15:でんでんむし

 プルルルル。プルルルル。

 穏やかな空気を断ち切るように突如聞こえ始めた奇怪なその声。はっとその方を見たわたしとサンジさんは顔を見合わせた。

 一味の皆を探しにジャングルへ入ったわたし達は、その中で白い箱のような建物を見つけていた。中へ入るサンジさんに続いてみれば、そこはジャングルにあるとは思えないほど静かで、何やら優雅な雰囲気が立ち込めていて。あと、アロマみたいないいにおいがする。とにかく心落ち着ける、いい“安らぎ空間”だったのだ。
 うっかりそんなところへ足を踏み入れてしまったが最後、わたし達は気づけば小一時間程のんびりと過ごしてしまっていたらしい。いい加減皆を探しに行かないと、と立ち上がった途端のこれだ。

「? ……何だ?」

 首を傾げながらサンジさんが声のする箱を開けると、そこにいたのはヒゲを生やしたカタツムリだった。

「あ、電伝虫」
「へェ……ここに住んでるヤツのかな」

 そう言って鳴き続ける電伝虫をテーブルの上に置くと、彼は悪戯っぽく目を細めながらそっと受話器を手にした。
 人の家に勝手に上がり込むだけでなく電話まで取ってしまうなんて、さすが海賊というか。まあ、不法侵入に関してはわたしもかなり寛いでしまったので片棒を担いでいるようなものだけれど。

 ヘイまいど、こちらクソレストラン……ご予約で?なんて、すっとぼけた顔をして話すサンジさんに思わず笑ってしまいそうな反面、通話相手がどう出るのかハラハラしてしまう。
 案の定、少しの沈黙の後に『ふざけてんじゃねェ』と地を這うような低音が電伝虫から聞こえてきた。ああやっぱり、怒ってる。

『てめェ、報告が遅すぎやしねェか……?』
「…………報告……あ〜……そちら……どちらさんで?」
『……おれだ。“Mr.0”だ……』
「み…………」

 思わず声が出そうになったところをハッと口を噤んだ。電伝虫は結構よく音を拾う。わたしが下手なことを口走るわけにはいかない。
 だってこの通信の向こうにいる相手は、Mr.0──ビビさんの話していた敵組織の社長ボスなのだから。

 ちらとサンジさんの方を見やれば、彼も眉間に皺を寄せじっと考え込んでいる様子だった。
 しかし相手はそんな悠長な暇なんて与えてはくれない。追い討ちをかけるみたいに言葉を続けるのだ。

『おれが指令を出してからもうずいぶん日が経つぞ。いったいどうなってる、Mr.3』

 Mr.3。この電伝虫の飼い主だろうか。どうやら向こうはこちらが別人だとは気が付いていないらしい。
 それより心配なのは一味の皆のことだ。敵幹部の1人が今この島にいるにも関わらず、拠点なのであろうこの建物にいないということは、目下ジャングル内を移動中ということになる。皆が無事だといいけれど。

 すると沈黙に痺れを切らしたらしい、『何を黙りこくっている』とまた地響きのような声が聞こえ、はっと顔を上げた。

『おれは質問をしているんだ。王女ビビと麦わらの一味は抹殺できたのか?』
「……!」

 サーっと、一瞬のうちに血の気が引いていくのがわかった。ああもう、犯罪組織からの追手があると、ビビさんから伺っていたじゃないか。
 だけど、いざ当人から“抹殺”なんて聞いたら、恐ろしくて縮み上がってしまう。手の震えをどうにかして抑えようとぎゅっと拳を強く握りしめた。
 するとふと、背中に温もりを感じた。震えに気付いたサンジさんが、受話器を片手に空いた手でわたしの背を優しく撫でてくれているのだ。
 目を合わせた彼はわたしを宥めるみたいに柔和に目を細めて、会話を続けるべく口を開いた。

「…………ああ、任務は完了しましたよ。あんたの秘密を知っちまった野郎どもは全て消し去りました。だからもう追手は必要ありません」

 なんて頭の回転が早いのだろう。それに冷静だ。
 今のこの少ないやりとりで、一味の皆やビビさんが狙われる心配を不自然なく無くしてしまった。
 電波の向こうの男性も納得してくれた様子で、ごくろう、と労いの言葉をかけた。

『今アンラッキーズがそっちへ向かっている。任務完了の確認と、ある・・届け物を持ってな』
「アンラッキーズ……? 届け物?」
『アラバスタ王国への“永久指針エターナルポース”だ…………ミス・ゴールデンウィークと共にお前はこれからアラバスタへ向かえ。時機がきた……おれ達にとって最も重要な作戦に着手する』

