む、骸さん、いつの間に!つか!ブス女なんかと仲良くなんてないれすって!!」

「おや、そうなのですか?」

「そーれすよ!」

「では、この大量の麦チョコは何なんでしょう?」

「何れそれを…っ!!」

「何やら袋があったので見てみたら、この通りですよ。一体、何故こんなにあるのですか。」

「……犬、買ったはいいけどクロームに渡せなかったのでは?」

「千種の言う通りでしょうねぇ、ほら、僕の可愛いクローム、好きなだけ麦チョコを食べなさい。」

「あ……ありがとうございます、骸様…」

「好きなだけと言いましたが一日、一袋までですよ。」

「はい…っ」

「……っ!!」



犬は何か言いたそうだったけど、相手が相手だけに言葉を飲み込んだ。
仲良くなりたいなら「ブス女」なんて呼ばずに素直になればいいのに。



「何、見てんだよ、バカ名前」

『別に何でもない。』

「何でもなくないだろうが!オレの方を見てただろ!」

『見てないもん!』

「こらこら、二人とも、それくらいにしなさい。」

「だって、骸さん!名前が…っ」

『はーい、骸様』

「クフフ、名前はいい子ですねぇ」

「んなーっ、名前の裏切りもん!!」



骸様の背中に隠れてべーっと舌を出すと犬も負けじと舌を出す。
やれやれと呆れたように私と犬を見る骸様。

子どもを宥めるように頭を撫でられたから骸様に視線を移した。



「名前」

『はい?』

「時間を持て余しているのであれば僕と散歩でも行きましょうか?」

『……!いいんですかっ?』

「えぇ、公園の方まで足を延ばそうと思っているのですが」

『行く!行きます!行きたいです!』

「いい返事です。それでは、行きましょう。」

『はい!』

「ケッ、もう戻って来るんじゃねぇびょん」

「ほぅ、僕にそういう口を利きますか」

「…はい?え…、あぁ!いやいやいや!違うびょん!骸さんじゃなくて名前に言ったんだびょん!」

「名前と共に出かけるのは僕ですよ、同じようなものでしょう。クフフ…」

「ち、違いますって!誤解だびょん!!」

「……バカ犬」

「………」

「……っ」

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