寒い日
「寒くなってきたね」
蝉がいなくなり暫くたって急に冷え込んできたことに対して常日頃から思っていることを素直に口に出せば、そうだな、と同意の言葉が返された。
そう返事をした銀時はジャンプを読んでいたのでてっきり聞いていないものだと思っていたけれど、ちゃんと聞いていたらしい。きっと普段から聞いていないフリをしながらも、ジャンプを顔に被せて聞き耳たてているに違いない。
そう考えるとなんだか彼が可愛いと感じてきて、思わず笑ってしまった。そんな私を訝し気に眉間にシワを寄せて見た彼は私から興味を失ったようにすぐに視線をジャンプに戻した。
空を見ればどんよりと重そうな灰色の雲が空を覆っていた。曇天にはあまり良い思い出がないのでちょっと苦手だが、感傷に浸るには丁度良い。
洗濯物を畳む手を止めて空を眺めていると、急に「〜ったく、何なんだよコンチクショー!!」と銀時が頭をかきむしりながら叫んで飛び起きた。
湿気で髪の毛がいつも以上にくるくるして爆発していることに対して怒ったのだろうか。素直に問えば違うという。というか睨まれた。じゃあ何だろう、私は彼の気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
彼からの言葉を待ちじっと見つめる。
「なんつーか…何か言いたいことあんだろ? お前の言い方は遠回しでくどい! もっとはっきり言いやがれ!」
「だからってどうして急にあなたが怒るの?」
「…お前がうじうじしてんのが気に食わねェんだよ」
きょとんと彼を見つめ返すとばつが悪そうに頭の後ろを掻きながら目を逸らした。
私はそんなにうじうじしてたのだろうか…。
そう思っているのが通じたのか、彼はああ、と忌々しげに頷いた。
「普段からうるせェって訳じゃねェけど、お前はそんなことで凹んだりするようなやつじゃねェ。何かあるんならはっきり言えコノヤロー」
口では強がっているものの、やはり何か言われるのが怖いのか何なのか…まあどちらにせよ言われるのが嫌なんだろう、ソファに左足を立てて膝に腕をのせて頭を掻き乱しながら「俺の収入が少ないことか? マダオだから別れようってか?!」とかブツブツの領域をこえて取り乱している。
やっぱり彼が可愛くて、愛しくて、私は再び笑ってしまった。が、今度は何も言ってこなかった。普段あれだけ余裕な彼がこんなに不安になるなんて余程だな…まあそうさせてるのは私なんだけど。そう思うと優越感を感じた。
私は立ち上がっていまだに葛藤(?)を続ける彼に近付いて、腕を伸ばせば届く距離まで近付くと彼の膝元に座って右の太股に手をのせた。銀時の足がぴくりと動いたのが指を介して鮮明に伝わってくる。
「ただ寒いと思っただけだよ。それと、曇天だから…気持ちも重いなって、ただそれだけだよ。私が銀時と別れるとか絶対にあり得ないから」
下から覗き込むように彼の目を見て言えば、ほっとしたような、でも少し怒ったような顔をしていた。
「…んだよ、勝手に突っ走って恥ずかしいじゃねーか。不安にさせんじゃねェ」
「…死んでも離れてやらないから」
「そーしてくれや、俺に振り落とされないようと気を付けるこったな」
「たまには引いてみたりもするかもだけどね」
「生意気」
そうした言葉のやり取りを繰り返していると銀時の表情が和らいだので嬉しくて頬を右の太股にのせた。するとぶっきらぼうにではあるけれど、頭をわしゃわしゃと撫でてくれたのでもっともっとと頭をその手に押し付けた。
気付けば、灰色の分厚い雲間から明るい光が差し込んでいた。
前へ 次へ