クレッシェンド

傷付けたくて堪らない。


アイツの、痛みに一瞬眉を顰めるその様子が、俺は好きで好きで堪らない。
ぴくりと反応する肩だとか背だとか、詰まる吐息だとか。
だがそれ以上に、健康的なその肌に不自然な跡が残るのが、どうしようもなく楽しくて嬉しくて、俺に満足感をもたらすのだ。

紅い跡。
背中の三日月。
首元の鬱血。
俺がアイツを縛っているという証。

いつか、俺は衝動的にナイフを握っているかもしれない。
永遠に永久に死ぬまで朽ちるまで残る跡を付けたくなるかもしれない。


なんて、溶けゆく理性の中でぼんやりと思った。
身体は既に自分のものじゃない。
セッツァー、セッツァー、と煩いくらいに呼ばれる己の名が鼓膜付近で甘く響いた。
アイツの背に強く強く爪跡を残す、その確かな感触に満たされていくのを感じる。


(そういえば…)

過去に、一度。
俺を抱いた男が言っていた。
君に跡を残したい、だとか。
どうせ一夜で居なくなるんだから、とか。
君が僕を忘れても、跡が残れば。

『君を縛っておけるだろう?』


馬鹿げてる、と思った。
無数の傷の中でのひとつなんて、なんの意味も持ちやしないのに。
幾人もの中でのひとりなんて、記憶容量が許す訳がないのに。

ただ、其の男の思惑通り、俺の腕に残った傷は、顔も思い出せないそいつの存在を呼び起こし、その言葉を引き出した。

理解出来なかった。
考えたこともなかった。
残るものに縋るなんて馬鹿馬鹿しいと思っていた。
自分にもこんな感情があるとは思っていなかった。

苦笑するはずだったのに、漏れたのは単純で純粋な笑み。

(俺も変態、か…)

「何笑ってるんだい?」
少しむっとしたようなエドガーの声が、無理矢理に俺を現実に引き戻す。
「こういう時くらい、私の事だけを考えて欲しいものだな」

強くなる腕の力に、あぁ、コイツはこんなにも俺が好きなのかと、自惚れを抱く。

「アンタは俺の思考にまで嫉妬すんのか」
「あぁ、するね」

未だ不機嫌な様子のその声。
互いの独占欲がおかしくて、再び笑って、エドガーの唇を食んだ。
ぴたり、とパズルをはめたように合わさって、他人の肌でもこんなにしっくりくるのかと不思議に思えた。
脳を抜けていく熱にくらりとする。

「そりゃあ、愛されてることで」

何故だか笑いだしたかった。
余裕なんてないのに笑ってしまう。
どうせ、喉を突いて出る笑いもコイツに征服されて別の声に代えられてしまうんだ。
それでも良いと思った。
そう思ったらひたすらに笑えた。
あぁ、やっと判った。

「こら、セッ」
「はいはい、愛してますよ」

段々、段々、欲は何かに変わっていた。
びっくりしたようにエドガーが恐る恐る俺の額に手を当てる。

「…熱?」
「何年一緒に居ると思ってんの」

予想外の仕草で、アイツの記憶を抉ってやろうと思った。
残ってやる。残してやる。
抉って、抉って、俺だけで満たしてやる。

段々と強く、段々と強く。
胸を叩くこの思いで。


(2008.01.14)



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