続・となりの高尾くん

これの続き





最近、なまえさんの帰りがいつもより遅い。

わかってるんだ、社会人には「お付き合い」というものがあることくらい。
年末年始は忘年会と新年会で飲み会が増えるのは学生だって同じだ。
学生と違って自らの意思で断ることができないのだから、なまえさんのほうがしんどいことだってわかっている。


けれど夜にベランダで少しだけ今日の出来事を言い合う時間がないのは寂しい。
11月のオレの誕生日以来、お互い言葉にはしていないけれどその時間を大切にしていたと思っていたけれど、最近はなまえさんの帰りが遅いから必然的にそんな時間は取れなくなっていた。

今日も、もうすぐ日付が変わるというのに隣人が帰ってきている気配はない。
まだ飲んでいるのだろうか。社会人ってハードだな。

「あーつまんね」

思わず溜め息と同時に本音が漏れた。



そんな日々に不満を感じながらも月日は同じように流れ、あっという間に2月になった。
なまえさんとは顔を合わせることはあったけれど、挨拶程度でじっくり話す時間はなかった。

夜中、部屋で雑誌を読んでいたら隣の家の鍵がガチャガチャっと開かれる音がした。
仕事だか飲み会だかわからないけれど、こんな時間までお疲れ様だなぁとオレまで溜息が出た。

(ちょっと顔見たい、かも)

ちょっとだけならいいかな、明日土曜日だし。
そう思い、ベランダに出てみたがなまえさんが部屋から出てくる様子はない。
別にいつも約束をしているわけではなくて、お互い帰宅したらとりあえずベランダに出る、というのがなんとなくお決まりになっていた。
時間が時間だしなぁ…と一旦部屋に戻って考えたが、いやでも会いたいな、と思い直して今度は玄関に向かう。家を出て、なまえさんの家の前で考え込む。

インターホンを押そうか、押すまいか。
会いたい、でもこんな時間に非常識だろうか、と葛藤を繰り返したけれど、意を決してインターホンを鳴らした。

ピンポーン…

しばらく反応がなく、もう寝てしまったのだろうかと思い諦めて自分の家に戻ろうとしたときにパタパタと部屋の中を小走りする音が聞こえた。

「はーい…」
小さな言葉と共にガチャっと開けられた扉は、1人暮らしの女性には必須のドアチェーンがしっかりとつけられていて全開になることはなかった。
「あ、やっぱり高尾くんかぁ」
「こんばんは」
夜中の訪問者の正体がわかってほっとした様子のなまえさんの安堵の表情に自分まで胸が和む。

「ちょっと待ってね、ドアチェーン外すね」
チェーンを外すには一度扉を閉めなければいけないからそう断りを入れてから扉を閉められる。
「お待たせしました」
…こんな夜中に男ほいほい入れちゃ駄目だよーと思いつつ、部屋に招き入れられる。
信頼されている証拠か、それとも男として見られていないのか。まぁ変に警戒されるよりいいけれど。
ルームウェアを着てくつろいでいたと思われるなまえさんの後ろについて、短い廊下を歩きながらそんなことを考える。
廊下にかけられていたなまえさんのコートから、ふんわりと香水とタバコの混ざった匂いがして、妙に胸がざわついた。

オレの家と同じ間取り、壁の色も同じだけれど家具や置いてある雑貨でこうも雰囲気が変わるものなのか。
初めて部屋に入れてもらったときも驚いたけれど、何度来てもこの女性らしい内装と、なまえさんの香りがする空間はなんだか落ち着かない。
香り…コートからしたタバコの匂い、あれはなまえさんのものじゃないよな。
なまえさんがタバコを吸わないことは知っている。

誰と一緒にいたの?…なんて、
「聞けねぇよなぁ」
思わずつぶやいた言葉はしっかりなまえさんの耳に届いてしまったようで、キッチンからお茶を持ってきてくれた彼女に「なになに?」と聞き返されてしまった。
「んー…今日も飲み会だったの?」
もう新年会の季節じゃなくね?と遠回しに聞いてみる。

