魔法使いにはなれない

これの続き。読んでなくても大丈夫だと思います。






「あれ…君、この前の教科書の子だ」
「え?あ、一十木音也くん!」
「あはは、フルネームだ」

ようやく早乙女学園での生活に慣れてきた頃、まるでドラマに出てきそうな豪華な食堂でお昼ご飯を食べていたら後ろから明るい声をかけられた。

「また会いたいなーって思ってたんだ!やっと会えた!」

手にカレーのお皿が乗ったトレーを持っていることを忘れているのではないかと思うくらい、一十木くんが今にも飛び跳ねそうに笑う。
わたしに会えたことをそんなに喜んでくれるなんて嬉しいけれど食堂には人がたくさんいるし少し照れてしまう。

「…音也、うるさいですよ。少し落ち着きなさい」
「えっわぁトキヤだ。いつからいたの?気付かなかった」
「最初からいました。みょうじさん、この男と知り合いなんですか」

わたしの隣の席で食事をしていた一ノ瀬トキヤさんが、一十木くんをたしなめるように静かな、それでいて通る声で注意した。

「この前、教室移動のときに廊下で会ったんです」
「えってか二人こそ知り合いなの?トキヤが女の子と食事なんて」
「彼女は私のパートナーです」
「みょうじなまえです。よろしくね、一十木くん」
「こっちこそよろしく!みょうじ、Sクラスだったんだ」

しかもまさかトキヤとパートナーなんてビックリだなぁ、と一十木くんが言うから「二人はなんで知り合いなの?クラス違うのに」と素直に疑問を口にする。

「ルームメイトなんだ、俺たち」
「へぇー!すごい偶然だねぇ」
「本当だね!あ、ねぇみょうじの隣あいてる?」
「うん、どうぞどうぞ」



音也くんとの二回目のお話は確かこんな感じだった。
パートナーである一ノ瀬さんのルームメイト。
アイドル志望の彼は、いつだって明るい笑顔と歌で周りの空気を温かくしていて、クラスは違ったけれど学園内で顔を合わせることがあればいつも「みょうじ―!」って走ってきてくれたっけ。
その度に一ノ瀬さんが苦い顔をしていたこともセットで良い思い出。

それからの一年間は毎日刺激的な授業や課題をこなしていたらあっという間に過ぎてしまったけれど、「みょうじ」「一十木くん」と呼び合っていた相手が数年経った今では彼の誕生日に、わたしの隣にいるなんて思いもしなかった。





「じゃあ、今日はこれくらいで。出たアイディアをまとめて来週の打ち合わせまでにいくつか案を考えておきますね」
「そうですね、よろしくお願いします」

トントン、と資料をまとめながら言うとパートナーである一ノ瀬さんが「ところで、」と言葉を続ける。

「今日はもう帰るんですか?音也の誕生日ですし、私と一緒の仕事だったと聞いたらまたうるさそうですね」
「はい、夜ご飯の準備があるので…と言ってもカレーの仕込みはもう終わっているんですけど。音也くんが帰ってくる前にケーキも作らないといけないし、もう帰ります」
「誕生日までカレーですか」
「音也くんのリクエストなんです。あっよかったら一ノ瀬さんも一緒にいかがですか?」
「まさか。私がのこのこお邪魔したら音也に怒られてしまいますよ」
「え?喜ぶと思いますけど」

わたしが首を傾げれば一ノ瀬さんは柔らかく微笑みながら「あなたもまだまだ音也のことがわかっていないようですね」なんて。
お祝いは別の日程で事務所のメンバーと行うことになっているし、無理に誘うのも悪いか…と深掘りはせずにお別れをした。

今日の外仕事は一ノ瀬さんとの打ち合わせだけだったから、事務所を出て一目散に家に向かう。
音也くんが帰ってくるのは夜遅い時間のはずだけれどのんびりしている時間はない。
カレーはもうほぼ出来上がっているから、あとはケーキの準備。
なんてことない素朴なカレーに、素人の手作りケーキなんて、華がないかなぁと思うけれど、どちらも音也くんのリクエストだった。

(喜んでくれるといいな)

二人で住むマンションに向かう足取りはとても軽い。






「ただいまー!」
「音也くん、おかえりなさい」

時計の針が夜の八時を過ぎた頃、音也くんが帰ってきた。
玄関までお迎えに行くと「カレーのにおいがする」と顔をほころばせる。
音也くんのリクエストだからわかっていたはずなのにこんなに嬉しそうにされると作った甲斐があるな。