 神妙な面持ちで話す電伝虫を見つめていれば、不意に窓の方から視線を感じた。ちらりとそちらを見やると、サングラスをかけたラッコとハゲタカが窓の縁に立ち尽くしているではないか。
 それに気づいたらしいサンジさんも呆然と目を見張りながら何だこいつら、と小さく溢した。

『オイ……どうした…………』
「いや……! 何でも……」

 聞こえる声色から違和感を察されてしまったらしい。サンジさんは指摘の声にも平静を保って言葉を返したけれど、何やら物騒な物を構え始めた2匹を見て咄嗟にわたしを後ろへ押しのけた。
 そして次の瞬間、ハゲタカの背上の銃火器が激しく火を吹いたのだ。

「うわっ!!」

 白い石のようなものでできた長椅子が粉々に砕け割れた。わたしがぺたりと座り込んだすぐそばの床だってまるで蜂の巣だ。サンジさんが助けてくれなければ、きっと今頃わたしごとああなっていただろう。
 サンジさんもうまいこと身を翻していたみたいでどこも怪我はないようだけれど、今度はラッコからの攻撃を間一髪避けたところだった。

「おれを殺そうってのか、上等だぜコノ……メガネざるがっ!!」

 躱すために高く上げた長い脚をそのまま振り下ろし、壁際へ思い切り蹴飛ばしてみせた。硬い壁に正面衝突したラッコはそのままずるりと倒れ込んでいる。
 しかしそれも束の間、再び銃口をこちらへ向けるハゲタカにサンジさんは勢いよく飛びかかった。

「だからてめェは……やめろってんだよ、巨大ニワトリ」

 器用に足先で首を捻り、スタンと着地する。
 すごい。1対2、しかも相手は武器を持っていたというのに、あっという間に熨してしまった。サンジさんって、きっとすごく強いんだ。死闘を目の当たりにしてか、わたしの貧弱な心臓はドクドクと波打っている。

 騒ぎが落ち着いて、ふと電伝虫から何事だ、と声が聞こえた。そういえばまだ通話中だったのだった。

「あ〜……いや……何でもねェ……ハァ、いや……ありません。麦わらの野郎が……まだ……生きてやがって。大丈夫、とどめはさしました。ご安心を」
『…………生きてやがった・・・・・・・だと……?』

 怒気を含んだ声にぞわりと全身が粟立つ。先程の一件で腰が抜けてしまったものだから、床に座り込んだまま膝頭できゅっと手を握り締めた。

『さっきお前は任務は完了した・・・・と…………そう言わなかったか?』
「ええ、まァ……完了したつもりだったんですがね」

 割れた椅子に腰掛けるサンジさんはやはり臆する様子も見せず、「想像以上に生命力の強い野郎で……」なんて飄々と言ってみせた。

『……つまりお前は……このおれにウソの報告をしていたわけだ……』
「……あーまァ、そういう言い方をしちまうとあれなんだが……今確実に息の根を止めたぜ。だからもう追手を出す必要はねェ、OK?」
『…………まァいい。とにかく貴様はそこから一直線にアラバスタを目指せ。なお……電波を使った連絡はこれっきりだ、海軍にかぎつけられては厄介だからな。以後伝達は全て今まで通りの指令状により行う。……以上だ。幸運を……Mr.3』

 それだけ告げると電伝虫はガチャンと音を立てて、鼻提灯を膨らませ始めた。通話が切られたのだ。

「……切れた……」

 そう呟いて受話器を電伝虫の背に戻すサンジさんを茫然と見つめる。いきなりいろいろなことが起こりすぎて頭が混乱してしまった。
 するとそんなわたしの視線に気づいたらしい彼は少し身を屈ませ、そっと手を差し伸べてくれた。

「ナマエちゃん、大丈夫?」
「あ……はい、大丈夫です」

 手を取りその場に立ち上がれば、指先は未だ僅かに震えていた。

「ごめんな、おれがついておきながら怖い思いさせちまって……怪我はない?」
「そんな、サンジさんが助けてくださらなかったらわたし……。本当にありがとうございました」
「……しかしこいつらは一体何だったんだ」

 そう言ってサンジさんが視線を送るのは、床に突っ伏したままのハゲタカとラッコだ。
 問答無用で突然襲いかかってきたわけだし、やはりこの子たちも敵組織の一員なのだろうか。

「ん……?」

 ふと、ラッコの手元に何かが転がっていることに気がついた。サンジさんがそれを拾い上げたので、隣から覗き見る。
 それは“ALABASTA”と刻まれた永久指針エターナルポースだった──。

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