堕ちた先の世界 [ 20 ]

ルーシィの記憶に残るハッピーは、ナツの傍にいてずっと笑っている。
いなくなるまでずっと、毎日変わらず、いつも通りのハッピーだった。

ナツの抱えていたものも、ハッピーが抱えていたものも、ずっと一緒にいたのに気付かなかった。
フェアリーテイルから出て行こうと皆を傷つけた、ナツの表情が今も忘れられない。
あの時、どうして一緒に行かなかったんだろう、どうして気付かなかったんだろうと、懺悔にも似た後悔が、ルーシィの胸を何度も引き千切る。


「……やっと喋ってくれたと思ったら、いつもの冗談?ナツって…いつまで経ってもそうゆう所、変わらないよね…」


ルーシィは、上手く笑おうとして顔を引き攣らせる。
本当はわかっている。言いたくないことを、誰にも言えないことを、精一杯言ってくれた。
けれど、すぐに認めることが出来ない。いつもの調子を出そうと無理やりに言葉を発した。
本当は、頭の中が整理しきれず、ぐちゃぐちゃだ。

ルーシィのその気持ちを知り、その心を宥めるかのようにナツはルーシィをやさしく抱き寄せた。
胸が言い表せないほど痛くて、心も体も震えてしまう。
寒いわけじゃないのに、ナツのぬくもりがその震えを宥めてくれるようだった。

しばらくすると、ルーシィの体を包むナツの腕がぴくりと動く。
突然ナツが小さく、…きた、と呟いた。


「…ナツ?」

「ルーシィ。もうすぐここに評議院が来る。」

「…え」

「思いっきり目立つように街の中ウロウロしまくったからな。…でも思ったより早ぇな。」

「え?どうして…」

「あ。ルーシィはずっとここに寝かせてたから、オレと一緒のところは見られてない。安心しろ。」

「どうしてそんなこと…!」

「…ルーシィ」


ぎゅうっと、痛いほどにナツの腕に力が入る。


「……ルーシィは……フェアリーテイルに帰るんだ。」

「!?……わ、私はもうフェアリーテイルに戻れない!…戻らない!!」


ルーシィのその言葉にナツが体を離してルーシィの肩を強く掴む。
鋭く吊りあがった目をルーシィに真っ直ぐに向けて強く言い放った。


「ルーシィなら大丈夫だ!帰れ!フェアリーテイルに!」


遠く、外から騒がしい音が聞こえてくる。静かな夜に、いくつもの人の足音。


「…来た。」

「わ、私は行かない!ずっと!ナツの…」


傍にいるんだ、何があっても。
その言葉はナツの掌で塞がれる。
ルーシィを肩に抱きかかえ、ナツは突然部屋の窓から飛び出し、走り出した。


「ちょっ…!?ナツ!?」

「ルーシィよく聞け!オレがルーシィに付き纏っていた奴等まとめて引き受ける!」

「…へ?」

「バルゴから聞いた!評議院にマークされまくってたんだよルーシィは!オレと一緒のところばれないように、あの森から出てここまで来るの大変だったんだからな!」

「…え!?バルゴってどうゆうこと!?」

「でもオレがここら辺ウロウロしたからルーシィ見失って探してた評議院のやつらの標的がオレに変わったはずだ!このまま…」

「ナツ、ちょ、ちょっと、止まって…!下ろして!」

「止まってる時間ねぇ!評議院はこのままオレが引き寄せとくから、その間にフェアリーテイルに帰れ!後は皆がなんとかしてくれるはずだ!」

「!?……そ、そんなことできない!!私はずっとナツといるの!」

「ダメだ!!ルーシィは帰るんだ!」

「嫌よ!勝手なこと言わないで!!」


街を外れ、人目のつかない木々が生い茂る中へと景色が移る。
草木を踏む分ける音とナツの息遣いしか聞こえない。
この瞬間を、今を、忘れてはいけない気がして。
ルーシィはナツの肩に腕をまわして力を込めた。
すると、ルーシィを抱くナツの腕にも力が入る。


「…ここから行けっ!この先に行けば街がある、街の列車に乗ればマグノリアに着く!」


林の中で緩やかに長く降下している斜面の先に。遠く木々の間から街の輪郭が見えた。
ナツはルーシィを下ろして手に何かを握らせる。
それは、ルーシィが何度もナツから取り返そうとした宝瓶宮の星霊がくれた瓶だった。