「手、洗ってきてね。もうできてるからすぐ食べられるよ」
「うん!あー腹へったー!」

音也くんの上着と荷物を受け取って、音也くんは洗面所に手を洗いに行って。
こういう日常が幸せだなぁ、なんて思うのは今日が特別な日だからかな。
大きなカレー用のお皿に、ご飯をまぁるくよそって、カレーをかける。
ひとつひとつの動作にも意味がある気がして大切にしたくて、おいしいって言ってくれるといいなぁと願いを込めた。

音也くんは「おいしい!」って嘘のない笑顔で何度も言ってくれて、それを見ながら「カレーのCMみたい」と笑ったら「CMソングはなまえが作ってね」なんて言う。
サラダもスープも綺麗に完食してくれて、お皿洗いまで手伝ってくれようとしたから「主役は座ってて」と言ったのに「じゃあコーヒー淹れるね」とお湯を沸かし出すから音也くんは誕生日でもジッとしてられない性分なんだなぁと改めて思ってまた笑ってしまった。



「なまえ、眠いの?」
「んーちょっと…。朝早かったから…」

広々としたソファにぴったり寄り添って座る。
さっき音也くんが淹れてくれたコーヒーは少し温くなっているけれど襲ってくる眠気に対抗するためにまた一口飲めば音也くんがわたしの頭を撫でた。
音也くん自身はコーヒーが苦手なのに、わたしのために淹れてくれて自分の分にはミルクをたっぷり混ぜているのだからかわいい。
デザートのケーキは、カレーで満腹になったお腹がもう少し落ち着いてから食べようという話になっていた。

「今日はトキヤと一緒だったんだっけ?」
「うん。新曲の打ち合わせで事務所の会議室にいたよ」
「そっかートキヤいいなぁ。俺もなまえと仕事したい」
「ST☆RISHのアルバムもそろそろ動き出すから、そうしたら一緒にできるね」

早乙女学園を卒業してから、わたしは相変わらず一ノ瀬さんのパートナーとして作曲の仕事をしている。
もちろん一ノ瀬さんの専属というわけではないから、ST☆RISHや他のシャイニング事務所所属のアイドルたちの曲を作ることもある。
ただ、音也くん個人の曲はまだ作ったことはないのだけれど。

「あー…俺もSクラスだったらよかったのに」
「何年前のこと後悔してるの?」
「だってなまえのパートナーになりたかった」

今まで何度もしてきた会話だけど、何度したって音也くんは拗ねたように唇をとがらせるからその姿がかわいくて笑ってしまう。

「笑うなよー」

わたしの肩口に音也くんが頭をすりすりとこすりつけてきて、柔らかい髪の毛がくすぐったい。

「学園時代はトキヤがなまえのこと独り占めしてたじゃん。めちゃくちゃ羨ましかった」
「そんなの初めて聞いた」
「言ってなかったもん。かっこ悪いでしょ」
「え、嬉しいけど?やきもちでしょ?」

音也くんのふわふわの頭を、さっき音也くんがわたしにしてくれたみたいに撫でたら「うー…」なんて唸り声。

「なまえはいつもそうやって俺を甘やかす…」

すり、ともう一度鼻が鎖骨を掠めたかと思ったら、今度は柔らかいものが首筋に押し当てられた。
ちゅ、ちゅ、と何度もキスをされて、「くすぐったい」と言ったら「なまえいいにおいがする」なんて会話になってない。

「多分さぁ…」
「うん?」
「一目惚れだったんだよね、なまえに。だからいっつもどこかで会えないかなってなまえのこと探してた」

音也くんは恥ずかしいのかさっきからずっと顔をあげない。
首筋に息がかかって、時折唇が肌を掠める。

「でもなまえだーって思って声かけると隣には大抵トキヤがいてさ。パートナーだから仕方ないんだけど。あとさ、翔とレンとも仲良かっただろ?レンはモテるから、なまえ好きになっちゃうんじゃないかーって勝手に焦ったり」
「全然気付かなかった…」
「うん。なまえわかってないんだろうなーって思ってた。トキヤってさ、気難しいし他人に厳しいのに最初からなまえのことは気に入ってるのがすぐわかったし…なんかもう、いろいろ、学園にいた一年間ずっと嫉妬してたかも」

