ぱちと目を開けた。涼しい風に頬を撫ぜられたおかげか爽快に目が覚めた。目の前に広がるのは雲ひとつない晴天、青空だ。一体どういうことだろう。

「目が覚めたようだな」

 ふと頭上から声が聞こえたものだから起き上がってみれば、そこには羽織りのついた帽子を被る、整った口髭を生やした男が座っていた。
 キョロキョロと辺りを見渡せばなんとここは小舟の上のようで、広がる大海原以外には何も見えない。わたしと男のただ2人だけだ。

「あの……ここは?」
「おれの船だ。貴様が突然この船めがけて上空から落ちてきたので仕方なく乗せてやったまで。目が覚めたのならさっさと出ていってもらおう」
「そ、空から?……わたしがですか?ふふふ」
「……何がおかしい」
「いいえ……ふふ、こんな厳格っぽいオジさまでも冗談とか言うんだなあと思いまして」

 その意外性に思わず笑いが堪え切れないでいれば、男の眉間の皺が静かに増え、はっと口を噤んだ。

「おれは冗談など言わん」
「へっ?いやでもまさかわたしが空から落ちてきたとか、信じられないですし。ドッキリとかそういうーーーー」

 ……いやいやいや。ドッキリにしては出来すぎじゃないだろうか。
 わたしの目線の先ーーつまり男の背後に、小さな角をいくつも頭部に蓄えた見たこともない巨大な魚類が現れたのだ。
 人間驚きすぎると声が出なくなるのは本当なのだと身にしみて感じた。わたしは震える指先で男の背後を指すので精一杯で、声にならない声を漏らしながら必死に口をパクパクさせるだけだった。
 しかしそうしても男は優雅に足を組んだまま一向に動く気配を見せない。ああ、わたしはこんなよくわからない状況でよくわからない化け物に食べられてお陀仏しちゃうんだ。全く、一体どうしてこんなことに!
 襲われる瞬間なんてもちろん見たくはなくて、わたしはその事実から逃げるみたいにきつく瞳を閉じた。

 刹那、ズバンと何かを斬り裂くような音が聞こえた。
 恐る恐る薄目を開けてみれば、少しずつ紅く染まる海に息絶えた魚類が浮かんでいる。男はと言うと背中に備えていた大きな黒い剣を、ちょうどまた鞘に収めるところだった。
 まさか彼が斬り倒してしまったのだろうか……しかし状況的にもそうとしか考えられない。もしかして彼は漁師さんなんじゃないだろうか。いや漁師さんはこんな方法でお魚を獲りはしない。だけどそんな、現代日本にこんな芸当ができる人物がいるのか。ていうかそもそも、あの角の生えた魚(?)然り、ここは本当にわたしの知る現代日本なのだろうか。

「何をしている小娘。さっさとおれの船から出ていけ」
「いやいや、出ていけって言われましてもどうやって出ていくんですか!今乗ってるこの船しかないじゃないですか」
「フン。空から落ちてきたあたり貴様は空島か空船にいたのだろう、それをさっさと呼べ」
「空島?空船?なんの話ですか一体。ていうか、本当にここはどこなんですか?!船の上だとかじゃなくて海域の名前で教えてくださいよ、"太平洋"とか」





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2018年1月執筆

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