▼ all things go後編2
「んだよ…これ…」
目を疑った。
冴子の薄い氷の様な肌には、沢山のキスマークが散りばめられていた。
呆然とする俺と、羞恥からか顔を背ける冴子。
あの1回だけだった筈だ。
あの人がコイツを抱いたのは。
そして、もう2週間近く経過しているはずなのに、こんなに鮮明に残るものなのか?
確かにキスマークは消えるのには個人差があるし、吸い付いた力の強さにもよると聞いた事がある。
そう考えると、その執着心の強さを嫌でも思い知らされる。
人の不意をつく事は好きだが、驚かされるのは嫌悪を感じる。
要は、他人を出し抜く事は好きだけど、出し抜かれるのは嫌って事だ。
つくづく、我儘だと自分でも呆れてしまう。
「…見ないで」
震える声で縋るその言葉に、自分の中で何かがぷつりと切れた。
知っている男の臭いが残る身体。
掻き消して、自分に書き換える為に舌を這わせる。
首筋をなぞり、鎖骨に口づけをして、胸元に俺が一層紅い花弁を散らせる。
「やっ…!!」
「嫌じゃないだろ?悪い冗談は止めてくれよ。こんなに締め付けてる癖に」
お互い一糸纏わぬ状態になり、 早急に体を繋げた。
いきなり最奥まで貫くと、冴子は苦痛からか拒絶の言葉を漏らす。
浅い愛撫だけではまだ蜜も足りなくて、滑りも悪い。
負担を強いる事は分かり切っていたけど、最早、後戻りも出来ない事も明白だった。
愛する女を先に抱いたみたこともない昔の男に嫉妬するなんて話はよくあるけれど、それは霞の様な実体の無いもので。
そんなものに対する妬みなんて砂を掴むみたいに現実味もある訳がない。
けれども、身近にいる知ってる男が先に抱いたという事実は既にそれを知っていても、どうしようも無い嫉妬に襲われる。
残された痕跡から息遣いまで読み取れてしまいそうなくらいに生々しくて。
頭に血がのぼってしまって、愛しい君すら壊したい衝動に駆られる。
「深っ…そんなの無理…」
愛液が滴り、互いの肉が馴染んできた所で、今度は腰を抱いて身体を起こさせる。
向かい合って、繋がったままで額を合わせた俺達。
嘘でもいいから、恋人の様な錯覚に浸りたかった。
「なぁ、俺の名前呼んでくれよ…」
動きを止めてまっすぐに見つめる。
その言葉に、彼女は眉を顰めた。
「あんたもあの人と同じなのね」
そりゃそうだろう。
惚れた女には自分の名前を呼ばせたいに決まってる。
先輩も同じ様にしたのは容易に想像がついた。
あの人も同類だから。
身体を繋げている最中に名を呼ばれるという事は、俺を認めるって事だろ?
けれども、君はその俺の細やかな望みにすら応えてくれる気配がない。
目を逸らし、じっと何かを考えている様だった。
「…冴子、お前、自分の立場わかってる?」
冷たく、保持する権力を仄めかす。
「邦光…」
すると、観念した様に呟く冴子。
甘美な響きの自分の名前に、渇き荒んでいた心が潤いを取り戻す。
「やっとお前の傍に近づけた…」
溢れる嬉しさに笑顔を見せるけれど、君は唇を噛み締めているだけ。
返事もなく、ただ、律動に合わせて揺れる髪の毛が余りにも寂し気で、悦びは掻き消されて再び心に影を落とした。
そのまま、互いに口を噤み、肌を貪るだけ。
狭い部屋には、吐息と肌のぶつかる音、不規則なベッドの軋む音が響く。
「ねぇ…どうして?」
不意に沈黙を破って、君が俺に問いかけた。
「邦光はこんな事しなくても、何時も傍にいてくれたじゃない…」
下からの突き上げに耐えながら反論をする冴子は、その瞳に涙を浮かべながら、悲痛な面持ちで訴える。
「違う。お前は何も分かってない。…こうして肌を重ねて、誰も入りこむ隙のない位に近くにいたかったんだよ。俺は」
そのまま、彼女の頬に手を伸ばして顔を引き寄せる。互いの距離を確認する様にキスをする。
啄む様に繰り返し、そして深く舌をねじ込む。
「先輩には最後まで許したんだろ?なら、俺だっていいよな?」
有無を言わせない強い眼差しで、乞い願う様に見上げても、ただ嫌々と首を振るだけの冴子。
「何でなんだよ…」
我慢出来ずに舌打ちをしてしまう。
途中から現れただけのあんな男よりもずっと前から知っていた。
「俺が最初なんだ…」
先に見つけた。
俺のものだった筈なんだ。
「俺が初めに見つけたんだ。後から来た先輩だけにいい思いさせてたまるか…!」
分かって欲しいもどかしさを上手く伝えられなくて、それをぶつける様に更に深くを貫く。
絡まってしまった糸を解きたいのに解けない、そんな苛々が募る。
「だめ…それは…あぁっ…!」
それでも拒もうとする君の言葉を遮る様に、腰を持ち激しく身体を揺さぶる。
俺から与えられる快感の波に押し寄せ飲み込まれて、彼女はとうとう絶頂に達してしまった。
一瞬、大きく跳ねた身体は力が抜けて、胸へと倒れ込んでくる。
絡み付く一層熱を増した粘膜に快感を与えられ、中心へと血液が集まり頭が快感で朦朧とする。
「冴子…頼むから…俺のものになってくれよ…」
雄を締めつけられた俺は譫言を呟きながら、欲望の儘に胎内に己を放った。
後処理を済ませて、 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのボトルを一気に煽る。
流し込んだ冷水は、身体に染みわたると同時に冷静さを取り戻させた。
こんな形で身体を繋げてしまった俺達の今後は、一縷の望みのないものになってしまうだろう。
無機質な時計の針の音だけが聞こえる中、哀しい予感を胸にベッドで眠る彼女を見つめた。
2016.10.31
天野屋 遥か
天野屋 遥か
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