音也くんがこんな、少しマイナスなことを言うのは珍しい。
今はわたしと二人だから…というのはあるだろうけれど、いつも自然に周りに気を遣う人だし、誰かに対して自分の抱いている後ろ向きな感情をストレートに伝えられるのは初めてで、なんて返事をしたらいいのか、ためらってしまう。
もちろんそれが嫌だなんて全く思わないのだけれど。

「あー…ごめん、俺本当かっこ悪いや」
「……かっこ悪くなんてないよ」
「今も、」
「え?」
「さっき学園にいた一年って言ったけど。今だってトキヤにも他のメンバーにも、なんだったら仕事現場にいる人たちみんなに妬いてるって言ったら引く?」

耳を澄ませないと聞こえないくらいの小さな声で話す音也くんの髪をもう一度撫でる。

「引きはしないけど…びっくりする、かな。嬉しいけど、音也くんが嫉妬するようなこと、なんにもないよ?」

それとも、わたし、音也くんのこと不安にさせてる?

そう問いかけたら、音也くんがバッと勢いよく顔をあげてくれてやっと目線が絡んだ。

「いや、そうじゃなくて。なまえはなんにも悪くなくて、俺が…なまえのこと好きすぎるから…って何言ってんだ俺」
「わたしも、音也くんのこと大好きだよ」

普段なかなかゆっくり話す時間はお互いに忙しくて取れないし、言葉を選びながら伝えたいことをゆっくり声にする。

「音也くんは、もっと素直に自分の気持ち話していいと思うし、嫌なこととか不安なことがあるなら全部言ってほしいよ。音也くんが自分ではかっこ悪いって思ってる部分見たって、そんなことで嫌いになったりしない。無理されるほうが嫌だよ」
「なまえ…」
「どんな音也くんだって大好きだって思う気持ちはこの先もずっと変わらないもん」
「……俺、トキヤみたいに歌うまくないし、レンみたいに女の子の気持ちなんてわかんないし、翔みたいに面倒見よくないし、自分でも駄目だなって思うところいっぱいあって、」

そんなことない、と言おうとした言葉は音也くんの人差し指で唇を塞がれて音にならない。

「だけどなまえはそんな俺の隣にいてくれるんだって、それだけは俺の特別なんだって思ってる」

音也くんの腕が背中に回されて、わたしの服をぎゅっと掴むのが気配でわかった。
小さな子供が母親に縋りついているみたいだな、なんて自分よりも大きな音也くんに対して思う。

「多分誰だってそうだと思うけど。働いてればいろんなことあるだろ?良いこともたくさんあるけど、上手くいかなかったりツイてなかったなってことだったり。だけどそういうの全部、家に帰ってきてなまえに会えば魔法みたいに消えてなくなる」
「音也くん……」


音也くんの歩んできたこれまでの道のりは平坦ではなくて独りで膝を抱えたくなったことだってきっとたくさんある。
だけど、ちょっと振り向いたら、目線を横に向けたら。
わたしはそばにいるし、一ノ瀬さんや他のメンバーだっている。

出会ってからもう七年。
初めて話した早乙女学園の廊下で、音也くんはアイドルになるために生まれてきた人だと思った。
音也くんの笑顔とか、立ち振る舞いとか、纏う空気、その全部が周りを明るくする。
学園を卒業してからはグループでの活動も個人での活動も同じくらい楽しそうに頑張っていて、今では日本を代表するアイドルになった。
七年間一緒に過ごしてきた時間はお日様の香りに満たされている。
もらっただけの幸福を、わたしも音也くんに返したい。
魔法使いにはなれないけれど音也くんの一番の味方でいるよ。


「だからさ、これからも俺のことよろしくお願いします」

へへ、と笑った音也くんの目尻は少し下がっていていつものキラキラな笑顔とは少し違うけれど、柔らかくてこっちまで笑顔になる。
音也くんの笑顔はそういう笑顔だ。

夢や希望のたくさん詰まった音也くんの瞳にうつる世界がどうかいつだって優しい世界でありますように。


二人してちょっと鼻をすすりながら食べたケーキは甘くてしあわせの味がした。



(2017.04.11.)


一十木音也くんお誕生日おめでとう。
大好きです。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -