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▼ come home1

ピンポーン―――――

食事の準備をしていると、インターホンが鳴る。
確認すれば、環と徹だった。
時計を見れば、まだ夜の7時。
片桐さんの話だと早く帰ってくると言っても夜10時過ぎ、普段は日付を超えるのが当たり前だと聞いていたから驚いた。

「ただいま!」

鍵を開ければ笑顔の環。
今日はジャケットの中はVネックのトップスにチノパンという、カジュアルな出で立ちだった。

「おかえりなさい。早かったんだね」

「君が家にいると思うといてもたってもいられなくてさ。鬼の様に仕事片づけてきたんだ」

仕事の疲れなど微塵も感じさせないどころか、むしろこれから何処か楽しい場所に出かける様なわくわく感さえ感じさせる笑顔。

「徹もおかえりなさい」

「…あぁ」

対照的に私から声をかけても、そっけなく短く返事をするだけの徹。
その美しい顔は眉間に大きく皺が寄っており、近づくなと言わんばかりのオーラを放っている。
昔から愛想はいい方ではなかったけれど、学生時代はこんな事はなかった。
彼はまだあの時の事を引きずっているのだろうか…

手元に置きたいといいながらも、受け入れようとしない彼に困惑する。

そんな私の戸惑いを他所に彼はそのまま通り過ぎて行ってしまった。

「アイツは今日仕事でちょっとトラブルがあったせいで機嫌が悪いだけだから気にしないで」

私の心の中を察した様に環がフォローをしてくれる。
昔から、こんな風に誰よりも周囲に気を配っている彼はきっと仕事でもそんな風なんだろうとなんとなく想像がついた。

「荷物、持つよ」

「ん…大丈夫」

気を取り直して環の仕事鞄にそっと手を伸ばせば、やんわりと断られる。

「それよりもこれ!帰りにケーキ買って来たんだ。しのぶが来てくれたお祝いにさ」

「ケーキ!?」

甘いものが好きな私は喜んで環が差し出した、美味しいと評判なお店のロゴが入った箱を受け取る。
その私の反応を見つめながら彼は一層笑窪を深めていた。

そして、2人が自室に戻るのを見送って、急いでキッチンへと戻った。


「ごめんね。すぐにパスタ茹でて準備するから」

部屋着に着替えてキッチンにやってきた彼等に謝りながら、残りの作業を進める。

「しのぶが家事を全部してくれるなんて、本当にお嫁さんみたいだね」

「ちゃんと食えるもん出すんだろうな?不味いもん食わせんなよ」

背後から部屋着に着替えた環と機嫌の治ったらしい徹が興味津々に私の様子を覗きこんでくる。
ジーパンにパーカーといったラフな格好の2人はそのまま私が料理をしている周りをうろうろしていた。

それから、10分ほどしてようやくテーブルに完成した料理を並べる事が出来た。
今日はパスタとサラダにスープ、皆でつまめる様に大皿にチキンも用意した。
料理で埋め尽くされている立派な木製のアンティーク調のテーブルを三人で囲んで食事が始まった。

「おいしいよ!」

「…まぁまぁだな」

環は賞賛してくれるし、徹の感想は一見イマイチっぽいけど、次々と料理を口に運んでいるからきっと気に入ったのだろう。

よかった。
喜んでくれて。

ほっとして私も自分の分に手をつける。
新しい生活の一日目の大きな仕事が終わったという達成感に満たされていた。
何事も初めが肝心だから、本当に緊張した。

実際のところ、あの二人は今回の話を持ってきた当初、元々頼んでいたハウスキーパーを雇い続けるつもりだったのだ。
私に贅沢な暮らしをさせて、愛玩動物の様に可愛がりたいという環の願望を聞かされて戸惑った。

そこまで身を委ねてしまったら、自分自身が駄目になってしまうとさえ感じた。
だから、本当に家政婦として家事をすると二人に納得させたのだった。

仕事も辞める事になるし、あんな金額の融資をしてもらった以上、何か彼等のために自分自身も出来る事をしなければならないと思ったから。


「じゃあ、2人が買ってきてくれたケーキ、デザートに用意するね」

全ての皿が空になり、一段落ついた所でそう申し出た。

「それなら俺達がするから、しのぶはあっちでソファに座ってて?」

ところが、環が私を制止して冷蔵庫へと向かおうとする。

「でも…」

「本当にいいから。今日は君の歓迎会なんだ。ささやかで申し訳ないけど」

「…いいの?」

「もちろん。ほら、徹も準備!」

「は?俺は手伝うなんて一言も言ってねぇよ。コイツと待ってるからな」

「ちょっと!ずるい!」

「ほら、いくぞ。しのぶ」

環が文句を言っている中、徹に腰を抱かれてそのままリビングへと連れられて行った。



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