静寂は何分にも感じたけれど、それはきっと、ほんの数秒の間。

その空気を切り裂くように犬が大声をあげた。



「…ー…っうるせぇ!」

『……っ!!』

「犬……っ!!」

「柿ピーは黙ってろ!!大体、お前が…っ羽依が悪いんだ…!!」

『え……っ!?』

「何でここに来るんだよ…!!羽依がボンゴレなんかに…マフィアに関ってなければ…ッ」

『犬……?』

「うるせぇって言ってんだろっ!!黙らせてやるびょん!ライオンチャンネル!!」

「犬、やめろ……っ!!」

「止めるんじゃねぇよ、柿ピー!!」

「……ワォ、子犬かい?」

「んぁ!?ぐ……っ!?」

『……え?』



犬の後ろに急に現れた影。

私に飛び掛るよりも早く影は犬に攻撃を仕掛ける。
勢いよく殴られた犬はガラス窓ごと外に吹き飛ばされてしまった。



『け、犬…っ!犬……っ!!』

「僕は今、機嫌が悪いんだ……次は君だよ」

「…ー…ッ」

「苛々して仕方がないんだ…」

「……!!」

「咬み殺してあげる」

『咬み…っひ、雲雀先輩っ!?ち、千種…っ!!』

「………」



咬み殺すと言う人は一人しかいない。

突如、現れた雲雀先輩は千種にも殴りかかり、犬と同様、外に吹っ飛ばしてしまった。

あまりに一瞬の出来事で頭がついていけず、ただただその人を見つめるばかり。
整理が付かない頭でぼーっと見ていれば振り返って私の傍にやって来た。



「……」



痛いくらいに私を睨んでいる。
血で染まった私の肩や腕、翼を見て彼はさらに不機嫌になり口をへの字にしていた。



「………」

『ひ、雲雀先輩…っ!?だ…っ大丈夫、なんですか…!?』

「真白羽依」

『は、はい……!?』

「いつもみたいにぼーっとして待ってなよって言ったはずだけど。」

『へ……っ』

「何でここにいるのかな」

『その…、し、心配でここに…っ』

「君に心配されるなんて不愉快だと言ったはずだ。」

『……っ』

「それに、何でそんなに血だらけなのさ。」

『え……っ』

「群れていたから、だろ。弱い奴なんて放っておけばいい。」

『……っ』

「それともう一つ。今は学校の時間だ。風紀委員長の僕の目の前で堂々とサボるなんて、いい度胸してるね。」

『サボってるつもり、じゃ……っな、なら雲雀先輩もサボってるんじゃ…っ』

「僕はいいんだよ」

『そ、そんな……っ』

「……ねぇ」

『は、はいっ?』

「その背中の翼は何…?……校則違反だ。咬み殺す」

『こ、校則違反……!?』



ボロボロでもフラフラでも、いつもの通り。
私の話なんて聞かなくて、雲雀先輩は睨んでトンファーを向けてくる。

さっきと違った冷や汗が頬を伝う。
どうしようかと後ずさりしていると後ろから大きな声が響いた。



「てめぇ、閉じ込められてたくせに出してやった途端、何してんだよ!空気を読みやがれ…!!」

「出して欲しいだなんて頼んでないよ。自分で出れたしね。君が空気を読めなかっただけだろ」

「んなーッ!?て、てめぇ、吹っ飛ばすぞ!!」

『ご、獄寺くん……」

「羽依…!!てめぇも何で一人で無茶してんだっ!!」

『………!!』

「怪我してんじゃねーか!!その針と血はなんだよ…!!」

「ねぇ、一番、重症のくせに吠えないでよ。」

「…〜…てめぇだって負けたから、あそこに閉じ込められてたんだろうが!」

「………桜さえなければあんな奴」

「……、お前をやったのは誰だなんだ?」

「六道骸と呼ばれていたけど。…ちなみにやられてないから。」

「やっぱり六道骸かよ」

『骸……』

「奴は僕が倒す」

「はっ、てめぇはすっこんでろ!今頃、十代目が六道骸を倒してるはずだぜ!」

「そんなの許さないね。倒すのは、この僕だ」

「十代目だ!!……っいって!」

『ご、獄寺くん、大丈夫……!?』



身体を引きずってる獄寺くんに駆け寄って肩を貸して支える。

