「あれ?……おはようございます!」
ある朝、ゲームをしようと少し早めの時間に起床し、自室の携帯食品が切れていることに気づいたので何かないかと思い談話室に行くと、寝巻きとして使っているのだろうラフな姿のなまえがキッチンに立っていた。
なまえがこの格好で共有スペースにいるのは入浴後から寝るために自室に戻るまでのみなので、朝に見かけたのは初めてだ。
「……おはよ。珍しいね」
服装を指すように視線を寄越してみせた。
それになまえは少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら首を左右に振った。
「これは!ちがうんです!昨日はちょっと寝られなくて」
「キッチンで徹夜?まだ2月なんだから冷えちゃうでしょ。ほら手冷たい……ん?」
なまえに近寄り冷えを確認するために手を掴んだところで、彼女の背後に大量のラッピングされた菓子が置かれていることに気がついた。ほとんどは小さなハートが印刷された透明の袋をラッピングタイで縛ってあるものだったが、ひとつだけ赤い箱にリボンで飾り付けた豪勢なものがあった。
それらを見つめていたらその視線に気がついたのか、あちゃーとでも言いたそうなかわいらしい表情を俺に見せた。
「ごめん、見ちゃやばかった?」
「あっいや……ウーン、どうせもう今日だしいいかな……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、眠そうに目を擦った。
すると突然顔をぱっと上げたのだ。そして後ろ手におもむろに赤い箱を手に取り、俺の方へ差し出した。
差し出されるがままにとりあえず受け取ったが、頭が状況についていけていなかった。これは何なのだろう。
俺のその表情に気がついたのか、なまえが言葉を付け足してくれた。
「バレンタインです!」
なるほど。そうかそういえば今日は2月14日だったなあと思い返した。
毎年あまり気にせずに過ごしていたので今年もそんなことまるで考えていなかった。
「……ありがとう。寝ないでこれ作ってくれてたの?」
「本当は昨晩で作っておいて、今朝みんなが揃ったときにでもまとめて渡そうと思ってたんです。けど失敗しちゃって……作り直したりしてたらこんな時間になっちゃってたみたいです」
どうやら背後の量産された菓子達は他の団員への義理チョコらしい。
「昔からバレンタインのお菓子作りがすっごい苦手で、毎年何回も失敗しちゃうんですよ。だから今年こそ1回で成功させよう!て思って……年明けくらいから何作るか考えて、臣くんに教えてもらいながら何回も練習してってしてたんですけど」
年明けからのなまえの異変はこれだったのか。
かわいいなと自然に頬が緩み、なまえの頭をゆるゆると撫でていた。
「そっか、お疲れ様。みんなまだ起きてこないだろうし1回寝てきたら?」
手から伝わる体温が心地いいのか、先程よりさらに眠そうに欠伸を零している。
「ん……そうします」
そう言って寮の方へ向かいかけたが、ふと振り向いて、俺に向けて微笑んだ。
「至さんのだけはとくべつなので、他のみんなにはないしょですよ!」
眠気からか舌足らずになりながらそれだけ伝え、ふらふらと談話室を後にした。
箱を開けるとチョコレートのマカロンがいくつか入っていた。すごく良くできてる。頑張ったんだなあと口に入れてみれば、甘い風味が広がった。
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2017年2月執筆
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