戦ラ バSS | ナノ
愛故に_01


色とりどりの反物が並ぶ。
華やか、風雅、繊細……
それぞれ趣向は異なるけれど
それぞれ技巧が凝らされており
どれも実に美しく艶やかだ。
思わず感嘆のため息が零れた。

男性の反物などとは今まで
縁なく過ごしてきたものだから
謙信様の着物を見立てることに
なったときは幾らか不安に
思ったりもしたものだけれど
美しい反物を前にして
そういった気持ちも何処かへ
消えてしまったようだった。



「素晴らしいですね……」



一番手近のものを手に取って
まじまじと見つめれば
兼継が少し誇らしげに
微笑むのがわかった。



「美依姫様のお気に召したようで何より!」

「忙しい中、こんな手配までしていただいて……ありがとうございます」


「いやいや、これしきで殿と姫様のお役に立てるなら、た易きこと! これからも、何なりと申し付けください」



兼継はそうご機嫌な調子で
快活に笑って自身も反物の
海へと目線を落とした。

もしかしたらこのついでに
兼継も自分の着物も
調えるのかもしれない。

それならば彼の言う様にそれ程
気に病む必要はなかったか。
ひそかにほっと息を吐いて私も再び反物へと視線を巡らせた。



「しかし、どれも素敵で迷ってしまいますね」

「ははっ、確かに。殿は何でもお似合いになりますからな!」



自分が褒められたかのように
兼継は嬉しそうに目を細めた。
日頃も常々感じているけれども
こうした瞬間、矢張りこの人は
謙信様の事が好きで仕方ないのだな、としみじみと思う。

もう私の心の中にかつて兼継へ
寄せた恋情は存在しない。
今あるのは家族愛にも似た
親しみと情だけで其処には
最早、色めかしい感情など
微塵も混じっていないと
自信を持って言える。
けれどもそれなのに私の胸は
何故かちり、と小さく痛んだ。

矢張り兼継にとって謙信様
以上に大切なもの等ないのだ。
今も、昔も、変わらず。

そんな物思いに何となく
自然と俯けばふとひとつの
反物に目が留まった。


(これ……)


思わず手に取ったその反物は
落ち着いた雰囲気なのに
地味に纏まっている印象はなく
上品で少し儚げな美しさが
実に謙信様に映えそうだった。


(これが、いいかもしれない)


自らが選んだ着物を纏う
謙信様のお姿を想像して
自然と笑みが零れた。

きっと見惚れてしまう程に
よくお似合いになるだろう。
うっとりと空想に浸っていれば
おや、と兼継の声がした。


「そちらになさるのですか?」

「え、ああ、はい。そうですね、こちらが良いかと……」


何となく気恥ずかしくて
俯き加減で答えれば兼継は
ふむ、と暫く私の手元のそれを
見つめて何かを考え始めた。

どうかしたのだろうか、と
小首を傾げれば兼継が徐に
閉ざしていた口を開いた。


「美依姫様」

「はい?」


「そちらは大変、殿にお似合いになりそうですね」

「え、ええ……」


もしかして真剣に謙信様に
こちらが似合うかどうかを
考えていたのかしら。
兼継は謙信様のこととなると
何事もすべて一生懸命だから
ありうるかもしれない、等と
思わず私は口元に笑みを
浮かべかけると兼継は別の
反物をひとつ手に取った。


「しかし、殿はこちらの色の方がお好みですぞ!」

「え……」


「そちらも大変素晴らしく、きっと殿によくお似合いになるでしょうが、殿の好みを考えればこちらの柄の方がきっと良いかと思いますぞ」

「え、」


「それというのも、以前こんなことがありましてな! それは小生が越後に仕えるようになって間もなくの事でして……」

「え、あの……」


それから私が口を挟む間も
与えられず長らく兼継による
殿との思い出語りは続いた。

私は時折ため息を吐いて
その話を聞き流しながら
自らが選んだ反物を
虚ろな心地で眺めていた。

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