17:でめきん

「おい、もっと肉載せられんじゃないか?」

 不服そうに眉を潜める船長。その頭をすぱこんと蹴り落としてやる。

「ほべっ!! 何すんだサンジ!!」
「でけェ声で肉の話をすんじゃねェよこのクソゴム! それにこれ以上は保存しきれねェっつーの」

 案ずるのはもちろんかわいいナマエちゃんのことだ。クソみてェな食人鬼ヤローのせいで食事に関してトラウマを抱いている彼女に、必要以上にそのトリガーとなるような単語を聞かせてやりたくはない。
 ゴムだからカケラも痛くなんかないくせにおれが蹴った部分を摩りながら、ルフィはそういやそうだったな、なんて呟いてみせる。オロすぞコノヤロー。

 ふと何気なく件のナマエちゃんの方に視線をやれば、ちょうどナミさんに何やら話しかけるところだったらしい、あの、と、彼女は少し鼻にかかったソプラノを発した。

「その……わたし……」
「船を降りるって?」
「……!」
「ナマエ、アンタこんな太古の島にずっといたいワケ?」
「う……」

 彼女の発言を予想して先回りしたナミさんに、ぐうの音も出ない様子で黙りこくるナマエちゃん。
 拒食の影響だろうか、彼女はかなり謙るきらいがある。何故だか“おれ達が迷惑している”と考えて常に船を降りるタイミングを図っているようだが、か弱い少女、ましてやこんな状態のナマエちゃんをこのような未開の地に1人残して置いていくわけがない。海賊の船に乗るのはもう勘弁、とかならともかく、彼女を見ている限りはそういうふうには見えねェし。

 するとどうやらルフィもそのやりとりを見ていたらしい。彼女たちに届くよう、おれの隣で突然大きな声を張り上げたものだから少し驚いちまった。

「つーかよ、別にこのまま乗ってりゃいいじゃん」

 その言葉を聞いたナマエちゃんはわかりやすく困ったように眉尻を下げる。大きな瞳が僅かに震えるのが遠目でもよくわかった。

「でも、皆さんに迷惑が……」
「誰かに迷惑って言われたのか?」
「あ……いえ、けど皆さん親切だから言わないだけで」
「お前なあ、おれ達の迷惑をお前が勝手に決めつけるなよ。そんなふうにされるほうがおれは迷惑だぞ」
「おいルフィ、言い方ってもんがあるだろうが」

 核心を突くようなコイツの発言には助けられたこともあるが、それにしたって今のはレディに対する言い草ではない。
 ただでさえ今の彼女は弱っているだろうのに、それを刺激する必要は全くないのだ。

「あー……ナマエちゃん。この船にナマエちゃんを迷惑がるようなヤツはいねェよ。むしろこんな危険な海に君を一人置いていく方が心配で安心できなくなっちまう」
「たしかに……放っておいたら死んじまいそうだもんな、お前」

 どこから聞いていたのか、ひょっこり頭を出したウソップも賛同してウンウンと頷く。
 つーか、うちの船には言葉をオブラートに包むってことを知ってる野郎はいねェのか。

 様々な発言を受けてじっと押し黙っているナマエちゃんにこれ以上何と声をかけようか考えていたら、不意にルフィが船の進行方向に目をやり、お、と声を上げた。

「あれおっさん達だ」

 その差す指の先にいるのはさっきコイツらと一緒にいた巨人の男2人だ。
 おれとナマエちゃんがジャングルデートをしている間に随分と打ち解けたらしい、どうやらここまで見送りに来たようだ。

「この島に来たチビ人間達が……次の島へ辿り着けぬ最大の理由がこの先にある」
「? なに?」

 巨人共の言葉に皆首を傾げる。この島に留まる理由がログが貯まるのがクソ遅ェこと以外に何かあると言うのだろうか。

「お前らは決死で我らの誇りを守ってくれた」
「ならば我らとて……いかなる敵があろうとも、友の海賊旗ほこりは決して折らせぬ……!」
「我らを信じてまっすぐ進め! たとえ何が起ころうともまっすぐにだ!」

 やたらと念を押され、ルフィは「わかった」と強く頷いた。
 それにしたっていきなり何なんだ。おれ達のこれからの航海への激励にしては、2人とも意を決したように眉根を寄せている。もしかしてこれが巨人式の見送りなのだろうか。それにしちゃどことなくきな臭いが。

「見て!! 前っ!!!」

 ふとナミさんが緊迫した様子で声を上げたものだから慌てて船首の方を振り向けば、巨大な背鰭と共に波が大きく盛り上がっていて──ザバ、と、大型の海王類が顔を出した。

「うわあ!!」
「なんか出た〜〜っ!!」
「海王類かァ!?」

 出目金のような形相のそいつはぎょろりと目玉をこちらに向けたかと思えば、おれ達の船を飲み込もうとするみたいにその大きな口を開けてみせた。

「舵きって! 急いで! 食べられちゃう!」
「……! ナマエちゃん!」

 ナミさんの声にハッとして、慌ててあの子を探す。彼女は真っ青な顔でメインマストに寄りかかっていた。

「ナマエちゃん……!」
「あ……サン、ジさ…………」

 蚊の鳴くような声を出す彼女をきゅっと抱き寄せてやり、なるだけ情報を遮断できるようしっかりと包み込んだ。ラブーンの時然り、まさかこう何度も食べられちまいそうな状況に陥るとは。
 ナミさんの指示に反してルフィやウソップは巨人共の言葉を信じてこのまままっすぐ進むことに決めたらしい。船はみるみる出目金の口内へ向かって進んでいく。

「ルフィ! 巨人達あいつらは信頼できるんだろうな!?」
「うん」

 そう言ってあっけらかんと頷く。こいつがこうなってしまった以上、もうどうしようもない。こちらも巨人を信じるしかないようだ。
 すると口内へ船を招き入れた出目金がバクンと口を閉じ、辺りは夜みたいに真っ暗闇に変わった。

「……っ、う、ぁ…………」
「……! ナマエちゃん……」

 彼女の視界は塞いでいるから暗くなったことはわからないはずだが、さすがに周囲の雰囲気で察してしまったらしい。腕の中でナマエちゃんがいつになく震えるものだから、思わず抱き締める手に力がこもる。

「きっと……大丈夫だからな……」

 そうは言っても、今回はラブーンの時とは違う。情けねェが、既に食われちまった以上おれ達にはもうどうすることもできない。あの巨人達を信じる他には──。

「──“覇国”っ!!!」
「!!?」

 突如突風が吹き抜けたかと思いきや、明るい太陽の光に照らされた。
 メリー号が空を飛んでいる。文字通り魚の中から飛び出た・・・・のだ。どうやら巨人が出目金をぶった斬って風穴を開けちまったらしい。とんでもねェやつらだ。

「ふり返るなよ! いくぞ、まっすぐーーっ!!」

 ザバン、と大きく水飛沫を上げながら船は着水した。そのまま永久指針エターナルポースに則っておれ達はアラバスタを目指す。

 ふとナマエちゃんに目をやれば、少し呼吸が落ち着いてきたらしい。おれはそっと腕の中から解放してあげた。

「ナマエちゃん、もう大丈夫だよ」
「は…………はい。ありがとうございます、サンジさん」

 助かりました、とナマエちゃんは眉尻を下げながら僅かに目を細める。
 それを見て何故だかきゅうと胸が締め付けられるような気がするのは、トラウマに体調を左右される彼女がかわいそうで……だろうか。

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