戦ラ バSS | ナノ
愛故に_02


「今夜は良い夜だね」


謙信様は杯に浮かぶ朧月と
ひらひらと舞い散る桜を
眺めて淡い笑みを浮かべた。


「花に月、そして傍らに君がいる。これ以上はないよ」


謙信様は一口酒を口に含むと
満足げに私の髪を撫でる。
いつもならばどきどきして
胸がときめくのに今日ばかりは
何故か少し憂鬱な心地だった。

謙信様はそんな私の反応を
ちらりと横目で眺め
私の心情を知ってか知らずか
「そういえば」と話を続けた。


「今日は着物を見立ててくれたらしいね」

「え、……あ、はい」


「今まではこういったことは兼継にすべて任せっぱなしだったからね。……妻ができた、というのはこういう心地なのだね」


謙信様は嬉しそうに、そして
感慨深げに口元を綻ばせた。
何だかそれを聴いていれば
嬉しさと同じくらい、いや、
寧ろそれ以上に罪悪感のような
嫉妬心のような複雑な感情が
押し寄せて私は唇を噛んだ。

気乗りはしなかったけれども
謙信様のお耳に入り、
心待ちにしてくれている以上
出さない訳にもいかず
私はそっと包みを差し出した。


「お気に召すと良いのですが」

「君が選んでくれたものを気に入らない訳がないよ」


謙信様は杯を傍らに置いて
上機嫌で包みを解いてゆく。
はらり、と最後の封が解かれ
現れた着物を見て彼は
おや、と目を見張った。


「……これ、美依姫が選んでくれたの?」

「え、あ、はい……」


「ふうん……?」


謙信様は軽く小首を傾げ
少々納得いかない様子で
着物をじい、と眺めた。


「……あの、お気に召しませんでした?」

「え、ああ、いや。そんなことはないのだけれどね」


そうは言いながらも謙信様は
未だ着物から目を離すことなく
思案に耽っているようだった。

そんなことはない、のならば
一体なんだというのだろうか。

謙信様の手元に置かれた
着物に再び視線を移す。
色合い、柄、意匠……
今までの謙信様の衣装から
考えてみても彼の好みと大きく
外れているとは思い難かった。

ならば何故。

首を傾げかけたところで
謙信様がゆるりと口を開けた。


「違ったら、ごめんね」

「はい?」


「これは、本当に美依姫が選んだものなのかな」

「あ……」


確かに、それは私が最初に
選んだものではなかった。
色々悩んだ結果、結局兼継が
勧めたそれを選んだのだった。


「やっぱり、そうか。如何にも兼継が選びそうなものだもの。きっと兼継に横から口を出されて、押し切られたんでしょ?」


謙信様はうんざりした表情で
着物を床にぽすんと落とした。
私はその様を静かに見つめた。


「……違います」

「ん?」


「私が、これにすると決めたのです。押し切られた、というのは、少し違います」

「……美依姫?」


「私は、謙信様とお会いしてそう日が経っておりません」

「…………」


「兼継ほど、私は謙信様を知りません」

「美依姫、それは」


「致し方ないことだとはわかっております。わかってはいるのです」

「…………」


「けれども、私は謙信様のお好みの着物の色も知らなければ、柄も……。それを形成した過去も、何も知りません」

「美依姫、」


「私はもっと、誰よりも、謙信様を、」


そこまで言って私ははたと
気付いて口を閉ざした。
違う。こんな恨み言みたいな
ことを言いたいのではない。
これではまるで私が、


「嫉妬?」

「え……!?」


「もしかして、美依姫、兼継に嫉妬してるの?」

「そ、そんなことは!」


投げかけられたその言葉は
先程自分の脳裏にかすかに
過ぎったものと一緒だった。
慌てて首を振るが顔が一気に
熱を持っていくのがわかった。


「はははっ、そうか。それで今夜は何やら少し不機嫌だったんだね」

「…………」


謙信様はツボに嵌ったのか
今までに見たことないくらい
可笑しげに笑い続けている。

私は、というと恥ずかしさと
居たたまれなさで一杯で
ただただ俯くしかなかった。

綺麗な女性と謙信様が
親しげにしているのを見て
嫉妬するならばまだわかる。
過去の女性が現れて
嫉妬するのも納得できる。
しかし男性でかつ忠臣である
兼継に嫉妬するとは何事か。

自らの心の狭さ浅ましさが
恥ずかしくて堪らず
唇をきゅ、と噛み締めれば
ぐいと引き寄せられた。


「そうか、そうか。嬉しいね。まさか嫉妬の相手が兼継とは思わなかったけど」


謙信様はくすくすと笑みを零し
白く指で私の髪を撫で付けた。
それが如何にも幼子をあやす
様で思わず唇を尖らせれば
彼はゆるりとそこへ唇を重ね
私の耳元で優しく囁いた。


「ねえ、何もかも知っているなんてつまらないと思わない?」

「え……?」


「少しずつ知っていく方がきっと楽しいよ。私達はこれから長い時を共に過ごすのだからね」

「謙信様……」


ゆるゆる、と顔を上げれば
謙信様は至極優しげに
私を見つめていた。
それに応じるように柔々と
口元を崩せば「でもね」と
謙信様が言葉を続けた。


「私の方が姫よりずっと、嫉妬してると思うよ」

「え……?」


「苦楽を共にした幼馴染の忍びとか…絶対姫の初恋でしょ?」

「五右衛門はそのような…!」


「ほんと妬けるよ」


謙信様は少し不機嫌げに
視線を逸らすと杯に
入っていた酒を飲み干した。
私は不意打ちのそれにただ
慌てるしかできない。


「え、いえ! けして……」


否定せんと顔を上げかければ
ぐらり、と視界が揺れた。
先程より近く香る白檀の香りに
謙信様が私の体を持ち上げたの
だと遅れて気付いた。
突然のことに目を瞬かせて
謙信様を見つめれば彼は
にこり、と微笑んだ。



「まあ、でも私のこの傷ついた心は勿論姫が今夜、責任を持って癒してくれるんだよね?」

「え、あ、あの……!?」


ぽすん、と背中に感じるは
柔らかな布団の感触。
ふと謙信様を見上げれば
彼は何か含んだような
淡い笑みを浮かべていた。



愛故に
(嫉妬は付きもの)





→あとがき

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