「あぁ…うん、新年会はさすがにもう全部終わったよ」
そう言って笑うなまえさんの頬が赤みを帯びていて、酒が入っているのだなとわかる。
「じゃあただの飲み会か、金曜だもんな」
「うんー同僚と飲んでたー」
どこかふわふわした喋り方をする彼女がかわいくて、どうにも落ち着かないけれど、その同僚の性別が気になって仕方がない。
「ふーん…」
なまえさんが煎れてきてくれたお茶に口をつける。

ふ、と視線を部屋の隅にやると、スーパーの袋が置いてあった。
オレの視線の先に気が付いたなまえさんが、「あ、それね」と話し出す。
「飲んでた同僚が、チョコ作ってーって。ほら、もうすぐバレンタインだから」
袋を持ってきて「見て見て」とごそごそ中身を取り出す。
いつもより話し方が子供っぽくて朗らかに笑うのは、酒のせいだろう。
普段もベランダでよく飲んでいるなまえさんを知っているけど、ここまでふわふわしているのは初めて見た。そんなに飲んだんだろうか。

「ふーん」

なかなか会えなくて、会えても話なんてあまりできなくて、寂しいとかつまらないとか思っていたのなんて自分だけなんだろう。
別に付き合っているわけじゃないし、約束しているわけでもない。
だからなまえさんに不満を持つのは筋違い。
それくらいわかっているけれど、黒い感情が胸の中で渦巻いているようだ。

「高尾くん?」
「うおっ」
いつもべらべら喋るオレが、我ながらそっけない返事ばかりしていたら目の前になまえさんの顔が急に現れて思わず後ずさりした。
「っなんすか、急に」
「んーなんか今日機嫌悪いの?なんかあった?」
至近距離で覗き込みながら尋ねられる。
「いや、別に…」
「ふーん、ならいいんだけど。あ、テレビつけていい?」
「どうぞ」
鋭いんだか酔っぱらってるだけなんだか、いまいち掴めないなまえさんのテンションにまた苛立ちが募る。
あんなに会いたかったのに、話がしたかったのに。
ただ流れる深夜のバラエティを2人で観た。なまえさんはたまに「ふふっ」と笑っているけれど、内容はほとんど頭に入ってこない。
聞きたいことはいろいろあるけれど、口に出したら言葉が止まらなくなりそうで、嫉妬なんて子供じみた面を見せたくない。

…と、悶々としていると急に頭に手を置かれた。
バッと手の主を仰ぎ見ると、なまえさんが相変わらずふわふわした顔をしてオレのことを見ていた。
「ちょ、なにしてんの」
「高尾くん、髪の毛柔らかいねぇ」
お風呂入ったの?と蕩けそうな笑顔で至近距離で言ってくるものだからたまったもんじゃない。
振り払おうとするけれど、なまえさんの手の感触が心地よくて本気ではできなくて、なされるがままにしている。
「…そういうなまえさんは、タバコの匂いがする」
「飲み屋さんにいたからね」
「相手、タバコ吸う人だったの?」
「うんーそうだよぉ」
ふふ、さらさらだぁとオレの髪をわしゃわしゃっとかき混ぜる手は止まらない。

…なんで、どうしてこの人はこんなに無防備なんだろうか。
隙だらけで、その腕を掴んで引き寄せることだって押し倒すことだってできるのに。

オレだって男なのに。
いらいらが収まらない。

「なまえさん、」
「んー?」
「やめてよ」
一段と声を落として言うと、ようやく本気でやめてほしいと思っていることが伝わったようで「あ、ごめんね、つい…」としゅん、と効果音がつきそうなほど悲しそうな顔をしながら手を離した。

「ついってなに」
「え、」
「あんま男にそういうことしないほうがいいよ」
まぁオレなんて男の範疇に入ってないんだろうけど、と言って立ち上がる。
「もう帰るわ、遅くにごめんな」
「え、あ、うん、またね」
なまえさんの言葉をまたずに玄関に向かうと、後ろから慌てて追いかけてくるのがわかった。
「おやすみ」
振り返らないでドアを閉めてやろうかと思ったけれど、夜中に押し掛けたのはこっちなのにそれはあんまりだなと思ってなんとか笑顔を作ってみせた。
「おやすみなさい」
なまえさんの少しぎこちない笑顔を見て、ドアを閉める。
鍵を閉める音と、ドアチェーンがかけられる音を確認してから隣の自分の家へと戻った。

