Saturday (1/3)

 重苦しい空気の中、カリカリとペンを走らせる音と時計の秒針が進む音だけが部屋中に静かに響いている。
 竜士くんや皆の額にじんわりと汗が滲む。幸いにもゴーストの性質のおかげで暑さを感じないわたしは安堵の息を吐いた。蒸し暑いのは嫌いなのだ。
 勉強会と聞いてわたしはもっと和気藹々と皆で課題を進めたりするものなのかと思っていたのだけれど、どうやら補習にかかる可能性のある燐くんと廉造くんに残りのメンバーが教え込むらしい。
 想像以上に勉強の身に入り方が悪い2人の焦りや混乱、教える側の苛立ちなどから時間が進むごとに部屋に陰の気が充満していく。
 今もまさに、わたしの向かいに座る燐くんが眉間にいくつも皺を並べて頭を抱えている。

 今日は雪男くんや燐くんが暮らしているというこの旧男子寮で、定期試験に向けての勉強会をすることになったのだ。
 昨日雪男くんが教室を去った後皆で話して決まったのだが、ツインテールの女の子(そういえばまだ名前を聞いていない)は少し嫌そうというか、面倒くさそうな表情を見せていた。しかし雪男くんからも「サポートしてください」と念を押されたこともあって、こうして塾のない休日に、お仕事があるらしい雪男くん以外の塾生皆が揃ったというわけだ。

 遡ること今からおよそ1時間前。
 それぞれ担当を科目ごとで分けようということで各自得意科目を言い合っていた。

「────なるほどな。俺は歴史とかの暗記系や。苗字はどないや?」
「ていうか、名前って頭いいのか?」
「わ、失礼な。こう見えてわたし、理系科目ならすっごい得意なんだから!……まあ、文系はからっきしなんだけど」

 自分で言っておきながら文系科目、特に国語の成績を思い出して少し悲しくなってしまった。抜き出せばいい登場人物についてならともかく、作者の意図なんてわたしが知る由もないじゃないか。
 それに引き換え、数学や理科は大得意なのである。実は通っていた高校では学年トップ10に入るくらいの好成績を収めていた。
 自信満々に胸を張ってそれを告げれば、じゃあ数学から始めようと、わたしが燐くんに数学を教えることになった。ちなみに廉造くんの担当は子猫丸くんだ。

「それじゃあ始めよっか。よろしくね、燐くん」
「おう!よろしくな、名前!」

 あんなにも嫌そうにしていた勉強をするというのに、楽しそうに笑う燐くんはなんだか大型犬みたいだ。尻尾が見えそうな気がする。
 つられるようにわたしもふふ、と笑みをこぼした。

「理系科目全般に言えることなんだけど、おおよそは公式さえ覚えちゃえばそれに当てはめるだけだから。あんまり難しく考えなくても見た目より簡単だと思うよ」

 極論、これである。
 確かに複雑な公式なんかは覚えるのも大変ではあるが、回数をこなしているうちに覚えていくものだ。
 苦手意識があると英数字が並んでいるだけで難しく見えてしまうものだとは思うけれど、冷静に落ち着いて考えれば誰だって簡単に解くことができるはず。
 理系科目に、解答のない問題は存在しないのだから。文系とは違って。文系とは違って!

「えーと……名前」
「ん?どうしたの?」

 不意な燐くんの問いかけにわたしはにっこりと応答する。久しぶりに数学と向き合ったものだから、ちょっと楽しくなってきてしまった。
 燐くんはというと薄く眉根を寄せつつ、八重歯をヘラと見せて苦笑いをした。

「公式……?て、なんだっけ?」
「え?そのレベル?」

 燐くんが「とてつもなく勉強ができない」とは皆から聞いてはいたけれど、まさかそこまでとは。もはや科目以前の問題である。
 ちらと竜士くんの方を見ると、ため息を吐きながら首を振られてしまった。
 ……これは先が思いやられそうだ。
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