静かな騒めき(1/1)


「いいお天気……今日は暖かいね」
「うん、晴れてよかった」

 晴れ渡る青空を見上げた。爽やかな秋風がヒュウと頬を撫ぜる。
 今朝の検診の結果、塾生の誰も入院などは必要ないとのことで、皆で揃って稲生大社に来ていた。出雲ちゃんのお母さんのお墓参りの付き添いだ。
 先程お墓まわりの掃除などは一緒に手伝ったけれど、きっと落ち着いて話がしたいだろうということで、こうして階段に腰掛けて待機しているのだ。

「出雲ちゃん、元気になってよかったね」

 膝に乗せたクロちゃんの顎の裏を撫でながらそう話した。手の中でぐるぐると喉を鳴らす。
 しえみちゃんはわたしの言葉に、心底嬉しそうにうんと微笑んだ。

 するとふと、上の方からジャリと砂を踏む音が聞こえ、くるりと階段を見上げた。どうやら墓参を終えたらしい。

「……終わったか?じゃあ帰ろーぜ」
「朔ちゃんも待ってるよ」

 頂上に立つ出雲ちゃんはなんだか気まずそうに、少し照れたような様子で階段を駆け下りてきた。


「……しっかし、志摩はどーするよ!?俺、連れ戻すってメフィストに啖呵切ったのに……!」
「……! そうだ!ウケ、ミケ!あんた達、ピンク頭に消されたんじゃなかったの!?」
「え……?!」

 燐くんのボヤきを聞いてはっと思い出した出雲ちゃんが、側を歩いていたウケちゃんとミケちゃんに詰め寄った。
 そういえば研究所での戦闘の時、出雲ちゃんがなかなか2匹を召喚しないのを不思議に思っていたことを覚えている。

「ああ……おそらく消滅せんように手加減されておったのだ」
「動けるようになるまでにはかなり時間がかかったけどね」
「それってどういう事……!?」

 イルミナティにとって、きっと出雲ちゃんの抵抗は疎ましいものだ。だからそこに属する廉造くんが出雲ちゃんの使い魔を残す必要はないはずなのに、一体どうなっているのだろう。
  2匹に話の続きを聞こうとしたところで、不意に聞き慣れない声が「坊」と呼びかけた。皆ウケちゃんやミケちゃんの方に落としていた視線をそちらへ向ければ、正十字騎士團の和装制服を着た男性が2人そこに立っていた。

「柔造!」
「お父は今忙しないんで俺達が代わりに参りました」

 少し焦燥した様子の竜士くんに、柔造さんというらしいその人は丁寧に頭を下げた。今回の増援部隊は京都・三重・松江の祓魔師エクソシストで組まれていると聞いたし、竜士くんの地元の知り合いの人とかだろうか。
 気になってちらと出雲ちゃんを見やれば、その視線に気づいてこっそり廉造くんのお兄さん達なのだと教えてくれた。
 もう一度彼らに目を向ける。言われてみれば、たしかに垂れた目尻や鼻の形なんかが廉造くんによく似ている。

「……何から話せばいいか……廉造が……。…………柔造?」
「……申し訳ありません、坊」
「ま、まさか……」
「子猫丸…………廉造は俺達の密偵です」

 ひゅ、と息を飲んだ。身体の奥の方で心臓がドコドコと波を打つ。
 血の繋がった家族が、あんな危険な場所に廉造くんを放り込んだというのか。

「……っ、つまり……二重スパイてことですか……!?」
「そうや。今まで黙っとった事、申し開きも出来ませんが……秘密は最小限にせなあかんかったんです。廉造を守るためにも」
「…………守る?」

 最後の言葉を聞いて、竜士くんはピクと肩を揺らした。握り締めた拳が僅かに震えている。

「お前らイルミナティを知っとるんか……!?俺は見た、人間を人間とも思わん連中や。バレたら殺されるだけや済まんのやぞ!!何で廉造あいつを巻き込んだ!?」
「坊!!」

 柔造さんの胸倉に掴みかかったところを子猫丸くんが咄嗟に制止し、それにはっと手を離した竜士くんはすまんと小さく謝った。

「いえ……。……事の経緯を話させてもろてもよろしいですか」
「ああ……」
「……去年の今頃……廉造が一枚の名刺をもらってきました。"光明財団"のものです」
「……!」
「もともと騎士團員を勧誘する秘密結社や悪魔主義集団はごまんといて、團員は常々警戒し、勧誘されれば報告を義務づけられてました。"光明財団"はその中でもここ数年よく耳にする名やったんです」

 それから柔造さんは廉造くんがイルミナティに所属することになった理由を事細かに説明してくれた。
 廉造くんは生まれて間もない時から志摩家の本尊である夜魔徳ヤマンタカと契約を交わしているらしい。イルミナティはそんな黒い炎の使い手であり、且つ将来的に騎士團へ所属する予定のある廉造くんを、若く疑われにくいうちに手に入れたかった。
 しかしそれは騎士團にとっても同じこと。本来ならばなかなか中枢へは入り込めないイルミナティだが、廉造くんならばそれが容易である可能性が高いわけだ。
 そこでメフィストさんは、廉造くんを彼直属の密偵スパイとして雇いたいと申し出たのだ。京都出張所の所長である廉造くんのお父さんは当然それを跳ね除けたそうなのだが、廉造くんが自ら「やりたい」と買って出たらしい。
 自分の力がどこまで通用するのか試してみたい。人を欺くことは、自身の専売特許であると──。

「……この件について知ってるのはごく数人。しかも廉造が今、どんな使命で動いてるかはフェレス卿しか知りません」

 柔造さんは視線を地面に落とし、難しそうに眉間の皺を寄せた。

「……何にしても、廉造はもう俺達の手を離れたと思て下さい」

 話を聞き終えて、誰も何も言うことができなかった。
 ただ葉を揺らす風の音だけが、この静けさを誤魔化しているみたいだ。



prev / back / next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -