▼ 青い月-後編-2
「やっと1つになれたね…」
うっとりと頬を赤らめて幸福感に満ちた溜息をこぼす。大きく存在感のあるそれが内側から私を圧迫していく。
「君も僕を歓迎してくれているみたいで嬉しいよ」
私の中の感触を確かめる様にゆっくりと腰を動かす理人君。
その厚い胸板が私を優しく包む。
ただ1つ、肩胛骨が壁に食い込みそうなくらいに押し付けられて痛みを与えられている事実以外は、まるで恋人との情事の様に優しい。
「今回の異動は本当にショックだったけど、よかったな。こうして君とこんなに近づけたんだから」
「っ…くっ…」
唯一の抵抗として、声を押し殺して必死に耐える。
身体を押し付けられて無理矢理繋がらされながら、その現実から目を逸らすために自分が何を間違えたのか、何か思わせぶりな態度を取っていたのか、今一度振り返る。
仕事以外で連絡なんて飲み会の連絡くらいだったし、別にプライベートで二人きりで会ったことも勿論ない。
仕事帰りに流れで一緒に飲みに行く事ぐらい。
彼を誘う他の女性達みたいに、積極的に何か行動を起こすことなんてなかった。
押し付けられる快感に思考力が奪われて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「晴陽ちゃん、声聞かせて?」
「っ…ふぅ…」
顔をそらして唇を噛み締めて声を堪えるけれど、吐息だけは漏れてしまう。嫌なはずなのに、甘い痺れを誤魔化す事は出来なくて。粘膜が擦れる度に腰が反応してしまう。
「仕方ないなぁ」
彼は私の顎に手をかけて無理やりこちらに向かせる。息をつく間もないまま唇を塞がれて、貪るようにキスをされた。
「やぁっ…!?」
唇を離され、酸素を口にして安堵した瞬間に同時に奥まで入り込まれてしまう。
不意に内側を深く突き上げられる衝撃で、思わず声をを上げてしまった。
「ほら、いいでしょ?」
体重をかけて秘密の入口をこねくり回されてしまえば、快感に粘膜は潤み、身体の力が抜けてしまう。
「あ…はぁ…あん…」
一度、タカが外れてしまうと止められるはずもなく、勝手に声が出てしまう。
そして、熱い肌に浮かされ、奥から揺さぶられて芯からも溶かされていく。
「僕と普通に話してくれる女の子は君が初めてだったんだ」
涙で滲んだ視界に端正な彫の深い顔が近づいてくる。
間近に迫る色素の薄い瞳は蜂蜜色のキャンディのようで。
甘いそれに私を嬉しそうに映しながら、うっとりと思い出話を始めた理人君。
「いつも僕の周りには男も女も関係なく特別扱いする人しか集まって来なくてね。晴陽ちゃんみたいに普通に扱ってくれる人間なんていなかった」
こつんと額を私の額に当てて、睦言を続ける。
「僕はね、本当に嬉しかったよ。仕事で信頼出来て、メリットなしで話をしてくれて、飲みに行くのも友達として気軽に誘ってくれて…」
それが普通だと思っていた。
私にとってはあまりに些細な事で。
確かに理人君は驚くくらいに優秀だけど、同期の馴染みで気軽に話かけてくれたからそれにこたえていただけ。
こんな風に思われているなんて微塵も考えたことがなかった。
「一緒にいるのが本当に心地よかったんだ。君を離したくないんだ」
切なく振り絞る様に呟く彼の言葉に心が締め付けられる。
「やだぁ…」
けれども、許せるはずもなくて。
「こんなことする人となんか一緒にいたくない…!」
涙を滲ませながらも睨み付け、言葉をぶつける。
すると、理人君が動きを止めた。
同時に、凍りついたかのように静まり返った室内。
彼の瞳が濁っていく。
とうとう完全に表情はなくなり、視線は私を捉えている様で、ずっと遠くを見ていた。
「…僕なんかと一緒にいたくない?」
うつろに独り言を呟く理人君。
瞬間、視界が反転し、真っ白な壁一杯になった。凄い力で、壁に今度は身体の前面を押し付けられたのだ。
「どうしてそんなに酷いことを言うかなぁ?僕の気持ちを知ってるはずなのに」
「痛い!理人くん…!」
私の叫びなんて届くはずもなく、自分の痛みを思い知れと言わんばかりに力を強めてくる。
「そんな意地悪ばかり言うならお仕置きしなくちゃ」
そのまま腰を抱えられてお尻を突き出す格好にさせられると、再び侵入されてしまった。
「やあっ…!」
後ろから深く突き込まれる。
