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あれから数日たったけど、別に陰湿ないじめとかはなかった。強いて言うなら、廊下ですれ違うときに睨まれるくらいだろうか。
ブンちゃんは私に彼女のことを全く話さないけど、クラスの子から聞いた話では彼女はすでに12回の告白をしているらしい。だが、その効果は全く現れないのだそうだ。通りで日に日に睨みが強くなってるはずだよ。
……まあ、ブンちゃんは純粋に付き合うとか、そういうことに興味がないだけだと思う。今はジャッカルくんというテニスを語れる友達が出来て1番テニス熱が熱い時期だし。私と帰るときもジャッカルが〜と良く話にでてくる。
ってあれ。これ、私じゃなくてジャッカルくんに嫉妬した方が正しい気がするんだけど。
まあ、ブンちゃんはそう簡単に意見を変える子じゃないし、きっとあの転入生の彼女が諦める方が早いだろうな。
そう思い普通に学校生活を送っていた私だったが、それは起こった。
その日私は日直で、放課後になって全ての仕事を終えた後、さらに先生の世間話に付き合わされ遅くなってしまった。通る教室にはほとんど誰もいない。時計を見ていないが、それほど長話だったということだろう。
ブンちゃん待たせてるし、早くしないと……
そう急いで教室へ戻ろうとしたときだった。
「お前、いい加減にしろよ!」
近くからそんな声が聞こえてきた。場所は記憶に新しい例の踊り場だ。やはり死角になっていて人の姿は見えないが、聞き間違えるはずはない。この声はブンちゃんだ。
何か揉めているのだろう。止めた方がいいかなと階段に足をかける。
「だから、付き合う気は無いって何度も言ってるだろい?」
「私だって、何度も付き合ってって言った!」
もうすぐ登りきるというところで再び聞こえた会話。続いた女の子の声で、相手はあの彼女だと分かった。まさか13回目の告白現場に居合わせてしまったのだろうか。
これは……私がいけば火に油だな。
そう思い直し、足を止める。だが、どうしたものか。治まるまでここで待つ?それとも一旦降り、探してるふりをしてブンちゃんの名前を呼んでみる?
私が考えを巡らせている間にも2人の会話は続く。先ほどの会話で既に分かるが、10回以上に渡る告白にとうとうブンちゃんがキレたらしい。
うーん、どうしようか。
「……やっぱりあの幼馴染がいるから?」
「はあ?何でそうなんだよ葵は関係ねえよ」
「嘘!じゃあ、なんで付き合ってくれないの?」
「だからそれは……!」
私の名前がでてきた。やはり一度ここから離れた方がが良さそうだ。
そう思ったときだった。
「あ、」
運悪く、というかいきなり視界に現れたのはブンちゃんではなく彼女の方で。話の流れ的に彼女がこちらへ来ることを考えていなかった私はただ呆然とたっていることしか出来なかった。まさか私がいるとは思っていなかった彼女もそれは同じだったが、すぐに私を睨みつける。
「何、立ち聞き?」
「え、いや」
今まで以上の至近距離で睨まれる迫力に、しどろもどろでしか話せない自分が情けない。誰に話しかけているのかと顔を出し、私に気づいて驚いた顔のブンちゃんと目が合う。
「あんた、ほんと邪魔」
彼女はその言葉と同時に私の肩を強く押した。
"強く押した"と言っても小学生の女の子。二、三歩よろける程度の強さだ。だが、それは平面だったらの話で、ここは幅もそれほど広くない階段である。それに加え、不意打ちに来た衝撃に私の身体は耐えることが出来ず後ろに傾く。
(あ、やばい)
そう思って手すりに手を伸ばしても届かない。
嫌な浮遊感を感じたとき、上から何が起きているのか分からず呆然としているブンちゃんの姿に、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、前世の友人の姿が写ったような気がした。
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