私は何のためにここにいるの?

怖くて辛くて苦しいなら、逃げ出せばよかった。
見ない振りをして終わりを待っていればよかった。

それほど簡単で、楽なことはない。



『……』



だけど、そんな事はしたくなったから、ここにいる。

大切な人が誰かを傷つけるような悲しいことをして欲しくないの。



『……(千種、犬…骸……)』



独りよがりで自分勝手な気持ちかもしれない。

だけど、私は自分の意志を曲げたくない。



『………』



守るよ。

大切な人たちを。








本当の気持ち



並盛校歌を歌う小鳥の声が獄寺くんのダイナマイトの音で掻き消された。
それが始まりの合図と言わんばかりに千種の針が私に向けられる。

避けることはしない。

勢いよく翼で風を起こしたら針が届くことはないから。



「甘いよ…、……犬!」

「ざんねーん!お前の相手は柿ピーだけじゃねーんだよ!」

『……っ!!』

「チーターチャンネル!!」



犬は風を切って一直線に向かって来る。

避けるけどチーターチャンネルを使ってる犬は素早くて、攻撃は私の身体を掠り確実にダメージを与えていく。



『……!』

「…ー…へへ」



チーターチャンネルを使う犬は近距離を得意とする。
千種は相手と距離を取って標的を狙う攻撃スタイル。

犬と二人で戦っているなら近距離での攻撃はまずしないはず。

その証拠に千種は犬の攻撃の隙をついてヘッジホッグの針で私を攻撃している。

千種の攻撃は翼で風を起こせば針は届かないから、注意するべきは犬の攻撃だ。



「逃げるだけで勝てると思ってんのー?」

『勝とうだなんて…っそんな事、思って、ない……っ』

「はぁ?この期に及んで何を言ってんだー?」

『まず、は……っ』

「うぉ……っ!?」



犬の攻撃をサッと避けて、彼の背中を壁代わりに使い千種に向かって飛ぶ。
千種にターゲットを変え片方のヘッジホッグを鋭くした翼で真っ二つに壊した。

翼の能力により音もなく綺麗に二つに切れたヘッジホッグは地面へと落ちる。



「…ー…っ」

『ごめん、千種……武器、壊させてもらう、よ…』

「……っこっち忘れてんじゃねーよ!」

『…ー…っ!!』



もう一つのヘッジホッグも壊そうと思っていたけれど、すぐ背後には犬が迫って来ていた。

千種は素早く距離を取って、もう一つのヘッジホッグを使い、針で私を攻撃する。



『……!』



前と後ろからの攻撃。
千種の針を避けたら犬に当たってしまう。

とっさにそう思ったら身体の動きは鈍り、片方の翼に数本の針が突き刺さり、犬の手は私の血で赤く染まった。



『あ……ッ!!』

「……へへ、やっと当たったなー」

「……、……」

『……っ』

「お前の仲間に助けに来ないんだなー」

『ツナくんもビアンキさんも、リボーンくんも…私の事を信じてくれた、から…っ』

「それってさ、"捨て駒"ってことじゃねぇの?」

『違、う』

「つーか、あんな弱ぇ奴が骸さんに敵う訳ねーだろ!今頃、逃げ出してんじゃねぇの?お前やそこに倒れてる奴を囮にしてよ」

「弱いって言っても、犬は一度、負けただろ…」

「うっせ!オレが負けたのは黒髪の奴だびょん」

『……ツナくんは弱い人なんかじゃない』

「…へっ、そーかよ。けどな、んなの、オレ達の知った事じゃねーびょん。」

『犬……』 

「気安く呼ぶんじゃねぇよ!てめぇは弱い者同士、仲良くつるんでりゃいいんだ。なぁ、柿ピー!」

「……、…あぁ。」



短く返事をした千種は目を伏せて私から視線を逸らした。



『……』



その行動に違和感を感じる。
いくら顔なじみと言えど、戦いの最中に「敵」と認識している者から視線を外す?

