堕ちた先の世界 [ 19 ]

青い猫がいなくなってから数日。
少年は青い猫に言われた通り、青い猫のことを忘れようとがんばった。
早く元気を取り戻すことが、青い猫のためにできる最後のことだと思っていた。

ギルドの皆は、少年に青い猫を必ず捜し出すからと励まし続ける。
少年は、青い猫を思い出させる言葉を聞きたくはなかった。
それから毎日青い猫を捜し続ける仲間を見る度に、少年は苦しむ。
必死に忘れようと大切にしていた思い出の数々を捨てていく少年に、皆は怒り、悲しみ、必死で青い猫を探し続けた。


≪オイラ思ったんだ。イグニールも……オイラと同じようにナツを悲しませたくないことがあったのかもしれない。≫


思い出の品をどんなに捨てても、青い猫との思い出や青い猫の言葉の数々は、少年の心に残り続ける。
何日経っても、少年は青い猫を忘れられずにいた。

そして、少年は青い猫にもう一度会いたいと願うようになる。
青い猫を捜し続ける仲間達を見続けることも、限界だった。
卵を見つけて、あたためて、生まれて、名前を付けて、それから、ずっとずっと一緒だった。
最後の最後も、ずっと一緒にいたいと、少年は願った。

最期に、間に合ってほしいと少年は急ぐ。
真実を知らない仲間は、塞ぎ込んだままの少年を一人にさせまいと必死に止める。
しかし、引き止めようとどんな言葉を告げても、少年の苦しみが増すだけだった。
かまえばかまうほど、少年の中で焦りと苛立ちが募る。
少年は、早く追いかけたいと願う心のまま、この先後悔することを知らずに、たくさんの仲間を傷つけた。

そして、少年は青い猫のことだけを想い、朝も夜も走り続ける。
もうほとんど消えかけている匂いと勘だけを頼りに、青い猫の軌跡を辿っていく。
魚がたくさんいる川や、仕事で行った思い出の場所を通り過ぎる。
ほかは、人気のない場所ばかりに青い猫の匂いが残っていた。
その青い猫の軌跡に、本当に最期が近いのだと少年は焦り、走り続けた。

そして、少年はやっと見つけた。





木々が生い茂る山道の先、視界が広がる高い頂。
フィオーレ王国の景色を見下ろせるその場所で眠るように青い猫が横たわっている。

青い猫がここに辿り着いた時には、今日のように空気が澄んで晴れ渡っていたのだろうか。
もしそうだとしたら、今日のように、遥か遠くだが、小さくマグノリアの街が見えたはずだ。

いつものように眠っているようにしか見えない青い猫を少年は抱きかかえる。
青い猫は、目を覚まさない。

少年の体から、赤黒い炎がゆらゆらと立ち昇る。
青い猫との思い出が、何度も駆け巡る。

気付くと、周りは火の海だった。
間に合わなかった怒りと悲しみの感情のまま膨れ上がる炎に、少年は炎のコントロールを失う。
闇に、絶望に、飲み込まれていく。
少年だけを残して。周りはみんな灰となって消えていく。

大切なものを何度も失う絶望と苦しみに少年は押し潰される。
それを、少年は払い除けることができない。

腕の中にいる青い猫に炎が燃え移る。
少年は抗うように声を上げた。
消えない炎が青い猫を、灰へと変えていく。
少年はこのまま、わが身も青い猫のように消してほしいと、消えない炎に願った。






それから、どのくらいの時が過ぎたのか、少年にはわからない。


ただ、青い猫がいたその手の中を眺め続ける少年。


このまま苦しみと共に早く消えて、終わることだけをずっと、願っていた。






「私は絶対にナツから離れない!何があっても!ナツが嫌がっても絶対に離れないんだから!」


突然響く、誰かの叫び声。
それが少年の心に届くのに、時間がかかった。


―――ルーシィ…?なんでいるんだ?






「ナツが年を取って命の終わりが、来るまでずっと。ずっと傍にいるから!」


―――終わりが、来るまでずっと、オレはハッピーの傍にいられなかった






「…わかった!?ナツが嫌って言っても、もう決めたの!絶対に!絶対に!ナツから離れない!」






睨みつけるような瞳とは反対に泣きそうに顔を歪ませている少女の顔が見える。
視界の両端に赤黒く焼け焦げた少女の腕。
ここまで来るのに、どれほどの痛みを負ったのか。
少年が青い猫を探し続けた数日と共に、少女もまた、苦しみながら探し続けてくれたことを少年は知る。


「ずっと、ずっと、一緒にいるよ。」


少年は、大切なものを何度も失うこの世界から、消えたかった。
このまま終われば、絶望を感じずに済む、苦しみも悲しみも何も感じない無の世界へ、行けると思っていた。

力強い光を宿す、今にも泣きそうな少女の瞳。
初めて聞く、少女の愛の言葉。

その瞳に、少年は目が覚めるように闇から引きずり出される。
その言葉に、少年はずっと気付けずにいた少女への想いを知る。

少年は少女に縋るように、膨らんだ気持ちのままに少女を抱き寄せる。


(命の終わりが、来るまでずっと。オレも。ハッピーにはできなかったけど、ルーシィには―――)


しかし、少年は感情のままに街を壊し、仲間を傷つけたことを思い出す。


(ルーシィの傍にいたい。けど、無理だ。でもその前にハッピーのことをルーシィに言わねぇと…)


それから少年は、何度も少女に真実を告げようとする。
しかし、言葉にすれば終わってしまう。青い猫の死を認めることになる、残酷な現実を受け入れることになる。
少女の傍にいる目的が終わり、罪を償うために離れることになる。


「ナツ、どこに行きたい?私、どこまでも一緒に行くよ。」

「どこに行きたいかはわからないけど、一人より二人のほうが絶対楽しいよ。…ね。」


青い猫がいってしまったところへ行きたかった。
けれど、それは少女が止めた。
少年は、心の中で少女に問い返す。


(ルーシィはどこに行きたい?オレは…ルーシィがいるならどこだっていい。)


少女の瞳を見るたびに思う。
もう少しだけこのまま傍にいたい。笑っている少女が見ていたいと。
少女が少年に願ったように、少年も少女にそう願っていた。

そして、少年は傍にいられる時間を稼ぐように、頭の良い少女に感付かれず、なるべく長く傍にいられるように、目的もなく歩き続ける。
後ろからついて来る足音だけに、神経を集中させて。

いつか来る少女の傍にいられなくなる時を思うと、悲しみが膨らんで、心が空っぽになる。
それでも、少女が微笑む度に、少年は、何度も救われた。














≪ナツ、もし、オイラがいなくなっても、フェアリーテイルの皆がいるよね。大丈夫だよね。≫


大丈夫じゃない。でも、ルーシィがいるなら。きっと、大丈夫だ―――



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