ね が い く る


神様なんて、信じているわけではない。
それでも、年の初めのこのときばかりは、毎年お雑煮みたいに欲張って、いっぺんにたくさんのお願い事をしてしまうものだった。


時刻は新年まであと30分を残すところ。
ばんやりと闇にうかぶ赤い鳥居をめざして歩いて、着いた先にはすでにたくさんの人がいた。

テレビで見た夜明け前の初詣の映像がとても良かったから、一緒に行こうと誘って家を出てきたのがつい一時間ほど前のこと。
夜中にひとりで出かけるのは危ないからとかなんとか、他愛もない言葉で誘い出してみたのだけれど、思ったよりもすんなりと土方が腰をあげたものだから、それはそれで少しだけ驚いた。
ようやく暖まり始めた、一つしかないカイロの熱をふたりで分けあって、どちらともなしに身を寄せ合ってその瞬間を待つ。

一年の始まりを迎えるという行為は、毎年訪れるくせに妙に神聖な空気をまとっている。
その瞬間を誰と、どこで過ごすかは、些細だけれどとても重要な選択な気がした。
いま、土方と共にいるということは、それに対するお互いの答えが重なったということで。

(愛されてんなー俺…)

つい先ほどのできごとを思いだして、冷えた頬が少しゆるんだ。


***


今年の終わり、そして新しい年のはじまりまで20秒を切ったあたりで、境内にいた人々はいっせいに立ち上がった。
つられて腰をあげながら、隣り合った土方の右手のなかにそっと自分の手を滑り込ませる。
そのゆび先のつめたさに、一瞬ぴくりと手のひらが反応して、それからゆっくりと握り返してくる。
土方はこちらを見ない。
でもその横顔が、緊張からかほのかに紅潮しているのがわかった。

誰が先導しているのやら、にわかにカウントダウンが始まる。

「5、4」

その場にいる皆の声がかさなる。

「3」

土方もちいさく数えている。可愛いな。

「2」

あ、どうしようあと一秒だ!

「1!」

「あけましておめでとう!」

時計の針が二本重なった瞬間、境内中に新年を祝う声がひびいた。
横を向けば、今度は土方もこちらを見ていて、あけましておめでとう、と言いながらわらう。
まったく、今日の土方は別人みたいに素直だ。
銀時もおめでとうと返しながら、その妙にかしこまった挨拶がこそばゆくて、照れ隠しにマフラーに顔をうずめた。


本殿の前にはそのまま初詣に向かう人の列が出来始めていて、銀時は土方の手を引きながらその列に加わった。
ただでさえ辺りは真っ暗なうえ、新年を迎えて興奮気味な人々の眼には止まるまいと、つないだ手はそのままにしてみる。


「土方何お願いするの?」
「んー、次の大会で勝てるように、かな」
「土方もそういうこと、神頼みとかするんだ…意外」
「うーん…俺個人のことっていうよりは、みんなのこと。みんなが、ちゃんと実力を発揮できますように、って」
「そっか」

普段はその厳しさゆえに、部内ではこっそり「鬼の副部長」なんていうあだ名がついているらしいけれど、ほんとうの土方は仲間想いの情にあつい人間だって知っている。
それでいて、二人きりでいるときにはお姫様みたいに横柄な態度もとったりして。
それが銀時に対する土方の甘えだとわかっていたから、いつもついつい許してしまうのだった。

「銀時は何お願いするんだ?」
「えー、そういうのは言ったら叶わなくなるんだよ」
「はぁ!?てめー俺に言わせたくせに!」
「ざまーみさらせ〜さっきのお返し」
「てめ…っ!」

振り上げた土方の手が、途中で動きを止めた。
参拝の順番が、すぐ次にまで迫っている。
慌ててポケットを探って、少しくたびれた財布から、なけなしの小銭を取り出した。

賽銭箱の前に着いて、小銭を放り込んで、二人で鐘を鳴らす。
神様に向かって礼をして、そっと手を合わせた。
土方の手の熱でほんのり暖まった右手が、左手にじんわりと熱を伝える。

今日を無事に迎えられたことを感謝して、お願いごとは簡潔に。
横目でちらりと盗み見れば、目を閉じてじっとお祈りしている土方が映った。

土方がいる、隣にいる。
それこそがいちばんの願いで、いちばんの幸せだ。


(今年もまた、こうして些細でしあわせなときを一緒に過ごせますように。)


願わくば、この手のひらの熱が冷めてしまう前に。



おわり!

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