仄暗い蛍光灯は寿命が近いのか時折消えそうにちかちかと瞬くその下で、彼の真っ黒な影に飲み込まれてしまった。
カッターシャツや下着が無造作に床に脱ぎ捨てられている。
「あぁ、こっちもいいなぁ。君の可愛らしい表情は見えないけど、もっと深く繋がれるから」
先程までの怒りが嘘のように声を弾ませて、腰を打ち付ける理人君。
ぱちゅぱちゅと肌のぶつかる軽い音がしている。
すると、背筋をぬるりとしたものが伝い上がってくる。彼が背骨に沿って舌を這わせていた。そうしてうなじを舐め上げて、耳許まで達する。
「…君の全てが知りたかった」
吐息混じりに呟いた言葉は、あまりに暗くて重い。動きを止め、彼自身はじっとりと粘膜の中で息を潜めていた。
「そうして、僕が君の一番の理解者になって、誰よりも近くにいたいと思ったんだ」
なんて哀れな人だろう。
私の好意を欲したために、あんなおぞましい所業を重ねて。
真実が明るみになれば、築いてきた関係が全て崩れ去るというのに。
彼ほどの有能な人間であればそんな事は容易に想像できただろうに。
それとも、ばれないという絶対的な自信があったとでも言うのだろうか。
いずれにしろ、あの満月の夜、月の光に全てが晒されたのだ。
彼の正体を知り、私たちの間には溝が出来た。
夜の闇より深く暗い、決して埋まる事のない溝が。
「ねぇ、だからお願い。余計な事考えないで?晴陽ちゃんも僕の事だけ見てよ」
私の考え事を見透かした様に語りかける理人君。
背中に肌の熱さを感じる。身体を密着させ、私の下腹部を男の人らしい、大きく筋張った手で緩やかに円を描く様に撫でた。
「はぁっ…!?あっ…!あぁ…!」
すると、火蓋が切られたが如く、いきなり激しく突き上げられ、鷲掴みにされた両胸は加えられた力に形を変える。おまけに先端を強く摘まれてしまえば、悲鳴に近い嬌声が上がってしまう。耳には吐息がかかるだけで表情は見えないはずなのに、どうしてか彼が笑みを浮かべているのが分かった。擦られる度に襞が絡みつき、奥へと誘う様に蜜は滴り潤滑油の役割を果たしている。
「晴陽ちゃん、そろそろだよね?」
前兆を察知した彼の囁き。
完璧に懐柔されてしまった肉体はもはや彼の思うままに操られてしまう。
弱い場所を執拗に責め立てられれば、腰の中が震え始める。
「あぁっ!!」
絶頂を迎え、大きく身体は跳ね上がり、脱力感に支配される。
きゅうきゅうと収まっている彼に絡みつく感覚だけが霞んだ意識に滲み出てきた。
「締め付け気持ちいい…」
達した余韻で虚ろな私の頬にキスを落とす彼は恍惚に満ちている。自身の頬も蒸気させ、汗を浮かべ微笑みかけるその表情は妖艶で雄そのものであった。
満足そうに私の髪を撫で、何度も優しくキスをする。
「名残惜しいけど、そろそろ終わりにしよっか」
呆然としている私は耳に入ってきた言葉の意味が分からない。
そんな私を他所に、硬さを失っていない彼は再び動き始めた。
強く私を抱きしめて、肩に顔を埋めて、杭を打ち付ける様に激しい律動を繰り返していた。先程までの様子を伺いながらの行為とは全く違って自身の本能のままとしか思えないその動きに、彼が行おうとしている恐ろしい行動に気がついた。
「ダメ…!それだけは!」
血の気が引き正気を取り戻した私は拒み、逃れようともがくけれど、ますます捕らえる両腕の力は強くなり、突き上げる速度も上がっていく。
「晴陽ちゃん、怖がる事なんてないよ」
「理人君、お願い…それだけは許して…」
呼吸が荒くなり、胎内でどんどん質量が増していく。
打ち付ける速度の上昇に比例し、彼の口許からは喘ぎ声が漏れてくる。
「…僕でいっぱいにしてあげるから」
その直後、低い呻き声と共に中で雄がピクピクと跳ねた。
最も奥の入口がこじ開けられて、入れ込まれた先端が震えて熱が注がれて、溜まっていく。
「やだぁ…」
止まらない涙。
力の抜けきってしまった身体は彼に自由を奪われたまま。その中で、胎内に熱が溜まっていく感覚だけが妙に浮き彫りになっていた。
「やっと捕まえた…」
そう囁いた理人君の大きな手が私の手を優しく包んだ。
2017.12.31
天野屋 遥か
天野屋 遥か
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