の こ り ゆ き 「ひじかた」 「ん?」 横を歩く銀時のそれを見て初めて、吐く息が白いことに気付いた。 時刻は午後23時を少しまわったころ。 出かけようか、といったきっかけがあまりにも些細なことだったから、大した用意もせずにふらりとその場のノリで出かけてしまったことを土方は後悔しはじめていた。太陽の不在がもたらす寒さは容赦なく突き刺さり、羽織っただけのモッズコートの隙間からは冷たい空気が忍び込んでくる。 それは隣に寄り添う銀時とて同じようで、「糖」の文字が派手にアップリケされたスカジャンのポケットに両の手を突っ込んでこちらを見る彼の鼻の頭はぽっと真っ赤に染まっていた。 「ひじかた、寒くね?」 「ううん」 「寒くねぇの!?え?普通に寒くね?」 「〜ッ!そうだよ寒いよ!でも言ったら寒さを認めちまって余計寒くなるから言わないようにしてたんだよちくしょう!なんでお前言っちゃうんだよ!」 「なんだお前ぜんぜん寒くなさそうじゃん。元気じゃん」 「てめェにキレてるだけだわァ!」 一気にまくしたてれば、白い息がもわもわと暗い夜道に浮かんでは、消える。 発したそばから跡形もなく消えてしまうそれはまるで言葉そのもののようだ。 たったいま聞いたばかりの銀時の台詞でさえ完璧には再現できない気がして、「言う」ということの儚さに思い当たって土方は静かに溜息を吐いた。 「なあ、ひじかた」 ひじかた、といま呼ばれた四文字を頭の中で反芻する。噛み砕くようにじっくりとそれを理解して、記憶の海に横たえるようにそうっと置いてみる。 「土方、おい聞いてんの?」 「あ、ああ…」 ああ、失敗だ。置いたばかりの四文字は、すぐにあとから発せられた同じ台詞によって上書きされてしまった。 横を向くと、耳も真っ赤になった坂田が怪訝そうな目でこちらを見ている。 「銀さん寒いって言ってんのー。土方くん暖めてよ」 「あそこの鳥居までダッシュで行って戻ってくれば少しは暖かくなるんじゃないか?」 「ひどっ!そうゆーんじゃなくてさ、土方くんの腕の中で暖まりたい的な」 「お前にも腕くらいついてんだろ」 「俺の腕はお前を抱きしめるためにあるんだよォォォ!」 「なんだよ、じゃ抱きしめてくれよ」 売り言葉に買い言葉で言ったつもりの台詞に、坂田が固まる。 その妙に目を見開いた様子がおかしくて、土方は思わず息を漏らして笑った。 「何その顔、お前シンプソンズみてェ…」 「いや、ちょ、ええええ!爆弾投下されたんだけど!え無意識で言ったのあれ?え本当にいいんですか?」 「何がだよ」 「抱きしめて、いいの?」 頬まで紅く染まった坂田にこいつはもう十分暖まったんじゃないかなんて考えながら、でもすこしだけ下手に出た坂田の様子が可愛かったので、ついコクリと頷いてしまった。 直後、ガバっと効果音でも出そうなくらい派手に坂田に飛びつかれて、土方は二三歩よろめく。大して変わらない身長で首元に抱きつこうとするから、坂田は少し背伸びをしているし土方も踏ん張らないと後ろに倒れてしまいそうだ。 持て余した両手をそろそろと坂田の背中に回してみる。薄手のスカジャンを通して坂田の身体が発している熱がもどかしく伝わってきて、土方はつるつるのその表面にゆびを埋めるようにぎゅうと力を込めた。 「あったけぇ…」 「うん…」 坂田の綿毛のような髪の毛が顔にあたって、外気ですっかり冷えてしまったそれを暖めるように土方は頬を寄せた。 都会の雪のようにすぐに溶けてしまうのならば後腐れも残るまいと思って、何の気なしに呟いてみる。 「すき…」 「…ッ」 抱きしめていた身体がぴくんとはねて、肩口に顔を埋めていた坂田が恐る恐る土方の方を向いた。 「すき」 「土方くんどしたの今日別人?」 「お前もなんか言えよ」 「お姫様だなあ全く」 「…」 坂田がぐっと顔を近づけて、土方の視界がそれで埋まる。 大して変わらない身長だから、こつんと当たる鼻先の位置もまるで同じ。 「土方」 「…」 「好き」 白い息と共にふわりと浮かんだその言葉は形にはならずに溶けていったはずなのに、胸の奥がぼっと熱くなってその二文字がリフレインのように頭の中に響いた。 「好き、」 「…」 「好きだよ」 羽毛のように温かくて柔らかい言葉が、記憶の海に降り積もる。 発された言葉は音となって響いて消えて、それでも消えない何かが心に積もって残って、愛情を形づくってゆく。 (ああ、消えるなんて、そんなの嘘だ) 同じ高さにある唇に、そっと自分のそれを押し当てた。 遠くで除夜の鐘が鳴った。 おわり! →そのつづき |