訪問者を知らせる機械音。

無機質な音が繰り返し鳴る度に心臓が鷲づかみされるように苦しくなる。



『…ー…ッ』



足が震える。

声が、出ない。








hand and hand



執拗に鳴っているブザーは耳を塞いでも聞こえてしまう。

やっと静かになったと思えば、今度は扉が叩かれた。

金属の重い扉を叩く音はブザーよりも私の頭にぐわんと大きく響く。



『あ……、ぅ……』

「………」



ドンドンと叩かれる扉の音が耳に入るとぐらりと眩暈がして、胃の方から何かがぐっと込み上げてくる。

気持ち悪い。

息苦しい。

もう止めて、帰って。

そう、ひたすらに思っているとドアを叩く音が止んだ。

ドアを叩いていた人物が帰ったのか、恐る恐る扉に近づくと声が聞こえた。



「……やっぱ、いねぇのかな」

『………!?』



聞こえた声に驚いて後ろに下がる。

下がったと同時に引っ越してから無造作に置いてあった荷物にぶつかり、ガタンと大きな音を立ててしまった。



『あ……っ』

「真白……!?いるのか!?」

『………っ(山本くん、だ)』

「……真白」

『…ー…ッ』

「なぁ、出て来られねぇか……?」



やっぱ、まだ足が辛いのか?

山本くんは優しく扉越しに語りかけてくれる。



『……』



見えない、人の気持ちが怖い。

扉越しの山本くんはいつものように、にっこり笑ってる?

それとも、皆みたいな、表情してる…?



『……っ』

「なぁ、気分転換に外に出てこねぇ?風、気持ちいいぜ!」

『……(…山本、くん)』

「……、なぁ、真白、聞いてくれるか?」

『……!?』

「昨日、な…」

『………っ』



私が聞いているのか、聞いていないのか、山本くんはそんな事は気にしてないみたいで話していく。



「月曜日に数学の小テストがあったんだぜ」

「昨日、返って来て赤点だった」

「雲雀の奴が屋上で昼寝してたのを邪魔しちまって怒らせちまった」

「シャマル先生、酷いんだぜ!オレが保健室に寄ったら男は立ち入り禁止って追い出すんだ」



山本くんはどんどん、日常の話をしていく。

そんな事を聞いてると今までの事が何にもなかったみたい。



『……(そっ、か…)』



私がいない学校は「普通」なんだ。

普通の日常を望んでいたのに、そこには私はいない。

私がいないから「普通の日常」になるんだ。



「でさ、今日の五限の体育!野球だったんだぜ!」

『……』

「クラス対抗でやったら、相手チームは皆揃ってオレにもう投げるなとかブーイング!ひでぇだろ?」

『………』

「授業なんだし、仕方ないのになー」

『……』

「で、本当すごかったんだぜ!オレが最後に打った球!気持ちいいくらい綺麗な孤を描いてさ!」

『………』

「なんつーか、こう…バットをギュン!と振ったらカキーンってなってヒューンって空、飛んでってさ!」

『…ー…っ』



ねぇ、山本くん。

私なんて、いない方がいいんじゃない、の?

どうして、そんな事、わざわざ、私に話すの…?



