机の上にシャーペンを投げ出した。
「全然わっかんない!」
頭を抱えたが正答が思い浮かぶわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていく。
どうしようもないな、と思い立ち上がった。自室から談話室へ向かう。
「至さん!……あれ?」
いざ談話室を覗いてみたが、目的である茅ヶ崎至が見当たらない。おかしいな、さっき仕事から帰ってきてた気がしたから、てっきり談話室でゲームでもしてるかと思っていたのだけど。
代わりにそこにいるのは監督さんと椋くん、一成くん、そして万里の3人だった。
「どうした?」
「えっと……至さんは?」
「至さんならさっき出かけていきましたよ!コンビニに行くとかなんとか」
「なまえちゃん、いたるんに何か用あった感じ?」
「用っていうか……勉強を教えてもらいたくて」
これだよと言うように片手に持ったテキストを見せびらかした。
「テスト?……そんな時期かぁ。大変だね」
「はい……今度のテストの範囲なんですけど、もうぜんっぜんわかんなくて!至さん、家庭教師経験あるって前に言ってたし」
至さんが帰ってくるまで談話室で待とうと、ソファに腰掛けた。
「……」
ふと、万里と目があった。
「俺が教えてやろーか?」
「えっ?」
わたしの返事を待たずに、彼はヒョイとわたしの手元からテキストを引き抜き、パラパラと目を通しているようだった。
「あぁこれ、簡単じゃん。教えてやるよ」
ソファから退いた万里は机にテキストを広げ、それの近くに改めて腰掛けた。そしてわたしに隣に来るようにフローリングをポンポンと叩いて促すのだ。
素直に従ってそこに座る。万里はそのまま説明を始めた。
「わかんねーのは解きかけてるこれだろ?そもそも使う公式が違ってんだよ。こういうときはこっちじゃなくて……」
「……万里ってほんとに頭よかったんだね」
「あ?」
わたしの発言に、俯きがちだった顔を上げた万里と再び目が合う。
「頭いいも何も、こんなの誰でもできるだろ」
「できなかった約一名が目の前にいますけど」
しかし万里の説明は本当にわかりやすい。授業をまじめに受けずにこれなのが驚きだ。ああ、わたしもそんな頭に生まれたかった!否、生まれ直したい!
「ただいまー」
「あ!いたるんお帰り〜!」
「おかえりなさい!」
「至さん!おかえりなさい」
「おかえりッス」
ようやく至さんが帰宅したようで、わたしもそちらに顔を向けた。
「至さん!おかえりなさい!」
「ただいま。……何やってんの?」
コートを脱ぎながらソファ越しに机を覗き込んだ至さんは不思議そうにわたしたちの前に広がるテキストを見つめた。
「今度のテストの勉強です!わかんないところがあったので、ほんとは至さんに教えてもらおうと思ったんですけど至さんいなかったので……」
「俺が教えてやるよーつって、今これ」
わたしの言葉の続きを補うように万里が付け足した。
「…………」
至さんは手を口元に添えたまま数秒黙って、それから口を開いた。
「じゃあもう俺帰ってきたし、俺が教えてあげるよ」
「えっ」
「いぃよ。もう俺が教えてるからあと全部俺がやる」
「えっ」
「前も言ったけど俺家庭教師してたことあるしさ。いい感じに教えられると思うんだけど」
「いやいや俺現役だし!そもそも同じテスト受けんだから俺が教えた方が効率いいっしょ?」
「それこそ現役生だから間違ってる可能性あるのにそれを教えるのはよくないんじゃね。なまえちゃんが間違った覚え方する」
「あああの…………?」
至さんと万里に挟まれながら繰り広げられる口論をどうすることもできず、ただ焦るだけだった。
「ちょっと二人とも!なまえちゃん困ってるでしょ。それなら二人で教えればいいじゃない」
監督の一言にまず立ち上がったのは至さんだった。
「なまえちゃん、ここじゃ落ち着かないし俺の部屋行って教えてあげる。行こう」
「えっ?あっハイ」
言われるがまま、手を差し出されるがままにわたしは至さんに連れていかれそうだ。
万里も引く気がないようで一緒に至さんの部屋へ向かった。
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2017年2月執筆
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