見つめるたびに恋

これの続きっぽい








ひとつ、ふたつ、季節は巡ってまた別れの季節がやってきた。
わたしたちが1年生として誠凛に入学してもうすぐ丸2年。
とうとう先輩達を送り出すときが来た。


「寂しいねぇ」
「そうですね」

わたしがぼそっと呟いた言葉に黒子くんが律儀に返事をしてくれた。
今日は誠凛高校の卒業式。
式自体はとても形式的なもので、卒業生代表の生徒が卒業証書を受け取り、答辞を読み…というごくごく一般的な流れで無事に終わった。

在校生は式が終われば下校してもいいことになっているけれど、バスケ部はこのあと追い出し試合を行う。
そのあとはちょっとしたパーティーも行う予定なので、わたしと黒子くんは近くのコンビニまで買い出しに出ているところだった。
大きなペットボトルを何本も買ったけれど、重いほうの袋は黒子くんが持ってくれていて、わたしは軽いお菓子の入った袋をぷらぷらぶらさげながら歩いている。
それでも「重くないですか?」と聞いてきてくれる黒子くんの優しさに頬が緩みそうになるけれど、「大丈夫だよ」と平静を装う。


「なまえさん、」
「ん?重くないから大丈夫だよ?」
名前を呼ばれて隣を向きながら答えると、「そうじゃなくて、」と言いながら手を取られた。
「手、冷えてますね」
「…3月ってまだ全然寒いんだもん」
「顔も少し赤いですね」
「っ、寒いからね!」
そう言うと笑いを堪えているような振動が手から伝わってきた。
いつも黒子くんがサラッと照れるようなことをしてきてずるいと俯くけれど、それを心地良いと思ってしまうあたり、弱いなぁ。




呼び方が「みょうじさん」から「なまえさん」に変わったのは少し前のこと。
お互いなんとなく気持ちが向き合ってるのを知ったのはちょうど1年前のさくらが咲いている頃で、それから少しずつ距離が縮まっていった。
未だに下の名前で呼べないわたしに、たまに不満そうな顔を見せるけれど無理強いはしないのが彼らしい。

黒子くんと出会って二度目の冬が終わろうとしている。
もう3月、卒業式を終えてもなお先輩たちが卒業してしまうなんて実感が湧かない。
「2年間あっという間だったね」
「そうですね、僕達ももう3年生だなんて実感が湧きません」
「不安だなぁ」
「不安、ですか?」
頼ってばかりいた先輩たちがいなくなってしまう、考えただけで不安で仕方ない。
それを言葉にすると黒子くんは首を傾げた。
色素の薄い彼の髪がさらりと揺れる。

「うん、だって、自分たちが1番上で、後輩たちを引っ張っていくなんて」
考えただけで荷が重いよ…と言うと繋いだ手にきゅっと力が込められた。
「大丈夫ですよ。一緒に頑張りましょう」
ふわっと笑う黒子くんに、胸が締め付けられるように高鳴る。


お付き合いするようになってわかったこと、それは黒子くんは優しいだけじゃないってこと。黒子くんは急にドキッとするようなことを言う。
意外と男らしいところがあるのは前から知っていたけれど、隣を歩くと見上げるほどには背だって高いし(普段は火神くんといるから小さく見えてしまうのです)、繋いだ手は大きくてゴツゴツしていて。
細くて、パスを出すたびに痛めてしまいそうでひやひやする手首だって女のわたしに比べたらずっとしっかりしている。
誠凛バスケ部を引っ張っていく逞しい背中を、いつもコートの外から見ていた。


もうすぐ3年生、彼のバスケを初めて見て、魅せられてからもうすぐ丸2年。
どんどん成長していく黒子くんと一緒に過ごして、わたしは何か変われただろうか。

先輩たちが抜けた誠凛バスケ部、それが現実として差し迫ってきて不安でしかない。

繋ぎ直してくれた手をわたしからも握り返す。
支える側であるマネージャーのわたしが、弱音なんて吐いてちゃいけないと思う。
でも、それでも、


「どうかしましたか?」
「ううん、先輩達もう集まってくれてるかなぁ」
口数の減ったわたしを心配してくれたのか、歩く速度を落として顔を覗きこまれる。
話題を明るいほうに持っていこうと話を変える。
「どうでしょう、式のあともクラスで集まっているから時間がかかるかもしれない、と言っていましたから」
「そっかぁ、クラスで集まるのも最後なんだもんね」

最後、そう自分で言って悲しくなる。


先輩達がいなくなるのも、もちろん寂しい。

それと同時に、わたしたちも1年後には同じ立場になるのだと当たり前のことを思った。
今がずっと続けばいいのに、と思わずにはいられない。
大好きな先輩と、みんなと、黒子君と、ずっと一緒にいられたらいいのに。



「大丈夫ですよ」

いきなり、黒子くんが噛み合わない言葉をつぶやくように言った。

「大丈夫です」
「え、なにが…?」

「なまえさんが、心配していることについて」
「え…」
「なまえさんが頑張っているのは僕が1番知っています」
優しく笑う黒子くんに、涙腺が緩む。視界が滲む。

「泣くの早いですよ」
困ったように笑う黒子くんの声がまた優しくて、思いが込み上げてくる。
「違うの」
それだけじゃなくってね、来年には卒業かって思ったら怖くなったの。

「先輩の卒業はもちろんすごく寂しくて、不安で、でもそれだけじゃなくて……もうすぐ3年生で、高校も卒業で、そしたら黒子くんともお別れなんだって思ったらすごく怖くなった」


学校までの戻り道、そう遠くないコンビニからの道のりをできるだけゆっくり歩く。
緩やかに流れる時間が愛おしくて終わってほしくなくて、繋いだ手を離すのが怖いなんて言ったら笑われるかな?