こんな態度を取ってしまう自分が、やっぱり子供で。
恋愛に年の差なんて関係ないと思うけれど、こういうときに余裕を持てない自分の幼さと心の狭さが嫌になる。
なまえさんのぎこちない笑顔が瞼の裏にこびりついて離れない。

腹の虫がどうにも収まってくれなくて、でも同時に自己嫌悪にも陥って、そのまま布団にもぐりこんで眠りに落ちた。



次の日、眠ったはずなのに体が重たかった。
「あー…」
昨日の自分の行動を振り返って思わず頭を抱えて溜息を吐いた。
どうしてあんなことしたんだろう。
いつもと違うなまえさんに戸惑って、頭に血が上ってしまった。
「情けねぇな」と自嘲を漏らしながらのそのそと布団から這い出て、部活に向かう準備をした。



ピンポーン…

シャワーを浴びて、朝食を済ませて部活のスウェットを着て家を出ようとするタイミングで、インターホンが鳴った。
実家から宅配便かな、もうすぐバレンタインだし、妹ちゃんが律儀にチョコでも送ってきてくれたのだろうかと落ち込んだ気持ちを立て直して玄関に向かう。

「はいはーい」と、印鑑を持ってドアをあけると、立っていたのは青い帽子を被った某宅急便会社のお兄さんではなく、少し気まずそうな顔をしたなまえさんだった。

「…おはよう高尾くん」
「…はよ」
なまえさんは昨日のことを覚えているようで、オレも気まずくて頭を掻く。
「あ、高尾くん出かけるとこだった?」
玄関に置いてあったオレのリュックを見てなまえさんが焦ったように言う。
「あーうん、今日昼すぎから部活で。部活の前に図書館寄ろうかと思って、」
「そっか…じゃあ、これ」
昨日の朗らかさはどこへ行ったのか、妙に大人しいなまえさんがおずおずと後ろ手に持っていた紙袋を差し出した。
「なに?」
「…バレンタイン。たぶん当日は平日だから渡せないと思って」
「あーわざわざご丁寧に…。サンキュ」
嬉しいのに、素直に喜べないのは昨日のことがあったからで。

鈍い反応のオレの表情を窺いながら、なまえさんが手をこすり合わせる。
吐く息が白い。
よく見たら、なまえさんは昨日着ていた部屋着のままで大分薄着だった。

「あ、わり。寒いよね。中入る?」
「ううん、昨日高尾くんに怒られたばっかりだからいい。お出かけ前にお邪魔してごめんね」
そう苦笑いするなまえさんが痛々しくて、どうして昨日あんなにきつい言い方をしてしまったのだろうとまた後悔する。
じゃあ部活頑張ってね、と言いながら扉を閉めようとするなまえさんの手を咄嗟に掴む。

「…ごめん、ちょっと待って」

掴んだ瞬間、なまえさんの肩がびくっと揺れて一瞬怯えたような表情になったことに胸の奥のほうが痛んだけど、自業自得だ。

「えっと、昨日ごめん。その、なんかいらいらしてて。別になまえさんが誰と飲もうが、誰にチョコあげようが自由なのに」
普段はすらすら出てくる言葉が、今はうまく出てこなくてもどかしい。
オレをまっすぐ見つめる瞳が余計に頭の回転を鈍らせる。
こんな焦ること、滅多にない。
「ほんと、ごめん」
言葉が見つからなくてもう一度謝ると、なまえさんが首を傾げながら言った。

「高尾くん、それで怒ってたの?」
「そーだけど…子供でごめんなさい」

改めて聞かれると情けない。

「なんだ…てっきり酔っ払いのおばさんに呆れて怒っちゃったのかと思ったよ」
そう言いながらなまえさんがくしゃっと今にも泣きそうな顔で笑った。
「あと勘違いしてるみたいだから言っておくけど、」
「うん?」
「昨日飲んでたのは同僚の女の子だし、高尾くん用のチョコの材料はちゃんと事前に買っておいたんだよ?会社の男性陣に手作りチョコなんてあげません」