「ちゃんと塗れよ。跡残ったら嫁のもらい手なくなるぞ。」

「な…何言って…」

「でも消えそうにねぇよな…万が一オレが出てこれることがあって……る、ルーシィが嫁にいってなかったら仕方ねぇからもらってやる。…お、オレのせいだしな!」

「っ…ば、バカ!…馬鹿言わないでよ…こんな時に……な、なんなのよ…このまま捕まる気なの?」

「…それからこれも。本当は燃やしちまおうと思ったけどできなかった。」

「封筒……手紙?」


―――本当は今日ルーシィにも…言いたかったけど言えなかったんだ…ナツ、ルーシィに…

そう言いながら渡された少女宛の手紙だけがナツの手元に残っていた。
青い猫を忘れるために思い出の品を捨てても、あの時渡された手紙だけはどうしても捨てられずに。


「ハッピーからだ。ルーシィとは、出会ってすぐに懐いて…ずっと仲良かったもんな。きっと…ルーシィには最後に伝えたいことあったんだろ。」

「………」

「ルーシィ、ハッピーのことは皆に言うなよ…」


真実を誰にも知られずに"ハッピー"のままでいることが、青い猫の望みだった。
このまま、どこかに旅立ったのだろうと、いつかまた会えるだろうと、ルーシィが思いそう願ったように、皆にもそう思っていてほしいのだろう。
そんな青い猫の最後の望みをナツとルーシィで守り続けていく。ハッピーは、そうしてくれるのを望んでいたはずだ。


「ナツ…。私は最後までナツと一緒にいる…覚悟できてる。このまま一緒に捕まるわ!」

「ダメだ!ルーシィは何もしてねぇだろ!…ったく、リサーナと同じこと言いやがって!」

「リサーナ??…やっぱり!リサーナと何か話したのね!?」

「……っ」

「ナツ!?」

「…運が良かったら、オレもフェアリーテイルに戻る。」

「え?」

「思ったより評議院の奴等多いし、戻れるか自信ねぇけどな…フェアリーテイルの魔導士がオレを捕まえたらいいんだろ?」

「……何?何の話?」

「リサーナと約束したんだ。用事済ませたら行くって。」

「約束?」

「ルーシィが待っててくれたら…がんばれる気がする。だから、ルーシィは先に帰っててくれよ。…な。」

「わ、私は…」

「…しっ!………もう来やがった、すげぇ数だな…」


ルーシィには何の物音も聞こえてこないが、滅竜魔導士の優れた感覚が何かを捉えたようだった。
ナツは、焦りながら突然ルーシィの腕を掴む。
そのまままた走り出すのかと思えば、力強く引き寄せられた。唇が、塞がれる。


「っん」


確かめるように。角度を変えて何度も重なり合う。
その甘く夢のような一瞬の間の後。ドンっと音をたててルーシィの体に衝撃が走った。
突き飛ばされた。そう自覚した後には、体がナツから離れ、緩やかな斜面を滑り落ちていく。
ルーシィは慌てて手足で抵抗を作り、滑走を止めてナツがいる方へ振り仰いだ。
鋭く強い視線がぶつかる。


 行け、ルーシィ―――!


喋らなくても目を見れば気持ちは伝わる。ルーシィはその時本当にそう思った。
ナツはルーシィに背を向けて走り出す。色々なことを突然知り、混乱し、事態が飲み込めないまま呆然と固まるルーシィ。
その後、何かが爆発する音、すごい数の喚声がルーシィの耳にまで届いてきた。
その音の数の多さに背筋が凍る。このままではナツは捕まると思った、ルーシィが飛び出したところで何かを変えられる度合でもないほどに。


(どうしよう…どうすれば…!)


最後まで、傍にいたい。ナツと一緒に戦いたい。
この先何があってもと、決めたのだ。
…けれど。


―――運が良かったら、オレもフェアリーテイルに戻る。


ナツを信じる。ナツが望むことをするべきだ。
心は乱れたまま、弾かれたように、ルーシィはナツがいた場所から背を向けて走り出した。
今度は何があっても、ナツから絶対に離れたりしないと誓った決意を、必死に押さえながら。


「開け処女宮の扉!…バルゴ!」


走りながら鍵を振るう。
悲しい、苦しい、自分一人の力ではどうにもできない現実に悔しくて、ルーシィは涙を流しながら歯を噛み締めた。


「バルゴ!急ぎたいの!力を貸して!」








助けて、と言える立場じゃない。

それでも、このままナツが評議院に捕まらないためには。

こんな時に、助けを求められるのは。

どんな時でも。いつも全力で立ち向かってくれる、みんなのことしか思いつかない。








帰るんだ。

フェアリーテイルに。



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