今日はたくさん笑ったね

ふわり、舞い散る花のように笑うあなたの横顔が好きです。



4月。たくさんの別れを経てまた新しい誰かと出会う季節。僕は誠凛高校の2年生になった。
誠凛の入学式は部活の勧誘で新入生がもみくちゃにされるのが毎年の伝統のようで、去年と同じように各々の部員たちがチラシやらメガホンやらを片手に新入生たちをかたっぱしから勧誘している。まぁ自分はそんな騒ぎに巻き込まれることもなく、目当てのバスケ部に入部届を提出したのだけど。
今年もそんな喧噪を尻目にすいすいと歩みを進めて行くとバスケ部に与えられたスペースに並べられたテーブルに、マネージャーであるみょうじさんと日向先輩の姿が見えた。

「先輩、交代の時間です」
「っおぉぉ!黒子か!」

いつまで経っても慣れねえなぁ、なんてぶつぶつ言いながら日向先輩が立ちあがる。

「んじゃーあと任せた、みょうじは引き続き頼むな」

ひらひらと手を振りながら去って行った先輩を見送る。

「入部届、どれくらい集まってますか?」
「うーん、今のとこ5人だよ、ギリギリ1チームできるくらいだねぇ」
「そうですか」

新入生を呼び込もうとする他の生徒たちの声をどこか遠くに感じながら、僕たちは無理に会話を繋げることはない。僕たちの周りだけ、静かに時間が流れているように思える。声を張り上げるのは、校門近くで頑張っているのであろう他の部員たちに任せる。


みょうじさんの横は心地いい。あまり表情には出ないほうだと自負しているけれど、頬の筋肉が緩んでいるような、口角があがっているような、そんな気がする。特別会話がはずむとか、そういうわけではないけれど、彼女の声は優しくて澄んでいて、ひどく胸に沁みるのだ。

「…そういえば、みょうじさんはどうしてバスケ部に入ったんですか?確か途中入部でしたよね」

ふと浮かんだ今更な疑問を投げかけてみると、みょうじさんは少し口ごもった。

「あぁうん……いつだったかな、モデルの黄瀬くんがうちの学校に来てるって大騒ぎになったじゃない?」
「そんなこともありましたね」

みょうじさんの口から黄瀬くんの名前が出たとき、少し胸がざわついたのは気のせいではないと思う。

「そのとき、わたしも恥ずかしながら見に行ったんだよねぇ」

あはは、と懐かしそうに目を細めながら話すみょうじさんを複雑な気持ちで見る。そんなこと顔には出さないけれど。

「肝心の黄瀬くんは女の子たちにサイン攻めにあってて、あんまりよく見れなかったんだけど、黄瀬くんが帰っちゃったあともなんとなく体育館残って練習見てたんだ…」

口を挟まず、彼女の言葉に耳を傾ける。

「そしたらすごいもの見ちゃってさぁ」
「すごいもの?」
「うん…ボールがね、消えたの」

それって、もしかして、

「黒子くんのミスディレクション、初めてそのときに見たんだよ」

へへ、とさっきとはまた違う照れたようなはにかむような笑顔が眩しくて思わず目を逸らした。顔がほてっているような気がする。

「でね、家に帰ってからも消えたボールが気になって気になって…次の日も、その次の日もバスケ部の見学して通い詰めるようになって」
「そうしてるうちに監督にスカウトされてしまった、と」
「そういうこと」

急に部員が増えて人手が足りてなかったところに、飛んで火にいる夏の虫、とでも言おうか、食い入るように練習を見ていたみょうじさんを勧誘したのは監督である相田リコ先輩だ。

「マネージャーになって近くで見れば、秘密が解明できるかなーって軽い気持ちだったんだけど、まさかうちのバスケ部がこんなに本気だとは思わなかったよ」

苦笑交じりに言うけれど、全然嫌そうではなくて、むしろ

「でも、すごく楽しい。みんなバスケ大好きなんだなって、伝わるよ」

そう言うみょうじさんのほうこそ、すごく楽しそうで、言葉が出てこない。

「…あ、ごめんね、ひとりで喋りすぎだね」
「いえ…」
「ミスディレクションは未だにわたしの目じゃ追いつけないけど、試合中の黒子くんを見失うことはなくなったんだよ」

得意げにこちらを見ながら言うものだから、また体温があがったのを感じる。
僕のバスケは、火神くんや先輩たちの影となって彼らを引き立てるためのバスケだ。そのために存在を薄くすることは厭わない。未だに、さっきの日向先輩のように現れたときに驚いた反応をされることも多いけれど、気にならないし、自分にとっては良い傾向なのだと思う。
それでも、意識している人にそんなことを言われたら、やっぱり嬉しくてこそばゆいような気持ちになった。

「…よかったです」
「へ?」
「みょうじさんから黄瀬くんの名前が出たとき、黄瀬くんと知り合えると思って部活に入ったのかと、少し疑いました」

すみません、と付け足して正直に打ち明けると、面食らったような彼女の顔があった。
表情がころころ変わって、見ていて飽きない。
部活中も監督から練習メニューの支持を受けている真剣な面持ち、伊月先輩の駄洒落を聞かされて苦笑い、小金井先輩と休憩中に雑談している少し緩んだ表情、火神くんに小さいって頭をぐしゃぐしゃに撫でられて怒ったような照れているような上目使い、その全部がかわいくて。人の気配とか変化には聡いほうだと思うけれど、みょうじさんは意識して目が追ってしまっているから、余計に気になってしまう。他の部員たちに見せる表情、その全てに嫉妬して、全部僕に向けられていたならいいのに、なんて傲慢な思いまで抱いてしまう。

「黄瀬くんはただのミーハー心だよ」

少しうつむきがちに、そう言ったみょうじさんの顔色は窺えなかった。

「たしかにさすがモデルさんって感じでかっこいいなーとは思ったけど、あんまりタイプじゃないかなぁ」

なんか軽そうだよね、なんて言うみょうじさんは意外と毒舌だ。

「わたしはどっちかって言うと…」


「黒子くんみたいな人のほうが好きだなぁ…なんて……」




耳を疑う発言が飛び出した。言葉が出てこない。時間が止まったみたいだ。遠くのほうから部活勧誘の声が聞こえてくる。2人の間を風が吹き抜ける。
ぶわっと、一際強い風が吹いたとき、校舎に綺麗に咲き誇っている桜の花びらが舞い散ちり、同時に彼女の柔らかそうな黒髪をすくってなびかせた。
赤く染まった耳朶が目に入って、彼女の目に映った自分のまぬけな呆けた顔も見えた。

「黒子くんのバスケ、なんか目が離せないよね」

恥ずかしさを隠すかのように笑うみょうじさんに、胸がかゆくなる。

「この1年でね、試合のとき見失わなくなっただけじゃなくって、意外と表情とか感情が豊かなこともわかったよ」

それはまさにさっき自分が彼女に抱いていたことで、だから思わず口走ってしまった。

「僕もです」

「え?」



「…僕も……みょうじさんの頑張る姿とか、楽しそうに笑うところとか、去年たくさん知りました」

けれど、それ以上はまだ。今は、まだ。




「今年度もよろしくお願いします」




桜色に染まる彼女の頬が、ゆるく持ち上がって笑う。
吹雪く桜の花びらがひどく綺麗でその風景だけを切り取ってしまいたい程だった。


あぁ、今日はたくさん笑った気がする。
きっと彼女につられたんだ。
きみが笑えば、世界が色付く。


(2012.07.16.)

今日はたくさん笑ったね/淆々五題
群青三メートル手前さま



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -