カウントダウンは始まった
どうすればいいか判らずに言葉を紡ぐ。
応酬。以て志を表すに非ず。
どうでもいい言葉が数珠繋ぎで絡まる。
哀愁。無言を除きて此処に在らんや。
発言を放棄したら負けだと思っている。
目と目で通じ合うなんて綺麗事。
俺はアイツが心底わからないし、アイツは俺をわかっていない。
そういうふうにできている。
だけど俺は、アイツの碧眼が不可解に宛てられて細められるのがあんまり好きじゃなくて、それに、苛立ちに閉ざされるのはもっと嫌いなのだ。
こうなると嗚呼、また無駄なことをしてしまったと思うのだけれど、お喋りな口は非難が止まらない。全く以て口は災いの元。
やがてお喋りな口はマイナスを作り出すことに嫌気がさしてぎしぎし軋んで動かなくなる。
そうなるとエドガーは閉じた目を開けて呆れたように笑って言う。言うのだ。
「気は済んだかね?」
嗚呼、いけ好かない。全く以てこいつは俺を判ってない。否、わかっていてやってるならそれはそれでなんて最低な男。
俺は苛々してベッド上のクッションを出来得る限り、渾身の力で投げ付ける。カードやダーツを取り出さなかったのは俺の紐切れそうな最後の理性が警告を鳴らしてくれたおかげだった。
どうにも嗜虐的でいけない。
ぼふ、と大した攻撃力も見せるわけもなく、クッションは其の人にぶつかり、彼は其れを丁寧に拾い上げて、ソファの上に置いた。
沈黙が流れるのが胸をざわざわさせた。
抵抗を待ち望んでいる自分が居る。無関心が恐ろしい。同情はされたくない。
どうやら被虐的でいけない。
わかってくれ、なんて言っても本当にわかってくれる人なんかいない。期待はするな。してはいけない。
しかし何処かで思っている。期待している。此の人なら。此の人ならば。否、此の人がいい。
嗚呼、女々しいったらありゃしない。
「気は済んだかね」
エドガーはおんなじ言葉をもう一度言った。その口調は人を小馬鹿にしたようなさっきの其れではなかったので、俺の神経は子猫の毛並みのように丁寧に撫でられた。胸のざわざわが収まっていく。心臓の奥底が冷えていく。
逆上した瞬間を遠い所で思い出す自分が居た。
暫しの沈黙の後、エドガーはそっと口を開いた。
「済んだならば笑うと良い。君のその顔は笑った方が美しいと私は思うがね」
整った顔が俺を向く。
嗚呼、アンタはそうやって甘い言葉でとろとろと女を溶かしているのだろう。溶かし尽くして食らうのだろう。そしてまた、俺をもその毒牙に掛ける(ふりをする)のだ。
からからの喉じゃ嘲笑も零れなかった。全身の感覚が引きつっている。
呆れ。其れならばよかった。そんなものじゃなかった。(嗚呼まさか歓喜の切れ端が俺をつついているなんて!)
「私の中で、既に君は超越した存在なのだから」
なんと其の男はこう言ったのだ。
私は、君が男だから好きになったわけではなく、女でないから嫌になるわけでもない。
君は私にとって性別など越えて愛慕と憧憬の念を抱かせる人物であり、故に私は君の欺瞞も我儘も受け入れよう。
「は…?」
どうすればいいか判らずに言葉も出て来ない。
なんだかむずかしい言葉の羅列の前に確かに何かが存在した。すき?好き?誰が?誰を?
「今までも敬愛の証として君に能動的な愛情表現を試みようとはしてみたが、しかし」
残念ながら今日現在まで行動に至らなかったのだ。と、碧眼はわざとらしく細められた。
何故なら、と続く。
「君が私を想い、思い悩む顔は本当にそそる」
嗚呼この野郎。最初から判っていやがった。なにもかもわかっていやがった。なんて最低な男。策士。策に溺れて死んじまえ。
「この変態!」
カウントダウンは始まった。
(今いる世界に別れを告げて!)
あぁそんな不機嫌な顔はお止しマイスイート。
うるさいうるさい!アンタに何がわかるって言うんだ!
君の罪深きほどの愛が私に向けられていると知った時、私を包んだ至福の重みを君は知っているのかい?
(2009.02.05)
(Title byニルバーナ)
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