優しさで溢れて(サソリ)
/切甘
私には暁に入ってから数年、ずっと片思いをしてきた相手がいる。
彼の第一印象は人間というより人外、一体どんな生物なのか理解に苦しんだ。というのもヒルコが本体だと思い込んでいたからだ。だってまさかあんな恐ろしい形相した男は実は傀儡で、中から爽やか美男子が出てくるだなんて誰が想像出来ただろうか。
そう、正直言うと一目惚れってやつ。一目惚れしたはいいけど、あんな綺麗な顔して実はとんでもなく冷酷なんだけどね。そして超がつくほどのサディスト。それでも嫌いになることは一度もなくて寧ろサソリを知れば知るほど好きになっていくのが嫌でもわかった。仲間だと認めてもらえれば優しさも見せてくれて益々惹かれていった。
だから今日は、今日こそはこの気持ちをサソリに伝えようと決心した。受け入れてくれる筈がないことはわかっている。もしかしたら関係が悪くなってしまうかもしれないけど、もう気持ちを抑え込んでおくことも限界だった。それにもしかしたら、1%もない確率だろうけどサソリも私のことを好きでいてくれている可能性だってあるのかもしれない。
告白する、と決心したはいいものの心臓がバクバクいってる。こんなに緊張するのはいつぶりだろう?普段は早々緊張することなんてないんだけどな。
一歩ずつ確実にサソリの部屋へ足を運んでいく。まずは何て言おう?いきなり告白するのもおかしいのかな。ああ、もう告白なんて一度もしたことないから全然わかんない!
俯いてごちゃごちゃ考えていたせいで目の前に人がいることに気が付かず、私は思い切りぶつかってしまった。
「痛っ、あ、ごめん…っ、サソリ!」
なんてことだろう、まさかの目の前にサソリがいたのだ。会えたのは嬉しいけどちょっと早くない?まだ心の準備が出来てないのに…!
サソリは怪訝な表情を浮かべ睨むように私へ視線を向けた。
「椿…てめえ、歩くときは前見て歩きやがれ。俺だったから許してやるが、これが角都とかだったら半殺しだぜ?」
「う…ご、ごめん。ちょっと考え事してたもんだから…」
「考え事?珍しいな、相談乗ってやるから言ってみろ」
サソリが私に一歩近づきながら聞いてくれる。そうそう、こういう優しいところがあるから益々好きになっちゃったんだよね。まぁ最初から優しかったわけじゃないけどね?仲間だと認めてもらうまでは色々苦労もしたけど…現に今は仲間として認めてくれていて、優しいんだよね。何だかんだ言って。
私は頭を横に振り、真剣にサソリへ向き合った。珍しく真剣な様子の私にサソリは一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、「なんだ」と真剣に向き合ってくれた。
「今日は私、サソリに伝えたいことがあるの」
「俺に?…なんだ」
ああ緊張する。でもこんなチャンス滅多にない。緊張しすぎて震えてきたが、勇気を振り絞ってゆっくりと口を開いた。
「私、暁に入った時からずっとサソリのことが好きだったの。私で良かったらつきあってほしい…!」
言った。ようやく言えた。長年の想いをようやくサソリに伝えることが出来た。
サソリの顔を見るのが怖くて、見れなくて私は俯いた。少し経って頭上からサソリの声が聞こえてきて覚悟を決めグッと目を閉じた。
「…そうか、全然気づかなかった」
「……」
「椿には悪いが、俺は誰ともつきあうつもりはねえ」
その返事に、やっぱりかと思う反面少しだけ期待していた自分もいて思っていた以上にショックを受けた。じわりと涙が滲んでいくのがわかって、益々顔を上げられなくなった。
「椿…」
「っ、ごめんね急に変なこと言って…」
涙が溢れそうになり、サソリに見られないように走ってその場を去った。サソリが私の名前を呼んでいた気がしたけど、聞こえないふりをしてそのまま全力で走ってアジトを出た。
*
アジトを出てすぐだった。背後から名前を呼ばれて振り返った。確実にサソリではない、女の人の声。私を呼ぶ女の人はただ一人しかいないから。
「…小南」
「どうしたの、そんなに悲しい顔をして。何かあったの?」
小南はいつも何かと私のことを気にかけてくれて良き相談相手だ。暁で唯一の女メンバーだしね。
小南の顔を見ると安心したのか、気持ちが溢れ出して涙が零れた。小南は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに普段の優しい顔になり私に近寄って頭を撫でてくれた。
「椿、少し場所を変えましょうか」
小南に言われるがまま着いていく。連れて行かれた場所はアジトの近辺。私たちが時々息抜きに訪れる場所でもあった。
ほんの少し落ち着いたものの、悲しい気持ちはそう簡単に消えてくれない。忍、ましてや犯罪者なのにこんなことじゃダメだとわかっているのにこの気持ちだけは抑えられない。
「何があったか教えてくれる?もちろん、落ち着いてからでいいわ」
「…いや、もう少し落ち着いたから大丈夫。実はね、」
私は先程の出来事を小南に一つ残らず伝えた。小南にはサソリのことが気になっているということは以前から伝えていたから、話はスムーズに進み伝えられた。
小南は表情を変えることなく、終始親身に話を聞いてくれた。話し終えた後、小南は「頑張ったわね」と微笑み優しく抱きしめてくれた。
「…でも私、こうなることはわかっていたはずなんだけど思ってた以上にショックで」
「椿、サソリはどうして誰とも付き合うつもりがないと思っているのかちゃんと聞いたの?」
