濡羽色のソワレ(1/2)


「神木出雲を捜せ」

 楽しかったダンスパーティーは、その一言で一気に色を変えた。

 想いを伝え合ったわたしと竜士くんは屋台を巡ったりアーティストのライブを観たりして目覚ましい夜を満喫していたのだけれど、突如霧隠先生から塾生と雪男くんだけが招集をかけられたのだ。
 集まってすぐに告げられた言葉に、思わず言葉を失った。出雲ちゃんに何かあったのだろうか。
 わたしは祓魔塾に入ってまだ間もないからよくはわからないけれど、きっとこういった緊急招集は珍しいのだろう、皆どことなく表情が強張って、緊迫した空気が張り詰めている。

「え!?出雲ちゃん、どーしはったんです?」

 沈黙を破ったのは廉造くんだ。わたしもそれに続いて、恐る恐る口を開いた。

「……出雲ちゃん、ずっと前から今日は祓魔師エクソシスト認定試験のために寮で勉強するって言ってましたけど……」
「いや、俺、今夜あいつに店手伝ってもらう約束してたんだ。でも来なくて……」

 店というのは、ダンスパーティー内で出されているおにぎり屋さんのことだ。燐くんのクラスの屋台はその美味しさがメフィストさんに気に入られて、クラス企画の中で唯一ダンパ内出店をしているのだ。
 その手伝いと言うからには、きっと出雲ちゃんは売り子をする予定だったのだろう。出雲ちゃんが燐くんと何か約束をするだなんて、ちょっと意外だ。

「出雲に何かあったのか!?」
「判らん。詳しい説明は後だ」

 いつもはおちゃらけた霧隠先生も深刻そうに眉間に皺を寄せていて、それがより一層不安を煽る。

「今は一刻も早く神木を捜してもらう。……ついでに連絡がつかん宝ねむも捜せ」
「塾生だけじゃ足りなくはないですか?塾講師にも連絡を……フェレス卿にも」
「だめだ!これはヴァチカン本部直々の極秘任務だと思え。メフィストには知らせるな!」

 ぴしゃりと言い放たれた言葉に首を傾げた。たしかメフィストさんは日本支部の支部長だったはずだ。いくら極秘任務とはいえ、少し変じゃないだろうか。

「どうしてヴァチカン本部からの任務をメフィストさんに隠すんですか?」
「あ?……そうか、お前あのゴーストの……。悪いがそういうことを話してる時間も惜しい。効率を上げるために皆単独で捜せ。捜索中は常に連絡がつくようにしておくんだ。何かあったら下手に行動せずすぐアタシに連絡しろ!以上解散!急げ!」

 霧隠先生はそれだけ捲し立てるとすぐにどこかへ走っていってしまい、わたしの疑問が解消されることはなかった。

「あああ出雲ちゃんに一体何が!」
「まず捜索地を振り分けんとあかんよな」
「んな悠長なこと言うてられへん!出雲ちゃんに何かあってからや遅いんや!」
「志摩!自制せえよ!」

 何やら叫びながら見たことないような猛ダッシュで去っていく廉造くんを見送ったところで、形容し難い蟠りが自身の胸中にあることに気がついた。
 何かあってからでは遅い。そうだ。今最も優先するべきなのは出雲ちゃんの安否であって、少なくともメフィストさんのことではない。そんな簡単なことも咄嗟に判断できなかった自分が恥ずかしくて、ひどく苛立った。
 ぱっと顔を上げ、竜士くんや皆と向き直る。

「わたし、女子寮を見てくる」
「頼むな」

 竜士くんの声にこくりと頷き、踵を返してエントランスを通り抜けた。


 煌びやかな光から遠ざかるごとに人の数も減っていく。いつもは賑やかなはずの場所が閑散としているのは、なんだか不思議な感覚だ。
 女子寮へ向かいながら出雲ちゃんに何度か電話をかけてみたけれど、どれも受け取られることはなかった。勉強に集中していて気がつかなかっただけ、とかならいいのだけど、きっとそういうわけでもないのだろう。

 それにしても、慣れないヒールがこれでもかっていうくらい走りづらい。ああもう、なんだってこんな日に限って。うっかり足を捻ってしまいそうなので早歩き以上走る未満みたいになっている。こんなことならペタンコ靴でも忍ばせてくるんだった。尤も、この事態を想定できたはずもないのでたらればでしかないのだけれど。

「あ……っ!」

 突然身体が支えを失ってその場に倒れ込んだ。振り返ってみれば、どうやら些細な段差につま先を引っ掛けたらしい。
 幸い怪我などはなかったけれど、地面についた膝と掌が普通に痛い。周りに誰もいないところで1人で転けたのが無性に恥ずかしくて泣きそうだ。
 ぶつけた膝を摩りながらふと上の方に目をやると、街の上層で巨大なプラモデルみたいなものと黒い炎が上がっているのが見えた。

「なに、あれ……」

 距離があるのではっきりとは見えない。だけど、あれはきっと……悪魔だ。というか、そうでなきゃあんなものがいる説明がつかない。
 出雲ちゃんのことと何か関係があったりするのだろうか。でも出雲ちゃんの使い魔は白狐のウケちゃんとミケちゃんだし……。

「……だけど…………」

 まさかとは思うけれど、なんとなく嫌な予感がする。
 ぐっと足に力を込めて立ち上がり、華美なパンプスを脱ぎ捨てた。うん、この方がずっと走りやすい。
 わたしは渦中の上層に向かって、裸足で駆け出した。



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