その様子を見て雲雀先輩はふっと口角を上げた。
まるで馬鹿にしているような微笑みに獄寺くんはカチンとして拳を握り締めている。

今にもけんかが始まっちゃいそうな険悪な二人。

心配しているとバーズさんの小鳥が雲雀先輩の肩にとまり、場の雰囲気を和ませた。



≪ミードリータナビクーナミモリノー≫

「ねぇ、音程が外れているよ。何度、言ったら分かるんだい」

≪ダーイナクショーナクーナミガイイー♪≫

「だから、そこは…」

「……」

『………』

「おい、雲雀…」

「なに?今、忙しいんだけど。」

「まさかお前、その鳥に校歌を教えたのか…?閉じ込められてた部屋で、一人で…?」

『ひ、雲雀先輩…?』

「………」



獄寺くんの口元がにやにやと緩んでいる。
私も小鳥に校歌を教える雲雀先輩が想像できなくて、つい綻んでしまう。

だって、歌って覚えさせたってことになるよね?
雲雀先輩、あの一人きりの部屋で歌って教えてたんだ…?



「そこまでダッセー校歌に愛着を持ってるなんてな…」

『雲雀、先輩……っ』

「……」

「そんなに出れなくて暇だったのかよ!?く…っやべぇ、笑ったら腹が痛ぇ…!!」

「……、並盛中を侮辱する奴は生徒だろうが許さないよ」

「なッ!?ちょ、ちょっと待て!」

「あぁ、そうだね…、遺言くらいは聞いてあげるよ。」

「こ、これを見ろ!サクラクラ病の薬だ!」

「……」

『獄寺くん、それって…』

「保健室でシャマルに渡されただろ?」

『あの時の…』

「………」



雲雀先輩はぴたりと動作を止め、黙って処方箋を見ている。

獄寺くんが無言で差し出すと素直に受け取って薬を飲んだ。



「んじゃ、十代目の所に急ぐぞ!」

『で、でも、獄寺くん、歩ける…?』

「これくれぇ、大丈夫だ。……っ!」

『あ……っ』



一人で歩こうとしていたけれど獄寺くんはよろけてしまい歩けない。
もう一度、支えようと思ったら雲雀先輩が獄寺くんに肩を貸した。



「上まで連れて行く」

「雲雀、どういう風の吹き回しだ」

「……、借りをそのままにしておくのは嫌だからだよ」

「これで貸し借りなしって事か。」

『……』

「おい、行くぞ、羽依!十代目がオレを待っていらっしゃるんだ!」

『……、…あっ、う、うん』

「…何だよ、今の間は」

『えっ?』

「待ってないって言いたいんじゃないの」

「十代目がオレを必要としてない時間なんて、0,1秒たりともねぇんだよ!」

「そう思うのは自由だから別にいいけど群れないでよ」

「…〜…の野郎!!口の減らねぇ奴だな」

『……』



口げんかをしながら前を歩く二人。
私は静かに立ち止まって窓の外を見た。

犬と千種はどこに吹っ飛ばされたのか、ここからは彼らの姿は見つけられなかった。



『………』



犬は「仲間じゃない」と言っていたけれど本当にそう思っているようには見えなかった。

どうしてわざとあんな事を言っていたの、かな?



『……』



戦って向き合って分かったことがある。

暴言も冷たい態度も彼らの本心じゃない。

戦っている時は全力じゃなくて手加減しているみたいだった。



『………』



本当に殺すつもりで来るなら犬の攻撃は掠るだけでは済まないと思う。

千種だってそう。
針に毒を塗っておけば戦いは間違いなく有利に進む。



…ー…それをしなかったのは、きっと。



『……』



最上階には「六道骸」がいる。
緊張から汗が頬を伝って、息苦しくなった。



『……(…む、くろ)』



待っているのは、私が知っている骸…?

それとも、私が知らない、骸……?



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加筆修正
2011/12/12


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