だけど僕は(前編)1



「悪いけど、明日、僕の代わりになまえに会いに行ってくれない?」
 
夜更けにかかってきたおあいて2からの電話を取れば、いきなりそんな事を言われる。
 
「…は?何言ってんだ?お前」

「だから、明日、なまえとデートだったんだけど、ちょっと都合つかなくなったから、頼むよ。お前、今彼女居ないなら問題ないだろ?どうせ、暇なんだし…」

その言葉に耳を疑う。
眠気が一気に吹き飛んだ。

「…お前、俺とアイツの間にあった事覚えてないのか?」

「覚えてるよ。もちろん。
    でも、もう20年も前の話なら時効だろ?」

”とにかく頼んだからな”

そのまま、電話は切れてしまった。
待受画面を見つめながら、ちっと舌打ちをする。

双子の兄は女癖が悪い。
元々の見た目もさる事ながら、小綺麗にして、いかにも女受けがいい様にしてるから、常に複数の女と付き合っている。
それで、都合が悪いと俺を代打で向かわせる事が今までも何度かあった。

けれど、今回ばかりは相手が悪い。

アイツの彼女のなまえは小学校の同級生だった。

同じクラスで可愛らしくて大人しいアイツが一目で気に入った。
けれども、素直じゃなかった俺はうまくアイツと関わる事が出来なくて、いつもからかってばかりだった。

「かえして!おあいてくん!」

「やだよ!ほら、ぱーすっ!」

当時、ガキ大将だった俺は仲間を連れてアイツの荷物を取り上げて困らせたり、モノマネをしたりしてからかっていた。

そして、事件は起こる。

あれは小学2年の時ーーーーーー

学校の帰り道、一人で歩いているなまえを見つけて、駆け寄る俺達。

「よこせよ!」
 
「おあいてくん!やめてよ!」
 
普段、声が小さいくせに俺がちょっかいかけると怒る時だけ声がでかくなる。

「うるせー!おまえのへたなえみんなにみせてやるよ!」

アイツが持っていた図工で描いた絵を奪って広げた。

かえしてと詰め寄るなまえをかわそうとすると、ちょうど強い風が吹いて、画用紙がおれの手からすり抜けてしまった。

小学校があったのは丘の上で、通学路にはいつも先生から注意を受ける急な石段があった。
ひらひらとそんな石段の方へと舞っていくあいつの作品。

そして、追いかけていたなまえは、運悪く足を踏み外して落ちてしまった。

慌てて様子を見に行けば、石段の下の方で頭から血を流して倒れているなまえの姿。
アイツの周りに紅く広がる生々しい出血の光景は未だに夢に見る事があった。
 
幸い、大事には至らなかったが、アイツがその後しばらく包帯を頭に巻いているのを見る度に苦い気持ちになった。

しかも、額には傷跡が残ってしまい、そのせいでなまえは絶対に前髪を上げなくなってしまった。
 
                   
ちゃんとした謝罪も出来ず、遠くから見つめる事しか出来なかった俺。

それから数年もしないうちになまえは転校してしまい、それっきりだった。

自分の行いをとても悔やんだのは言うまでもない。

それからずっと心の何処かにいた。
忘れられない存在だった。


だから、この間会社の帰りに偶然会って、おあいて2から紹介された時に本当に驚いたんだ。

「おあいて、僕の彼女のなまえだ」

奴が紹介した女を見た時に衝撃が走った。

「おあいて君、久しぶり…」

大人になったアイツは、美しく成長していた。
少し困った様に微笑む癖は変わってなくて、当時の面影を感じる。

「なまえは今、何してんだ?」

そのまま3人で居酒屋に入り、俺からなまえに問いかける。

「私は…OLだよ」

「ふーん…そっか、OLか…」

相変わらず俺と話をする時は恐る恐るだった。

「で、どーゆーきっかけで再会したんだ?お前らは」

「取引先との会議の顔合わせだよ。その先方のメンバーになまえがいて本当に驚いたよ」

兄に問いかければ、嬉しそうに答える。

「私も本当にびっくりした。まさか、同級生がいるなんて思わなくて」

お互いに顔を見合わせて、楽しそうに話をするおあいて2となまえ。俺は煙草を吹かしながら、そんなアイツらをぼんやりと眺めていた。
 

…そんな事を思い出しながら、待ち合わせのために身支度をする。

ただの彼氏の弟ってだけだし、本来なら関わるべきじゃない事もわかっている。

だけど俺は、あの頃の事をきちんと謝りたいと思ったんだ。


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