「…え?」
どうして誰とも付き合うつもりがないのか?そんなこと考えもしなかった。ただ振られたショックが大きくて冷静にそんなことも考えられなかったんだ。この場で考えてもサソリのことなんてわかるはずもなく、ただ首を捻るだけだった。
「まずはサソリに聞いてみたらいいんじゃないかしら。きっと理由があると思うわ」
「…そうだね、でももう少し落ち着いてからにするよ。ありがとう、小南」
私は小南に礼を言うと、瞬身でその場を離れた。さすがにこんなにすぐにアジトに戻ってサソリに会う勇気はなかったから。それでもサソリにちゃんと聞いてみようと前向きな気持ちになれたのは、確実に小南のお陰だった。
行き先なんて考えてもいなかったから、適当に頭に浮かんだ場所へ瞬身した。するとそこは森の中でアジトからほんの少し離れた場所であることを即座に理解した。
この森はよくサソリと任務へ向かうときに通る森でもあった。無意識にサソリとの場所を思い浮かべたんだろうか。
高めの木に登り、見渡しの良い場所へ立って景色を眺める。ここから眺める景色は本当に綺麗で心が落ち着く。一瞬目を閉じた、次の瞬間だった。四方八方から無数のクナイが私目掛けて投げられたのを察し瞬時に避けた。
「…誰?」
気配だけでも複数名いるのがわかる。感知したらもう少しいるかもしれない。不運にも囲われてしまっていて明らかに此方が不利だ。
首領であろう人物が姿を現したかと思えば、「やはり、暁だな」と一言発しすぐさま攻撃を仕掛けてきた。複数なだけあって防御するので精一杯だった。ほんの一瞬の隙を突かれ、敵の攻撃が目の前まで迫っていた。
「っ…!!」
気づいた時には既に遅かった。敵の攻撃を食らってしまい、一度食らうと続け様に受け続ける。ダメージを受け続け吐血した。
暁のメンバーである私がこんな雑魚に負けるわけにはいかない。歪む視界の中、必死で交戦した。
「はぁ、はぁ…っ」
必死で交戦し、何とか振り切ることが出来た。さすがにあの人数を全員抹殺は到底無理だった。
傷だらけになった身体を何とかメンバーにはバレないようにしないといけない、そう思い物音立てずにアジトへ入り早々に自室へ足を運ぶ。しかし、途中でぐらり、視界が歪んだ。
「椿…!」
目の前にいたのは幻術か現実か。サソリがいたのだった。
サソリの姿を見た瞬間安心してしまい、歪みが更に増し私はその場で倒れ意識を失ってしまった。
*
「ん…っ、痛、」
目が覚めると身体中が傷だらけで酷く痛み顔を歪めた。その痛みで先程の出来事を思い出し、自分を情けなく思った。複数とはいえあんな雑魚も倒せないなんて…。
周囲を瞳だけで見回すと、すぐ隣にいたのはサソリだった。しかも本体。驚きの余り硬直してしまう。
「目覚めたか。調子はどうだ」
さ、サソリが優しい…。此方の体調を気遣ってくれるなんて滅多にないのに。その事に感激しているとサソリは話を続けた。
「お前、敵の毒を食らって結構危なかったんだぜ?俺がすぐに毒抜きと解毒薬を調合したからもう何ともないがな」
「あ…」
だからアジトに着いてからも向かっている途中も視界が歪んでいたのか。確かに身体が痺れている感覚もあった。そんなことにも気づかない程、メンタルも弱っていたのかな。
未だ少し痺れの残っている身体をゆっくりと起こした。
「おい、無理をするな。まだ身体も完全に戻ってないだろ」
「大丈夫。…それより私、サソリに聞きたいことがあったの」
未だ身体は痛むがそんなことは気にしていられない。サソリにきちんと聞かないと、いつまで経っても前に進めないままだから。
サソリだってついさっき振った女のことをよく治療してくれたもんだ。やっぱり優しいんだよね、サソリって。
また少しだけ緊張するけど、ゆっくりとサソリの目を見て問いかけた。
「サソリは…どうして誰ともつきあえないの?」
「……」
「もちろん、私に可能性があると思って告白したわけじゃないよ。…いや、心の中でほんの少しは期待していたのかもしれないけど。でも誰ともってことは私に限った話じゃないんでしょ?」
「…そうだな、さっき話そうと思ったが椿は行っちまったからな」
「う…ごめんなさい」
ふっと口角を上げたサソリに思わず見惚れていると、サソリはゆっくりと話し出した。
「わかっているだろうが、俺は傀儡だ」
「……」
「身体も、心も。お前のことは大切な仲間だと思っている。だが傀儡の俺には恋愛なんざする資格はねえ。だから恋愛は一生することはねえと、自分を傀儡にした時から決めていた」
「サソリ…確かにサソリの身体は傀儡だよ?でも心も?そんな優しい気持ちを持った心のどこが傀儡なの?」
サソリは少しばかり驚いたように目を見開いた。その優しさが自身では無自覚だったらしい。
「心だけは傀儡に…人形になりきれてないよ。そう簡単に出来るもんじゃない。サソリが私のことを大切に想ってくれているなら、傍にいてくれるだけでいいの。それさえもダメなの?」
「俺が傍にいることで、椿が危険な目に遭うことも多くなるかもしれねえぞ」
「何言ってるの?私だってこれでもS級犯罪者だよ?」
言った後で二人して微笑んだ。やっぱり私は、サソリが大好きだ。サソリにずっと傍にいてほしい。
「ああ、そうだったな。…仕方ねえ、これからは今まで以上に近くにいてやるよ」
頭をくしゃりと撫でられ、幸せを噛みしめた。その手は冷たいかもしれないけど優しさで溢れていた。
ああ、明日小南にちゃんと報告しないと。そう思ってサソリに抱きついた。
fin