「なぁ、真白、そんでさ…、その…」

『……』

「お前にも見せてぇな、って思ったんだ。」

『………』

「今度、野球の試合があるから見に来て欲しいなー、なんて…」

『……』

「はは…、真白は野球になんて興味ねぇか?」

『…ー…い、ない方が』

「……?」

『いない、方がいいんじゃ、ないの…?』

「真白……?」

『私なんて皆の前から、消えた方がいいんだよ……っ!!』

「………!!」

『…ー…っ』



山本くんに向けて大声で叫ぶ。

叫んだら、苦しくなって深く息を吐いて床に座り込む。

ほんの数秒、沈黙が流れると山本くんは今までとは違う、ワントーン下げた真剣な声で話し出した。



「真白」

『……っ』

「オレの、話…聞いてくれるか?」

『………?』

「……、オレさ」

『……』



沢田くんとの「計画」の話だろうか、私は緊張して身体を強張らせた。

だけど、山本くんは私の予想とは違う話を切り出した。



「オレ、小せぇ頃からバカの一つ覚えで野球ばっかしてたんだよ」

『……?』

「だから、オレには野球しかねぇって思ってた。」

『………』

「野球をとったら、もうオレじゃねぇ気がしたんだ。」



一時期、どうしようないスランプになったんだ、と山本くんは話を続けた。

野球の話をどうして今するのか分からない。

けれど、真剣な声を遮る事は出来なくて私はそのまま聞いていた。



「いくら練習しても打率は落ちっぱなし、守備も乱れっぱなしで、さ。」

『……?』

「練習すればする程、上手くいかねぇんだ。いつもと変わらない野球なのにな。」

『………』

「あんだけ周りに期待されてたっつーのに、このままじゃスタメン落ち確実。情けねぇだろ?」

『……』

「何でだよ?何で?どうして上手くいかねぇんだ?って妙に焦って、放課後は残って練習した。」

『………』

「とにかく練習に打ち込んだんだ。そんでさ…」

『……?』

「骨折しちまった。はは…、バカみたいだろ?」

『…ー…!!』

「でさ、あぁ、こんな腕じゃ野球も出来ねぇ…」



山本くんは言葉を詰まらせる。

私は静かに待っていると、思いもしなかった言葉で耳を疑った。



「何もかも上手くいかないなら、死んじまった方がマシなんじゃねぇ?って思っちまった。」

『……!』



こんなオレだけどさ、実際に自殺未遂してんだぜ、と山本くんは言葉を続ける。

いつも元気で笑ってる山本くんが自殺未遂なんて想像も出来なくて、ただただ呆然としてしまった。



「そん時の事は今でも覚えてる。」

『……』

「学校の屋上のフェンスを乗り越えて空を見てた。そうしたら皆、集まって騒がしくなって……」

『………』

「誰が何を言っても、どうでもよくなった。周りが真っ白になってく感じだ。」

『…………』

「だけどさ…、そん時、あいつがオレの前に来たんだ」

『……、あい、つ…?』

「……あぁ。真白もよく知ってる奴だぜ」

『………』

「そいつが言ってくれたんだ。"どうせ死ぬんだったら死ぬ気になってやっておけばよかったって。こんな所で死ぬなんてもったいない"って」

『…ー…!』

「その言葉で目が覚めたんだ。何、馬鹿な事をしようとしてたんだろうって」

『山、本…くん…』

「……。それにさ、お前の言葉…」

『………?』

「嬉しかったんだ。野球を抜きにしてもオレはオレ。何にもないなんて事ないって言ってくれて」

『あ……』

「照れくさくって誤魔化して笑ったけどさ、すっげー嬉しかったんだぜ。」

『………』

「今まで、オレには野球しかないんだから頑張ろうって思ってたのかもしんねぇ」

『……』

「…けど、本当に野球を楽しめるようになった。余計な肩の力が抜けた気がしたんだ。だから……」

『やま、も…とくん…?』

「いない方がいいとか、消えた方がいいとか言わないでくれよ…!!オレ…、オレはお前がいねぇと……っ」



山本くんの言葉はスッと心に届いた。

乾いた地面に優しい雨が染み込んでいくみたいにとても自然に。



『…ー…っ』



山本くんの言葉を聞いているうちに身体の震えが止まっていた。

深呼吸をして立ち上がる。

ゆっくり一歩二歩と進んで、扉に触れた。



『……』



扉の向こうには、きっと…、ううん、違う。

"きっと"じゃない。

"絶対に"いつもの山本くんがいる。



『……っ』



信じられない。

今はそんな風には思わない。

誰が何と言おうと、山本くんは山本くん。



『……』



少し前までは、大丈夫だって思ってた。

沢田くん達と元通りの関係になれるって信じてた。

人を信じられなかったのは、誰のせいでもなく、自分のせい。

私は自分を信じていなかった。



『………』



信じるって気持ち、いつ忘れてしまっていたんだろう。

辛い、哀しい、苦しい。

そればかり思ってて、埋もれてしまって見つけられなかった。



『……』



だけど、今日、やっと見つけられた。

山本くんが来てくれたから、大好きで大切な友達が来てくれたから、見つけられた。


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