日傘1



「みょうじ、落ち着いたか…?」

「さっきはありがとうございました」

オフィスの喫煙所になっているビルの非常階段の踊り場で一服していれば、おあいて先輩が現れる。
今日は先程、今度の取引先でのプレゼンへ向けての打合せの中で同僚とちょっとした口論をしてしまった。先輩が仲裁に入ってくれてその場は収まり、気持ちを切り替えるために、ひとまず頭を冷やしに来ていた。

「そうか」

整った口許から、紫煙がふぅっと零れる。
儚く揺れて曲線を描いては空へと溶けて行く。
背が180センチと高くて引き締まったしっかりとした体躯でスーツを着こなしているおあいて先輩。階段の踊り場のフェンスにもたれかかって煙草を吸う姿はまるで写真の様だった。

「あんまり落ち込むなよ。大丈夫だからな」

その一言だけで、灰皿に煙草を押し付けて喫煙所を後にする。


「みょうじさん、さっきはごめん。言い過ぎた」

「私こそ、意固地になってた部分もあるし、ごめんなさい。意見、もっともだと思うから、また色々検討しようよ」

こうして、オフィスへ戻れば、先程口論になった同僚から声をかけてくれて無事に仲直りをすることが出来た。
自分からから声をかけようとしていたけれど、向こうから来てくれた。
先輩の方を見れば、目が合い、口許に少しだけ笑みを浮かべてて、”よかったな”と言われている様だった。
きっと、彼に話をしてフォローしてくれてたんだろう。

本当にこの人には敵わないと思う。

私はこのおあいて先輩のグループに半年前位に他の部署から異動してきた。
今までの担当と全く違う初めてばかりの仕事で馴染めずに苦労しているとリーダーである彼が助けてくれた。
そして、あの非常階段で、よく落ち込んでいた時に話聞いてくれていたのだ。


「ちょっと煮詰まってきたから、頭休めないか?」

残業中、先輩がチームの皆にコーヒーやお菓子を差し入れして、そこで一旦休憩になった。

「リーダーご馳走様です!」

「ありがとうございます!」

「ちょうど休憩したいって思ってたんです!先輩ほんとすごいですよね!」

コーヒーを飲みながら他のメンバー達と雑談している先輩を何となく眺める。

「おあいて先輩、最近、秘書課のあの美人と付き合ってるって噂ありますけど、ほんとのとこどうなんですか?」

「ただの噂だよ」

「え?でも、二人で歩いてるとこを見たって人何人かいますよ」

「何言ってんだ。考えてみろ。彼女いたらあんなに飲み会やらないだろ」

「あ、確かに!そうっすよね!」

なんて、皆で笑っている。

あぁ、やっぱり今日もそうだ。

先輩はあまりプライベートな事は話さない。
同僚達と楽しく話をしている様で、何処か一線を引いている。
壁とまではいかないけれど、自分の周りに透明な膜を張って、直接触れさせない様。

先輩に心惹かれて観察するうちに、皆と一線をおいているところやふと見せる寂しげな表情が気になって仕方なくなっていた。

いつからか、まるで日傘を差しているみたいに、自分自身で陽の光を遮っているようなそんな寂しさを覚える様になった。

そして、その原因を知りたいとずっと考えていた。


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