密かなメタファー(1/1)
わたしには闘う術がないから皆のサポートを頑張ろう──なんて、甘い考えだった。
「ひやぁああっ!!」
ドン、と劈くような音を響かせて
勢いよく体当たりされそうになったところを既の事で躱し、体勢を整えてすぐさまそれと向き直った。
独房のような場所に皆バラバラに落とされたかと思えば、
それは先程1階で見たものと同じように唸りながらわたしを襲う。その攻撃を避けながら小さな箱の中で逃げ惑うのでやっとだった。
「ア゛ア゛ゥオ゛ア……ニ゛グゥウ゛」
「人のこと肉って言うのやめてよ!わたし絶対美味しくな、きゃ?!」
文句を言っている間にも何本もある右側の腕で同時に殴りかかられそうになり、ギリギリのところで直撃を免れた。
しかしバランスを崩して顔から思い切り転けてしまった。ちくしょう、痛い。頬が切れた気がする。
咄嗟に上体を起こして
「ぐ……っあぁっ!」
わたしを握る力の強さに骨がミシと悲鳴を上げる。
ちらと目をやればわたしの真下で
ああ、嫌だ死にたくない。生きたまま食べられて死ぬなんて嫌だ。
いやだ、助けて。たすけて、だれか、
「りゅ、じく……!」
何が起こったのか訳もわからず眩しさに目が開けられないでいると、不意に何か硬いものが勢いよく背中を打ち付けた。
「ぅ、あっ!」
その衝撃に思わず咽せて咳き込むと、光が落ち着いていることに気がついた。
双眸を開くと先程わたしがぶつかったのは床で、
ほっと息を飲んだのも束の間、すぐに体勢を取り直そうと
一体誰なのだろう……それに、
「も……もしかして、助けてくれたんですか……?」
「……?あぁ、ここにいた
どうしてわたしが死んだら困るんだろう。よくわからないけれど、あんなに強かった
それにツノのような髪型と赤いマントに気を取られていたけれど、彼が着ている制服はイルミナティのものだ。
いやな冷や汗が首筋を伝ったのがわかった。
「……怖がらせてしまったのなら申し訳ありません。苗字名前さん」
「わ、たしの……名前を?」
「ええ、君のことはよく聞いています」
聞いているって、誰からだろう。廉造くんだろうか。
彼がこちらへ歩み寄るたび、何故かほぼ反射的に後退りしてしまう。
「私は光の王、ルシフェルです」
「光の……?」
"ルシフェル"──祓魔の参考書でメフィストさん、もとい"サマエル"の項目の隣で見た名前だ。
そんな偉い人が、どうしてこんなところに。
ふと、踵がコツと壁に当たった。
狭い部屋の中だ。もう後がなくなってしまった。
「安心してください、君を傷つけたりはしません」
そう言いながら、ルシフェルさんはゆっくりと近づいてくる。徐に右手を差し出してきたので、なんだか怖くて思わず目を瞑ってしまった。
そっと顎に触れられた感覚にビクと肩を揺らす。恐る恐る瞼を開くと、すぐ目の前まで来ていたルシフェルさんがわたしの顎を持ち上げるように手を添えていたのだ。
「な……」
「君は……ごく普通の人間でありながら一度悪魔になっていますね。変化などではなく、君自身の性質そのものが」
「…………!」
「その上、偶発的に元の何の能力も持たない人間に戻った。君のような稀有な存在をサマエルの元に置いておくのは非常に惜しい。私は君をイルミナティに歓迎します」
透き通った黄緑の瞳が、触れてしまいそうなほど近くでわたしの両の目を射抜く。まるで吸い込まれるみたいで、輝く2つのそれから目が離せなかった。
「よ…………よくわからないんですけど、わたしはまだ学ぶ身とはいえ、仮にも正十字騎士團に所属してるので……イルミナティには、い、行けません」
意見に反するようなことを言えば一体何をされるか恐ろしくて仕方がないけれど、これだけはきちんと断らないといけないと直感した。震えで歯がガチガチと音を鳴らすしあまりに怖いから蚊の鳴くような声になってしまったけれど、伝わっただろうか。
するとルシフェルさんは表情を特に変えないままさっと身を引いて、いくらかわたしから距離をとった。
「……君は、サマエルに不信感を抱いているのではないですか?」
「……! なん、で……それを」
ここ数日で生まれたわたしの悩み。
未だ誰にも打ち明けたことはないから、どこかで聞かれたはずがない。それどころか、わたし自身でさえメフィストさんを疑っているだなんて思いたくなくて自覚しないようにしていたというのに。
ドコドコと叩き続ける鼓動が向こうまで聞こえないか心配で、制服の胸元をきゅっと握りしめた。
そんなわたしの様子にルシフェルさんは踵を返してマントを翻してみせた。そして顔だけをこちらへ向けるよう振り返り、ほんのごく僅かに目を細めた。
「他にも行くべきところがあるので、今日はこのまま退散します。恐らくまた会えるでしょう。その時までに考えておいてください」
「あ……っ!」
「私達なら、君が知りたいことを全て教えてあげますよ」
それだけ告げると、訪れた時と同じように強い光を放ってどこかへ消えてしまった。
静まりかえった部屋の中、1人ぽつんと立ち尽くす。今言われたことがぐるぐると頭の中を廻り回るみたいだ。
しかしはっと気がついたわたしは咄嗟にそれを振り払うように頭を大きく振り回して、天井に付けられた通気口のようなものを見つめた。
「悩んでる場合じゃない。せっかく
早くここから出て、皆に会いたい。今はとにかくその一心だった。