揺蕩う(1/1)
「名前ちゃん、そもそもイルミナティのことどない思ってはるん?」
空き教室に入り次第、後ろ手にドアを閉めた廉造くんがそんな疑問を口にした。
思いの外直球な質問にえ、と顔を上げれば、俺のことは気にせんでええよ、なんて側の席に座りながら答えた。
「別にイルミナティのことどないな風に言われたって俺はなんとも思わへんし。素直に、今の名前ちゃんからはどう見えてはるんかなー思て」
「どう……うーん……」
改めてどう、と訊かれると返答に迷うな、と思った。それに答えられるほどイルミナティを知っているわけではないし……。
けれど、先日の島根での一件から感じたことであれば。
「酷い……って、思ったかな」
「ふぅん?」
わたしの返答に、廉造くんは頬杖をつきながら目をいくらか瞬かせた。
「やっぱり島根での出来事で印象強いのが、出雲ちゃんのお母さんとか人体実験に使われてた人のことだから……」
「あー……そうやんなぁ」
「……あの外道院ってひと。出雲ちゃんや出雲ちゃんのお母さん、それに
「うんうん……なるほどなぁ」
わたしの言葉に頷きながら相槌を打つ。そうしてぱちと目が合ったかと思えば、へら、といつもの調子で笑ってみせた。
「いや〜でもわかるわぁ、あの人ほんまひっどかったもんなぁ」
「…………でも、廉造くんはその“ひっどい組織”にいるんでしょ……? なんで?」
「あー、まずここが訂正点やな」
そう言って改めてこちらを向いて座り直し、珍しく少し真面目な空気を纏いながら言葉を続けた。
「人を人と思っとらんかったり、こないだみたいなひっどいことしとったんは結社やのうてあのオッサンなんよ」
「え……でも、研究施設とか……構成員の人たちだって」
「あの人アレで結構偉いお人やったでなぁ、下の人らは従うしかあらへんかったんや。島根のは、ほぼみんなあの人の暴走。結社自体はそこまでヤバくもあらへんねんで」
「そ、そう……なの?」
たしかに、言われてみれば出雲ちゃんや出雲ちゃんのお母さんがいた施設の最奥には、外道院1人だけしかいなかった。
「でも、それならどうして騎士團と敵対するの? イルミナティが悪くないなら、そんな必要ないんじゃ……宣戦布告されたって聞いたけど」
「あーそっか、その時名前ちゃん気絶してはったから総帥の話詳しくは知らへんねんな」
ダンパの後、廉造くんにやられて気を失ってしまったあの時。ルシフェルさんが現れて、騎士團に宣戦布告していったという内容は雪男くんから聞いたけれど。
「それはたぶん、騎士團とイルミナティの目指す場所が違うからとちゃうかなぁ」
「あ……そっか。騎士團は
「そうそう! イルミナティの最終的な目的は
「
「うん、なんやそれって、名前ちゃんみたいやあらへん?」
“わたしみたい”。
それはわたしが人間だったり
そういえば、ルシフェルさんにもそのことで稀有な存在だとか言われたっけ。
「……名前ちゃん、ある日突然
「う…………うん」
「フェレス卿が入学案内しに行かはったみたいやけど、あの人も何考えてはるんかようわからへんし……。名前ちゃんかて正直信用してへんやろ」
「それは…………」
なんて返事をすればいいか迷ってしまってそのまま黙りこくっていれば、廉造くんは話題を変えるみたいに「これは総帥から名前ちゃんに伝えるよう言われたことなんやけど」と話を続けた。
「イルミナティの力があれば、名前ちゃんの
「! か……解明できるの?」
正十字学園に編入後、定期的に血液検査は受けているものの、毎回特に異常はなく、
今はもう普通の人間なのだから、それでも困ることはないけれど……原因や仕組みなんかが気にならないと言ったら、やはりそれは嘘になる。
「うん、俺もあんまり詳しくは知らへんねんけど。イルミナティなら、名前ちゃんがやりたいことは全部させてあげるし、知りたいことも全部教えてあげるーて、総帥が言うてはったよ」
「イルミナティ、なら……」
正直、あまりの甘言につられてしまいそうになる。
けれどイルミナティがどれだけ魅力的な条件を出してきても、騎士團と敵対している事実が変わるわけではない。
……とはいえ、フェレス卿はいまいち信用ならないし、わたしが騎士團にいる理由なんて、初めに拾ってもらったのが騎士團だったからってくらいで──。
「…………ううん、それでもわたしは騎士團に所属してるから」
迷いは心の奥にしまい込んで、首を横に振った。
「『しっかりプレゼンしたけど断られました』って、ルシフェルさんに伝えておいてもらってもいい?」
「そっかぁ、りょうか〜い。ほなこれで俺の仕事は終いやなぁ!」
断られたのに意外にもけろりとしている廉造くんは、本当にただ“仕事だから”今し方の勧誘をしていただけらしい。怠け癖のある彼だから、こんな風にしっかり任務を果たそうとするだなんて、正直少し予想外だ。
「廉造くんは、ほんとは騎士團とイルミナティのどっちの味方なの?」
今度のわたしからの質問に廉造くんは一瞬だけ驚いたように目を見開いたけれど、すぐに頬を持ち上げ目を細め、いつもの調子で口を開いてみせた。
「どっちも何も、俺はいつだってかわええ女の子の味方やよ!」
「あー……うん、わかった」
「えぇ?! なんその反応?! 冷たいて名前ちゃん!!」
そう言っては嘘泣きをする様子が可笑しくて、小さく声を出して笑った。
誤魔化されている気がしないでもないけれど、彼は二重スパイなわけだし、あまり深く突っ込んでは困らせてしまうかもしれない。わたしはそれ以上の詮索はやめて、ガタンと席を立った。
「じゃあ、話も終わったし自習しに暗唱術の教室行こっか」
「え?! このままここで俺とお話せえへんの?!」
「しないよ、試験近いんだから。ほら廉造くんも」
「え〜〜〜?!」
こうも騒ぐのを聞いていると、もしかしてさっきまでの話は全部勉強から逃げるための時間稼ぎだったんじゃないかとすら思えてくる。いや、他人を巻き込んでいるんだからどうかちゃんと仕事だったんであってほしいけど。
はぁ、とひとつ息をつく。駄々を捏ねる廉造くんを連れて、わたしは空き教室を後にしたのだった。