堕ちた先の世界 [ 6 ]

「開け宝瓶宮の扉、アクエリアス!」


水筒の中の水が、弧を描きながら逆流する。
異界の扉が開く時に感じる、独特な音と風圧と魔力の流れ。
その久しぶりの感覚に、ルーシィは瞳が熱くなるのを感じた。
フェアリーテイルを出て、魔法を使うことをやめ、
それからどんなに時間が経っていても、まだ魔導士でいられた、星霊は応えてくれる。
しかしそんなルーシィの心情とは裏腹に、宝瓶宮の星霊は怒りを露にしながらルーシィの前に現れた。


「……鍵ほったらかしで久しぶりに呼び出したかと思えば、水筒から……覚悟はできてんだろぉな?」

「アクエリアス!私を、水で守って!」

「…聞けよ!!大体、あんな熱量を持ったところに入れば、水はすぐに蒸発すんだよ!見てわかんだろが!」

「大丈夫、アクエリアスの水の力なら。お願い、ナツを助けに行きたいの!」

「……ッチ。もって、10分だ。それまでに、辿り着けんのか?」

「辿り着く。絶対に……。」


燃え盛る山の険しさを確認した宝瓶宮の星霊は、おそらく辿り着けないだろう、そう思いながらも
ルーシィの切羽詰った眼差しを受けて、もう一度舌打ちを返す。


「………まぁ、彼氏がそうなったら、私もそうするかもしれんしな。」

「え?」

「とりあえず、これを飲め。」

「……ん?水?」

「早く飲め!!」


宝瓶宮の星霊が取り出したのは小瓶に入った水だった。おそらく星霊界の水なのだろう、瓶に見たことの無い紋様が入っている。
それを受け取ったルーシィは訝しながらも素直にそれを口に含んだ。
飲んだ瞬間、喉の渇きどころか疲れが一瞬で取れ、体が冷たい清らかな水で満たされたような感覚になる。
宝瓶宮の星霊は、ルーシィが小瓶の水を飲み干したことを確認し、壷を高く掲げた。

宝瓶宮の星霊の持つ壷から流れる水が、円を描きながらルーシィの周りに水の層を重ねて球体になっていく。
幾重にも重なった水が高速で円を描き続ける。
それはまるでルーシィを世界から分け隔てる結界のように。


「おい小娘。死ぬような真似だけはやめろよ。お前が死んだら私の鍵がどこの馬の骨かわからんやつの手に渡るかもしれんからな。」

「うん。ナツがまた笑うようになるまで、私は絶対に死なない。……ありがとうアクエリアス。」


お前の心配じゃなくて私の鍵の心配で言ってるんだっ、と憤慨し、悪態をつきながら宝瓶宮の星霊が消えていく。
それを見送りながら、ルーシィは鍵だけを手に持ち、ナツがいるであろう炎の中心に向けて走り出した。


(すごい炎……こんな炎……見たことない)

(もし魔力を使い切って死ぬつもり、だったら…)


張り巡らした水の結界を通しても熱が伝わってくる。視界は凄まじくうねり続ける炎しか見えない。
ルーシィは、全て炎で焼かれ何も残っていない坂道をひたすら走り続けた。
先に進むにつれ、僅かに炎の色が濃く変化している気がする。
紅くうねる炎。その色が濃く、暗くなっていく。
温度も上昇しているのだろうか、水に守られているのにも関わらず、肌に伝わる熱が確実に熱さだけじゃない痛みに変わってきていた。
轟音を立てて燃え盛る炎の中、ルーシィは宝瓶宮の星霊が作り出した水の層が薄くなってきたことに気付く。


「ナツ………!…………どこにいるの!?」


ルーシィは焦りからか、思わず何もない炎の中で叫んだ。声が、震えた。
でも、引き戻そうとは考えられなかった。ルーシィはそのまま先へと、がむしゃらに走り続けた。


(ここで、諦めたらダメだ。ロキがくれたチャンスを逃したくない……!)


しかし、強い意思とは裏腹に炎は、ルーシィを焦がす。










全身が焼けるように痛い




吸い込む空気が喉を焼きそうだ




ナツが笑ってくれるまで絶対に死なないと誓い




絶対にナツを助けるんだと決意した心が




焼かれて




消える





――――でもこのまま………ナツの炎に焼かれて死ぬのも……わるく……な……――――




















「おら!小娘!!さっき私に言った言葉はまやかしか!………くそ!他の星霊がうるさいから出てきてやったんだからな!」

「………アク…エ…………」


走り続けていたはずなのに、いつのまにか両膝を地面に預けていることに気付く。
閉じかけていた瞳に映った宝瓶宮の星霊の姿に、ルーシィは瞬きをゆっくりと繰り返して確認した。
ルーシィと宝瓶宮の星霊の周りには、再び水で作られた結界に包まれている。


「今回は尻叩く程度じゃ済まねぇぞ!…………次は、ねぇからな!絶対に……!!」


宝瓶宮の星霊が壷の中の水をルーシィに投げつけるように浴びせる。
ジュワッという音と共にルーシィの身に痛みが走る。と、焼けるように感じていた痛みが嘘のように引いた。


「早く立て!行け!こんな熱量の中じゃ長くもたないって言ってんだろが!」

「…………あ、りが、とう……アク 「だから早く行けっつってんだろ!しばかれたいのかテメェは……!!」


宝瓶宮の星霊が怒りで震え悪態を叫びながらルーシィを急かす。
その声に押されるようにルーシィはわずかに痛みが残る体を震えながら引き起こし、走り出した。
自身の魔力で現れた宝瓶宮の星霊が作った水の結界は、先ほどより厚く、高速でルーシィの周りを囲んでいる。
炎が水に弾かれるように避けていく。


(すごい……これはアクエリアスが、渾身の力を込めて作ってくれたものだ……これを、無駄にできない…!)


早く。早く。もっと早く。
この炎が燃え続けている間は、ナツはまだ無事だということだ。
ルーシィの頬に汗なのか涙なのかわからない水が伝う。


間に合ってほしい。
突き放されてもいい。
これを、止めたい。
このままで、終わらしたくない。


燃え盛る炎の先に、わずかに、何かの影が見えた。炎に焼き尽くされ、何も残っているはずがない。
残っているのは、この炎を出し続けるナツだけ、だ。
ルーシィは、その影に向けて、手を伸ばした。



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