「なまえさん、誠凛に入学したときのことを覚えていますか?」
何を言い出すのか、脈略がわからなくて首を傾げるわたしを尻目に黒子くんが話を続ける。
学校はもうすぐ目の前で、卒業生の人たちが教室で騒いでいる声がここまで聞こえてきた。

「僕は、あえて誰も知り合いのいないこの高校に入りました。そしてバスケ部に入った」

校門を通り過ぎたところでさすがに手を離したら、さっきよりも風を冷たく感じる。
学校の敷地に入ってから下駄箱までは少し距離があって、広いスペースに植えられている木々がもう少し暖かくなると桜の花びらをつける。

「あの頃の僕は、今の僕を想像もしていなかった。とても良い意味で。」

今はまだ蕾が付き始めたばかりで寂しい様子の桜の木の下で、黒子くんが歩みを止めた。


「なまえさんが知っての通り、僕は一度バスケを嫌いになりました。でも、誠凛に入って仲間と心からバスケを楽しめるようになって、バスケを好きな気持ちを取り戻せたり、こんな風に人を好きになったり…想像してなかったです」

なまえさんはどうですか?



あぁ、もう。

優しく問いかけながら笑う黒子くんが、この時間が、この空間が。
泣きたくなるくらいに大切だよ。


黒子くんを見上げながら言葉を紡ぐ。

「わたしも、そもそもマネージャーなんてするつもりなかった」
「そういえば途中入部でしたね」
「うん、不純な動機でバスケ部見学しに行ってよかった。今思えば黒子くんのこと知ったのは黄瀬くんのおかげだね」

黄瀬くんが誠凛に来たとき、ミーハー心で体育館まで黄瀬くんを見に行った。
そのときに黒子くんのバスケを知って、惹きこまれてしまったのだ。

「黄瀬くんのおかげと言われると少し不満ですけど」


むっとした顔さえも見ることができて嬉しい。

一見、感情を出すことをあまりしないように見えて実はとても意志が強くて自分を持っていて。そしてその気持ちを相手に伝える、わたしに伝えてくれる。
この2年でたくさんの時間を一緒に過ごしていろんな黒子くんを知った。

「良い意味で予想外ってことだよ」

こんなにバスケ部に一生懸命になると思わなかったなぁ、照れくさくてマフラーに顔を埋めながら言う。

「黒子くんと付き合うことになるとも思わなかったし…」
「…この2年で、いろいろなことが変わりましたよね」
「うん、そうだね」
「それでも、」




「僕がなまえさんを好きだと思う気持ちは、これからも変わらないです」

きっともっと好きになります、なんて、そんなことそんな表情で言うのはずるいよ。




少しずつ陽が傾いてきて、風が一層冷たさを増すけれど、頭上の桜の蕾が春はもうすぐだよって教えてくれる。

冬が終われば桜は咲くし、桜が散れば強い日差しが夏を連れてくる。
葉っぱが色付いて秋が来て、空気が澄みわたる冬がまた来る。

いつだって季節は巡って、わたしたちを取り巻く世界は止まることはない。
それでも変わらないものはあるって、信じたい。


「…わたしも、黒子くんが好きだよ。きっとずっと好きだよ」

永遠の愛を誓うにはわたしたちは若すぎるけれど、今この瞬間の気持ちに嘘なんてない。
先輩たちがいなくなる寂しさは拭えないけれど、不安はどこかに消えてしまった。


「ありがとうございます。きっと…先輩達も同じだと思います」
「同じ…」
「はい。先輩達がバスケを好きなことは変わらないし、僕達の先輩であることに変わりはありません」

わたしを見つめていた瞳が、桜の木を映す。
髪と同様、色素の薄くて大きな瞳。笑うと優しく目尻が下がる黒子くんの瞳。

「だから、大丈夫ですよ」

ね?と微笑む強くて優しい彼に、一体どれだけ救われてきただろう。
ふとした瞬間、嬉しいとき楽しいとき寂しいとき、いつだって最初に瞼の裏に思い浮かぶのはあなたの優しい笑顔で、いつだってそれがわたしを強くさせる。
黒子くんにとっても、わたしがそういう存在でありたい。


「そう…だよね」


これからもずっと隣で微笑んでいられるように、強く、優しく、あなたみたいに。
満開の桜の下でまた一緒に笑い合えるように。
巡る季節の度に、思い出の中だけじゃなくて会えるように。


「先輩達が笑って卒業できるように、わたしたちも笑顔で見送らなきゃね。心配することなんてなにもないですよ!って胸張って言わなくっちゃ」
「逞しいですね」
「黒子くんがいてくれるからだよ」
「光栄です」
自分で言って恥ずかしくなってマフラーにまた顔を埋めた。


別れを悲しんでいる間にも桜は咲いて、新たな出会いがわたしたちを待っている。



「体育館、行きましょうか」
「うん。あ、ねぇ」
「なんですか?」
「やっぱりジュースの袋、一緒に持つよ」
「でもなまえさんには重いですよ」
「うん、だから一緒に持たせて?」

黒子くんが持っているビニール袋の、片方の持ち手をそっと取る。
1人では重たい荷物も、2人で持てば半分。
気分はもっと軽くなる。

わたしの意図に気付いた黒子くんが、また優しく笑うから、つられてわたしも笑う。





桜の花がもうすぐ咲くよ。


(2013.03.24.)

桜咲く前のお話なのに、東京は満開なうです。
黒子っちとお花見したいです。
テーマ曲はわかりやすいですかね?
某さくらソングです。



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