「だったら葵と一緒に乗ったらどうかな。俺は別のところに―…」
「あ、あー、私、高所恐怖症なの」
「えッ?」
え。鈍い声が出る。高所恐怖症? そうだったっけ?
何か言おうとしたら、皆帆に先を越された。
「そうなんだよねぇ残念だよねぇ。僕らみんな高いところ苦手なんだ」
「嘘ですよね!?」
「えぇ、なまえちゃん何言ってるのさ。本当だよー? ねっ真名部くん」
「僕は本当に苦手です…」
「僕も、でしょ?」
「……そうですね」
真名部が何かを諦めた顔で言う。揃いも揃って高所恐怖症なんてあるのかなと思っていると、更に皆帆がペラペラと話し続ける。
「しかもなまえちゃんは観覧車の無料券を持ってたりするんだけど、もったいないけど僕らじゃ使えないね。」
「え、無料券なんて持ってるんだ?」
「あぁ、はい! って言っても元々安いからあまり変わ」
「もったいないよねぇ」
遮った。皆帆の威力を何か感じる。
そんなに2人きりにさせたいのかな……うーん俺の応援してくれるって嬉しいけど、でも。
「また今度使えばいいんじゃない? しばらく休みなんてないだろうし、今日はみんな各自、好きな所を回ろうよ」
とにかく日々の練習の疲れを落とすことが大切。
そう言ったらさくらが小さく舌打ちした気がしたんだけど気のせいだよね! 気のせいだよね!? ていうかなんで!
見なかったことにして軽くスルーすると、ここでまた皆帆が口を開く。
「んん〜そっかぁ…ここ名物の頂上からの景色、写真撮ってもらいたかったんだけどなぁ…」
「え、」
「カメラならあるわよ! 私も見たかったなぁ…」
「う、ウチ…も…」
「きっと綺麗なんでしょーねぇ……」
「確かに風景の写真を宿舎に飾るのはいいかもしれません。自分が見れない風景を誰かが写真で撮ってきてくれるなんて素敵ですし」
「っそれなら他の方々に頼めば、」
「なまえちゃん…見えるかい、このエンジョイしすぎてもう話す余地もない彼らが」
「……。」
言われて俺も振り返ってみる。
剣城や神童さんあたりはどこか気を使ってくれてるようにも見えてしまうんだけど、他のみんなはかなり本気で楽しんでいる。
うぅ〜ん……皆帆達が高いところ苦手かどうかは置いといて、たぶん真名部とか好葉辺りは本当に苦手そうだし。
景色かぁ。ここに来た思い出になるかな。
「分かった、そういうことなら撮ってくるよ」
任せて、と葵からカメラを受け取ると、なまえの取り残されたような視線。
「えっと…ここの観覧車、1人じゃ乗れないから……。」
悪いような気もするけど、まぁこうなっちゃうよね。
*****
観覧車に乗ってからというもの、俺はずっとカメラのレンズ越しに風景を見つめるばっかだった。
なんでかって? 緊張してるから!
うわもう皆帆が変なこと言うからどんなふうに接すればいいかわからなくなっちゃったじゃないか! らしくないなぁ……今までどうしてたっけ…。
ここまでかなりの数の人たちに出会ってきたと思ったけど、なまえみたいな感情を抱いた人は初めてで、にもかかわらず観覧車に2人だけ、とか。
戸惑っちゃうなぁ。
写真を撮ってる振りをして、ちらっとなまえを見てみる。
……と、なまえも風景をガン見していた。
綺麗だねとかどんどん街が小さくなってくねとかかける言葉はたくさんあるはずなんだけど、ぶっちゃけ風景なんて頭に入ってこない俺はただひたすらに黙っていた。
なんというか……サッカーやりたい。なまえとみんなと一緒に。
早く地に足をつかせて!
しばらくそんな状況が続いた後、ふとなまえがこっちに視線を移したのでぱっちりと目が合った。
……1秒も立たぬ間に逸らされちゃったけど。一瞬ってこの事なんだなって思っていたら、ずっと黙っていたなまえが小さく口を開いた。
「あ、の…天馬、キャプテン」
「あぁ! うん! なぁに?」
「あの、あの…ああぁあの、わ、私、」
「……うん?」
言いにくいことなのか、かなりどもるなまえ。と、次の瞬間。
「好きなんです!!」
…って。
え、好き、って、 …何か言おうとしたら、その前になまえが続けた。
「…った、高い所が!!」
「……え? あ、あぁ高いところね! 俺も結構好きかな!」
「そ、そうなんですか、葵さんたちは高所恐怖症って言ってたから……、」
こんな綺麗な景色、生で見れないのはもったいないなぁって。
そう言うなまえに、そうだね、写真たくさん撮ったよって言う俺。
それから何かがっくりと項垂れるなまえに、どうしたのって声をかける時。心臓がばくばくしていたのに気がついた。
好きってまさか、……なんてね。高い所かぁ。
ていうかそんなにどもるほどのことだったのかな。
でも、まさか、とか、もしかして、とかって期待したり、そんなわけないかって勝手に諦めたりするのも。今までになかっただけにちょっと楽しかったりもする。
だからこのままでもいいな。
何かが壊れてこうやって話すことすらできなくなってしまうのを恐れていたのかもしれない。
あるいは、なまえがいつも付いて来てくれるから、きっとこのままでもどこにも行かないんじゃないかって安心しているのか。
きっと両者だ。
今でも充分居心地がいいから、このぐらいの距離を保っていたいな。
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