君が心から笑えるようになったのは、いつからだっただろうか。

微笑んでいてもどこか悲しそう、何かを抱え込んでいるような君を僕は見ていたくなかった。

涙を拭うことは出来たけれど、それ以上のことは出来なかったから余計に胸が痛んだ。



「……」



手に入れた何気ない日常というものは、とても穏やかで君の心を癒している。
そんな君の心からの笑顔は僕を癒してくれる。

それだけでいいと思っていたのに、貪欲な僕は望んでしまうんです。

出来ることなら僕だけに笑顔を向けて欲しいと。



「………」



黒曜での戦いは僕の敗北で終わった。

僕と千種、犬は復讐者の牢の中。
言葉には出さないけれど皆、羽依の事を考えているに違いない。

元気に過ごしているか、笑顔でいるか。
それだけが気がかりだ。

どんな結果であれ、もう二度と会わないと決めていた。

だけど、一目だけでも会いたいという気持ちが溢れてしまい、僕は"あの者"の身体に憑依しようと思いついてしまう。



「……」



目を瞑り意識を手放すと視界は暗い牢ではなく、日本の学校に変わる。

憑依した「獄寺隼人」は眠っていたようで簡単に身体を乗っ取る事が出来た。
まぁ、意識があっても乗っ取ることに何の支障もありませんがね。



「………」



並盛中学校、二年A組が羽依のクラス。
標的である沢田綱吉、そしてその取り巻きも同じクラスらしい。

辺りを見回すと授業は終わっているようで皆、帰宅の準備をしていた。

僕は羽依を瞳に映し、机へと顔を伏せる。



「羽依ちゃん、これからうちに来ない?山本と獄寺君も来るんだ」

『ツナくん、いいの?』

「もちろん!あっ、もう帰りの準備は出来てる?」

『ありがとう…!えっと…うん、大丈夫だよ!』

「じゃあ、羽依、行こうぜ」

『山本くん……あれ?獄寺くんは?』

「獄寺ならまだ席に座ってるぜ。机に伏せてっけど寝てんのかな。おーい、獄寺!ツナんち行かねぇのか?羽依も来るってよ!」

『獄寺、くん?』

「具合でも悪いのかな?」



まったくうるさいですね、ボンゴレ共は。
羽依にとってはいい環境だとしても僕にとってはここは酷く居心地が悪い。

こんな雰囲気は性に合わない。



『大丈夫…?』

「獄寺なら起きればツナんち来るんじゃね?」

「でも、置いてったら獄寺君、怒るよっ!?」

「……」



ボンゴレの超直感は侮れません。
悪いですがここは寝たふりを続行させて頂きます。

ひたすら机に伏せて寝たふりをしているとボンゴレ達は頭上で騒ぎ始めた。



「大丈夫だって!」

「で、でもさ、怒るんじゃ…っ」

「ツナには怒らねぇって、獄寺の事だから一番に謝るんじゃね、ははっ。」

『獄寺、くん…?』

「……、…」

「仕方ないだろ?行こうぜ、ツナ、羽依!」

『え…?あ…っ!?』

「ちょ、山本、羽依ちゃん!待って…っ」

「……」



山本武、羽依を引っ張って行きましたね…?馴れ馴れしいにも程がありますよ!

しかし獄寺隼人という人物は人望がないのでしょうか。
置いていかれるだなんて敵と言えど同情してしまいますよ。



「……」



誰もいなくなった教室。
僕は静かに立ち上がり辺りを見回した。

ここが羽依が過ごしている教室。
先程まで居心地が悪く感じていても、そう思えば不思議と落ち着けた。



「羽依も帰りましたし僕も戻りますかね…、一目でも見れてよかった」

『……獄寺くん?』

「……っ!?」

『よかった、起きた…?』



後ろから聞こえる羽依の声に驚いて振り向く。

振り向けばそこにはホッとした表情で僕を見つめてる。

…僕、と言うよりも獄寺隼人ですがね。



「どう、したんだ?」

『獄寺くんを起こしに戻ってきた、の。』

「そう、だったの、か…」

『……?やっぱり具合、悪いの…?』

「……いや、別に」

『獄寺…くん…?』



心配そうに瞳が揺れる。

羽依は誰にでもそうだ。
以前の僕らにも沢田綱吉達にも同じように優しくて笑顔を向ける。



「……」



心許せる仲間が出来た。
それは普通を望む羽依にとっていい事だと思わなくてはいけないのに矛盾を抱いてる。

どうして今、傍にいるのが僕らではないのだろう、と。



「……羽依」

『……?』



ゆっくりと近づいて抱き締める。

君の声、温もり、香り。
全てが優しくて涙が出てきてしまいそうだ。



『獄、寺くん…?』



どうしたの?と慌てる羽依を閉じ込めるようにきつく抱き締めた。

羽依は何故、抱き締められているのか分からないと言うように戸惑っている。

だけど、彼女は僕を見上げると、ぎゅっと抱き締め返した。



「……」



あぁ、こんな事ならもう少し念入りに男には注意するように言っておけばよかった。

……まぁ、言ったところで注意も何もしなそうですが。
というか、もしかして羽依は獄寺隼人の事が好きなのですか…?

抱き締め返されても、この身体じゃ少しも喜べたものじゃない。

僕の身体、僕であれば、このまま閉じ込めてしまうのに。



『獄寺、くん…』

「……」

『あの…』

「……なんだ?」

『あ……、えっと、何だか…』

「ん……?」

『……、骸みたい、だなって…』

「………!」



安心したように微笑む羽依に心が温まる。
だけれど笑顔は一瞬で、すぐに泣きそうな表情へと変わった。

何で、そんな表情をするのか。

考えなくても、優しい君の考えが分かってしまう。



「…寂しい、のか?」

『……、……』

「……」

『私にとっては大切な人達、だから…』

「羽依…」

『……』

「羽依、僕はー…」

「獄寺、何してんだ?」

『……!!』



再び後ろから聞こえる声はクラスメイトの山本武。
厄介な事態にならない前にこの身体から出て行かなければ。



「すみません、羽依」

『え……?』



小さく謝ると羽依は不思議そうに見つめていた。
もう一度、抱き締めて温もりを味わい、獄寺隼人の身体を本人へと返す。



「羽依…」



願うことが許されるなら、もう一度だけ、その笑顔を僕にください。

その声で僕の名前を呼んで、微笑んでください。












僕は会うことが叶わない冷たく暗い牢の中



end



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獄寺視点


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