蔓延る濁り(1/3)


 授業開始前、まだ生徒が不揃いの教室でわたしはふうと小さく息を吐いた。

 島根ではいろいろあったけれど、無事に帰ってきたわたし達に待ち受けていたのは今まで通りの学園生活だった。ただ一つ、廉造くんがいないことを除いて。
 彼のしたことを忘れたわけではないけれど、二重スパイの事情なども聞いたし、さすがに少し心配だ。

 ふとそんなわたしに気がついたらしい、隣に座る出雲ちゃんが何よ、とちらとこちらを見やる。

「うーん……廉造くん、今頃どうしてるのかなーと思って……」

 そう口先で呟いた途端、ギィと錆びた音を立てて教室の扉が開いた。

「みんな元気やった〜?」
「へっ……」

 思わずはたと動きを止めた。
 この訛り、それに扉の隙間から見えるピンクの頭。まさか、そんなはずあるわけないじゃないか。だって、廉造くんはイルミナティに──。

「俺、志摩どす。おーきにおーきに」

 ──ピンクのカツラを被った燐くんだ。

 それを見て皆が静まり返る中、燐くんは「おっぱいおっぱい、ヒョヒョヒョ!」とおそらく廉造くんのつもりなのだろう物真似を見せながらアメちゃんを配り始めた。扉に最も近い出雲ちゃんから順番に、わたしも手渡された小包装の飴玉を黙って掌で受け取る。
 ……いや、そんなはずあるわけないと思っていたのは確かだけど、予想の斜め上の上すぎて言葉が見つからない。彼は一体何をやっているのだろう。
 誰も何も言い出さないのを見かねてか、子猫丸くんが可哀想なものを見るみたいに眉根を寄せて「奥村くん、どしたんや」と声をかけた。

「ん?俺、志摩どすよ。はいアメちゃん」
「ピンクのヅラ被った奥村くんやろ」

 子猫丸くんの言葉に、燐くんはニコリと笑顔を貼り付けたまま飴を差し出して固まった。
 というかここ最近の子猫丸くん、何かが吹っ切れたみたいにズバリと核心を突いてくるな。
 すると燐くんは手に持っていた飴玉を子猫丸くんの目の前に置いたかと思いきや、空いた掌で彼の坊主頭をシャリシャリと勢いよく撫で回し始めたのだ。

「コッ…………コラーッ子猫丸!!せっかく友達にヅラ借りたのに……関西人ならもっと軽快にツッコまなきゃダメでしょ!!」
「……」
「元気出せよ!暗くなったところで志摩は戻ってこねーだろ!?ほれ勝呂もアメちゃん食え!」

 その勢いのままに袋から取り出した大量の飴玉を竜士くんに差し出せば、竜士くんは顔色ひとつ変えずにそれらを静かに受け取り机の上に置いてみせた。

「奥村、少し静かにしてくれるか?」
「……! お……俺だって責任感じてんだよおォ!!連れ戻すっつったのにくそおー!!」
「燐……」

 カラになった飴玉の袋を握り締めおいおいと泣き喚く燐くんをしえみちゃんが慰めようとそっと声をかける。
 ふとその時、再び教室の扉がギィと音を立てた。塾生はもう揃っているはずだし、今からの授業である悪魔薬学担当の雪男くんだろうか。そう思い何気なくそちらに目をやれば、現れた人物に開いた口が塞がらなかった。

「呼ばれて飛び出てジャカジャカジャ〜ン!志摩さんどすえ〜!」

 ……一体何がどうなっているのか、わたしには皆目見当がつかなかった。



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