▼ prologue
「ちょっと、鶴木!真剣に考えてよ!」
「ちゃんと考えてんだろ!」
「どこがちゃんと考えてんのよ!今、私もに隠れてスマホでゲームしてたの見えたんだから!」
「仕方ないだろ!どれだけ考えてもアイデア出ないんだから、ちょっと気分転換しようと思ったんだよ」
残業中、話し合いのためにミーティングスペースでテーブルの上に資料を広げていたのに、同期のコイツときたら、私しかいないのをいい事にテーブルの下に隠れて遊んでいた。
「じゃあさ、俺と違って真面目に考えてた庭田さんは何かいいアイデアでたのかよ?」
「…出ない」
「ほら!そうだろ!?」
そのまま無言になる私達。
鶴木は両手を頭の後ろにやり、窓の外を眺めている。白いカッターシャツの袖をまくっており、現れている肌も同じ位に白かった。
今日は取引先で企画のプレゼンをしたところ、先方からもう少し費用の削減などについての要望が出てきた。
そのため、帰社してから、同じプロジェクトメンバーであり、同期の鶴木と色々アイデアを出していたが煮詰まっていたところだった。
「お前らどうだ?進んでるか?」
そんな時現れたのは、このプロジェクトのリーダーの宗方先輩。ネイビーのスーツにグレーのネクタイをきちんと締めている。背が高くて細くバランスがよいスタイルをしている先輩はまるでモデルの様だといつも思う。取引先の女性社員まで先輩が現れると色めき立つのを何度も目の当たりにしている。
そんな先輩は帰社後は別件の打ち合わせでいなかったけれど、戻ってくるとその外見に不釣り合いな大きな買い物袋をもっていた。
「宗方先輩!鶴木が仕事サボってゲームしようとしてたんです!」
「ふーん。鶴木は先に勝手に休憩しようとしてたのか。お前らが頑張ってるからせっかく差し入れ買ってきたのにいらないって事だな」
「わ!違いますよ!先輩!」
慌てる奴の反応に喉の奥で笑いながら、荷物を置いてイスに腰を掛ける。
ネクタイを外してカッターのボタンを2つほど外して少しスーツを着崩した先輩は普段の清廉されたイメージと少し変わり、それもまた格好よい。
「じゃあ、一旦休憩しようか?」
「「はい」」
資料を片付けて、お弁当を用意して、3人で少し遅めの夕食をとる。
「あっ!!私のエビフライ!」
ぼんやりとお弁当を食べていたら、いきなり横から箸がのびてきて、あっと言う間に好物が鶴木
の口へとさらわれてしまう。
「残してるからいらないんじゃねぇの?」
「バカ!!好きだから最後にとっておいたの!」
「残念だったな!これうまいぞ!」
「最低!何なのよ!」
「…お前らほんと面白いなぁ」
私が鶴木のイタズラに驚いて怒ってるのを見て、先輩も笑っていた。
あぁ最悪!
またしても、コイツのイタズラの餌食になってしまうなんて。
この間なんか、仕事中に自分のデスクのイスに座ろうとしたら、イスがなくて大きく尻もちをついてしまった。
なんと鶴木がイスを引いていたのだ。
そして見事に引っかかった私の無様な姿を見て大笑いしていた。
コイツの見た目は顔立ちは甘く、色も白くて線も細いから、他部署の女性社員は王子だと騒いでいるらしい。
しかし、その実態は人を驚かせるのが大好きなただのイタズラ好きのバカだ。
「で、今日の会議で問題となってた部分なんだが…」
夕食を終えて、ミーティングを再開する。
「私が考えていたのは…」
「庭田の意見だと、この部分が弱くなってしまう。そこは先方が一番優先していた所だ。お前、会議の時にきちんと話聞いてたか?」
「…すいません」
切れ長の黒い瞳でじっと見つめられれば、畏縮してしまう。
先程までの柔らかい雰囲気とは打って変わり、仕事モードの宗方先輩は本当に厳しくなる。
顔立ちが整ってるから余計に冷たく、まるで冴え冴えと光る刃の様な鋭さを持っているけれど、私はそんな先輩を尊敬していた。
「先輩、俺の意見聞いてもらってもいいですか?」
述べられた鶴木の意見は驚かされるものだった。
問題になっていた部分と一見全く関係ないところから話が始まったけれど、最終的には問題になっていた部分を解決する流れになっていたのだ。
ちらりと正面を盗み見すれば、先輩も目を丸くしている。
「なるほど…それは思ってもみなかったがいいかもしれない…鶴木お前やるな」
「そうですか?庭田さんと先輩の話聞いてて思い付いた事を言っただけなんですけどね」
こんな風にさらりと優れたアイデアを出す彼はただの同期じゃなく、よきライバルでもある。
こういう事がある度に負けたくないと、自分自身のモチベーションが高まっていくのを感じていた。
「今の話は大筋よかったが、気になったのは…」
少し考え込んだ後に先輩が問題点を幾つか上げた。
「その部分だったら、この資料に載ってるここの数値を挙げれば問題ないのではないでしょうか?」
「そうだな。じゃあそれでOKだな」
話を聞きながら、目を通していた資料を元に意見を述べれば、先輩も確認して了承する。
大筋の方向が決まり、先方への新しい資料のための確認項目などの話をして残業は終わった。
こんな風に毎日、素晴らしい人達に囲まれて仕事をしている私は会社が楽しくて仕方なかった。
「よかった。何とか案まとまりそうだね」
「まぁな」
鶴木と二人で駅から自宅への道を歩いて行く。
終電で帰ってきたので、辺りは街灯もまばらで静かに寝静まっていた。
住んでいるのは会社が借り上げているマンションで、彼も階が違うだけなので時間が合えばこうして一緒に帰っていた。
「明日は早く帰りてーなぁ」
「ダメだよ!きちんと内容詰めて、プレゼンのリハーサルとかもあるんだから」
そう嗜めれば、溜息を吐いて明らかにがっくりと肩を落とす同期。
「お前、そんな仕事ばっかだと彼氏出来ねーぞ」
「うるさい!余計なお世話でーす」
このやり取りもいつもの事、軽口を叩きながらも充実感を持って帰路を急いだ。
2015.10.6
天野屋 遥か
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