へへ、と照れたように笑う目の前の年上の女性に対して、愛おしさと申し訳なさがこみあげてくる。

「でもわたしなんかがあげなくたってチョコたくさんもらうか。高尾くんモテそうだし」
「いや別に…」
「昨日慌てて作ったからおいしくなかったらごめんね。一応味見はしたんだけど、」
と言う彼女に耳を疑った。
「は?!もしかして寝てないの?徹夜?」
「うん、そうだよ」

突然声を大きくしたオレに驚きながら、きょとんとした顔で答える。
ケロッと言うけれど、せっかくの休日に何してんだこの人は。
そう言われてみれば寝不足のせいか、目が少し赤い。

「あー…やっぱ中入んなよ」
「え、でも」
「オレがいいって言ってんだから。なまえさんが嫌なら別だけど」
「い、嫌じゃないよ」
「じゃあどーぞ?」

手を差し出すと、玄関の少し低くなったところに立っていたなまえさんが顔を赤くさせる。
「な、そんな高尾くんの支えがなくたって靴くらい脱げるし段差上がれるんですけど…!」
そこまで年じゃないよ!と言うのは照れ隠しだってわかるし、なまえさんだってオレが手を差し出したのは支えるためだけじゃないってわかってる。はずだ。

「いやぁ、でも転んで骨でも折られたら大変だし、ね」
冗談めかして言うと、「大丈夫なのに…」と言いながらオレの手を取って部屋にあがった。

なまえさんの部屋みたいに整理整頓されていないオレの部屋を見て、相変わらずだね…と呟きながら脱ぎ散らかしていたジャージやら、散らかしっぱなしだった雑誌やらをさりげなく片付けてくれる。
「ごめんなー適当に座ってて」
リビングが見える廊下から声をかけて、キッチン…というほど立派なものではないいかにも独り暮らし用ですって感じの台所で冷蔵庫を開ける。

「おっまたせー」
マグカップを両手に持ってるから、足で廊下からリビングへ続くドアを開けるとなまえさんはクッションを枕にしてカーペットで寝ていた。

「おいおい…」

まぁ帰らせても寝るのか怪しいなと思って自分の部屋で仮眠でも取らせようと家にあげたんだし、今もホットミルクを作ったのだけど。

すーすーと健やかな寝息を立てて眠っているなまえさんの頬をつつく。

「自分であがれって言っといてなんだけど、ほんっと無防備だよなー」

寝ているすぐ横に腰を下ろして1人苦笑する。
部活開始までまだ時間はある。
寄ろうと思ってた図書館は月曜日に大学行ったとき寄ればいいだろう。
起こすのかわいそうだし。
なにより、オレが一緒にいたいし。
理性保つの大変だけど。

マグカップと一緒にローテーブルに置いたチョコの入った紙袋を眺めると自然に顔がにやけてくる。
これは期待もしたくなる。

あと1時間したらなまえさんを起こして部活に行って、帰ってきたら夕飯一緒に食えるかな。
デザートにもらったチョコ食って、きっと目の前で食べたらすんげー照れるだろうけど。

昨日のことちゃんともう一回謝って。
そしたらそろそろちゃんと伝えてもいいだろうか。
今まで遠回しには言ってきたけれど、今回みたいにすれ違って傷つけるのはごめんだ。
好きだって、付き合ってって言ったら、どんな顔するかな。
断られることは…ないと思うんだけど。

もう一度、頬をつんとつつく。
年上のお姉さんだけど、すっぴんの寝顔は幼くて、かわいくて。
どうしようもなく緩む自分の顔はとても見せられたもんじゃないけど、早くなまえさんの照れたように笑う顔が見たい。

「覚悟しててよ、なまえさん」


(2013.11.04.)


高尾くんお誕生日おめでとうー!!!
少し早いのですが、お誕生日付近はバタついていると思うので…
しかも時期はずれなバレンタイン話ですみません
前に途中まで書いてたお話を仕上げました

高尾くんはなんかもうかっこよすぎて意味わかんないです
こんなに好きになるはずでは……
高尾くんだけじゃなくて、秀徳が大好きです
秀徳vs洛山戦は、アニメ早く観たいような観たくないようなです





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