私が攻撃をしないと分かっているから、なのかな。



『犬、千種……骸は何が目的、なの…?』

「それ、は……」

「そんな事、お前に話す訳ねぇびょん!」

『……』

「もう、仲間でも何でもないんだからな。」

『犬……』

「気安く呼ぶなっつっただろ!もう、オレ達に関わるんじゃねぇよ!」

『千種……』

「……邪魔する奴は、壊す」



私に向ける言葉は今は不思議と哀しいとは思わなかった。

だって、千種も犬も辛そうに私から視線を逸らしている、から。

ねぇ、どうして、そんな顔をするの?

私はあなたたちの仲間じゃなく「敵」なんじゃない、の?



『千種、犬……』

「話はここまでだびょん!…行くぜ!」

『……!』



再びビュンと飛び出した犬は爪で攻撃する。
千種のヘッジホッグは風を切り、飛び出した針は歪む事無く私の翼や肩に突き刺さった。



『…ー…っ』

「……おい、お前、戦う気あんのかよ」

『……っある、よ』

「じゃあ、何で避けないんだよ」

『避けて、ない…、千種の攻撃は…ちゃんと当たってる、よ?』

「…ー…っ」

『犬は、なんで……』

「………」

『なんで、攻撃を止めた、の?』

「…ー…っ」



今度は避けようとせず、私はその場に立っていた。

だから攻撃は確実に当たる。

けれど喉を切り裂こうとして襲い掛かった犬の爪は触れるか触れないかの所で止められていた。

その姿は並盛での事件があった時、「一緒に来てください」と言ってくれた骸の姿と重なる。



『やっぱり、犬は犬、だね…』

「…ー…っな、なんだよ」

『犬……』

「触る、な……っ」

『………』



私の喉に当てている犬の手に触れるとビクッと震えた。

手を握って犬を見つめると泣きそうな顔をしている。



「…ー…ッ」

『犬……』

「何で避けねぇんだよ…!!こっちは切り裂く気で…っ」

『……信じてる、から』

「……っ!?」

『仲間、だって信じてるから……』

「………っ」

『犬も千種もこんな事、しないよ…』

「お前なんか仲間じゃねーびょん…っ!!そうだよなぁ、柿ピー!!」

「……ッ」

『……、千種……』

「な、に……」



話しかけたら千種は動揺しているようで声が震えていた。

腕や肩、翼に刺さってる針から伝って床に垂れていく私の血を千種は見ている。



『……っ』



私は腕に刺さってる針を一本、二本と抜いていく。
針を抜くと腕から血が溢れ、地面を赤く染めていった。



「何を…」

『千種……』

「……?」

『この針、毒…塗ってない、の…?』

「……ッ」

『獄寺くんの針には毒があったって聞いた…」

「……それ、は」

『私には、毒の症状、出てない…。これ、も…ただの針……』

「…ー…っ羽依」

『千種……』

「オレ、は……っ」



やっと名前を呼んでくれた。
けれど、未だに視線を逸らしたまま。

私は千種に一歩二歩、ゆっくりと近づき傷ついた彼に触れた。

頬に触れると強張って、千種は拳をぎゅっと握ったまま何も話さない。



『私は千種や犬、骸に…こんなことして欲しく、ない…』

「………」

『痛い思いとか哀しい、とか…いや、なの…』

「……」

『今までは、そうだった、けど…、これからは笑っていて欲しい…』

「………っ」

『笑えるの…笑っていられるの、この場所なら…』

「…ー…ッ」

『千種も犬も、骸も……大好きで…大切な人、だから笑っていて、欲しい…』



みんなで笑いあっていたい。

そう言って微笑むと千種の瞳が揺れた気がした。



「……」

「何、黙ってんだよ、柿ピー!!こんな奴の話、聞くんじゃねーびょん!!」

『私のことが嫌い、でもいい…。傍に、いられなくても……千種たちが幸せ、なら…』

「…ー…っ羽依」

「な、何を言ってんだびょん…っ」

『もう、みんなと戦いたく、ない、よ……』

「……っ!」



しん、と静かになる空間。
風の音も木々のざわめきも止まっているように感じた。


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