棒が倒れた先は

あの日から一年の月日が流れた。そしてそれは私がブンちゃん以外の人とよくいるようになった……というよりブンちゃんが私を避けるようになってからも一年たったということを意味する。

私が目を覚ましたときに病室には兄さんと一緒に確かにブンちゃんはいたはずだった。なのに、先生の診察が終わって病室に入ってきた人たちの中にブンちゃんはいなかった。

正義感の強い彼のことだ。私の怪我を自分のせいだと責任を感じているのかもしれない。だから自分から話しかけにくいのだ。

そう思っていたのだけれど、実際はそう簡単な問題ではなかったらしい。

私から話しかけるも何も、まず近づいただけで避けられるようになった。さりげない感じを装っているがバレバレ。彼は自分が嘘をつくのが下手だということを自覚したほうがいい。友人からも何があったのかと聞かれたがあのことはあまり公にしたくないため、曖昧に微笑むだけにとどめた。それでもみんな何かしら感じ取って対応してくれる。ありがたい。

まあ、そんなこんなであっという間に1年経ち、ブンちゃんとの関係以外は今まで通りの生活を送ってきた。

……おとといまでは。

私は今、机の上に置いてある冊子と約30分のにらめっこを繰り広げている。手にとってみては見るものの、見たらもう後戻りができない気がしてまた手を引っ込める。

あぁ、どうしたものか。


「葵ー、ちょっと借りたいものあるんだけど」

「……ちょっと兄さんノックしてっていつも言ってるでしょ」


私のそんな文句に、悪い悪いと言いながら部屋へ入ってくる兄さん。絶対反省してないよね。それ。


「てか、お前まだ悩んでたのかよ、進路」


そういうと兄さんは私が開くことのできなかった冊子をいとも簡単に手に取りぱらぱらとめくる。くそう。今までの私の覚悟とかそういうなんかもやもやした気持ちをどうしてくれる。

ーーそう、私が悩んでいるのは進路について。今兄さんが手にしているのが立海のパンフレットでなければもう少し話は簡単だったのに。

立海大付属中学校、通称立海はこの辺りで頭の良い小学生はほとんど受験するといってもいいくらい有名な進学校だ。学業はもちろん部活動にも力を入れ特に運動部は華々しい業績が多いと聞く。それに何より、学費が他の私立と比べると比較的安く親としても受験させやすいのだろう。私の家からも電車通学にはなるもののそこまで早起きしなければならない距離ではないし、同級生でもちらほら誰々が受験するという噂を耳にする。そのなかにはもちろんブンちゃんもいるわけで。


「いいじゃねえか立海、お前の頭なら心配するこたねえだろ?」


まあ、確かに。私立とはいえ小学生レベルの問題。特別受験勉強に力を入れなくても合格はできると思うけど……。

正直、私にとって原作に関わる関わらないは大きな問題ではなくなっていた。記憶も大まかな流れくらいしか覚えてないし、何より全国大会しか見ていない私が何か原作をぶち壊すような大きな働きをするとは考えにくい。

それよりも今はブンちゃんと同じ中学校に通うことに気まずさを感じてしまう自分が嫌だった。そこまでして立海に行く理由はないし、私も受験すると聞いたブンちゃんが私を避けて立海を受けないなんてことが起きればそれこそ大問題だ。

実際のところ、私はそのまま地元の中学校に通うつもりだったのだ。しかし、親が立海の受験を勧めてきた。ここまではまあ、予想通りではあった。予想が外れたのは普段子供の意見を尊重してくれる両親が私が断っても食い下がってきたことだった。


「なんだったら氷帝でも良いんだぜ!」


ぐっ、と親指を立てて良い笑顔でこちらを見る兄さん。それは本当に勘弁してほしい。金額的なものもそうだけど、話を聞く限り跡部がいない今でさえ濃い学校生活のようでそんななか3年間も生きていける気がしない。


「そんな嫌そうな顔すんなよー。冗談は置いといてよ、心配なんだよ。母さんたちはさ」

「心配?」


急に真剣な顔になった兄さんに私も思わず聞き返す。


「そう、ほら1年前のあの子。地元の中学校行くと一緒になるだろ?」

「でもあれは……」


あの子は私に怪我させてしまったことを本当に反省していてあれ以来嫌がらせどころか挨拶するくらいには仲良くなった。それは家族も知ってるはずだ。

「わかってるよ。お前が事故だっていうならそうだったんだろう。でも、またあんなことがあったら……って考えてしまう親の気持ちも考えてやれよ。何をそんなに迷ってるのかは分かんねえけど、まあ一つの親孝行じゃん?」

「親孝行……ね」

そういえば、前世では親より先に死ぬなんていう最大の親不孝しちゃったんだよな……。それに比べて親孝行ってどれだけしたっけ?


「ま、それはまたゆっくり考えな。それよりさ、葵レターセットもってたよな?貸してほしいんだけど」

「え、いいけど誰かに手紙?」


いきなりの申し出にそう尋ねると、よくぞ聞いてくれたとばかりにニカっと笑う兄さん。え、何?


「何年か前に海に手紙流したの覚えてるか?」


あー、確かにそんなことあったな。私としてはあの幸村精市にあったことの方が印象に残ってたから。


「それが、どうかした?」

「なんと……その返事が来たんだよ、沖縄から!」

「え、ちょっとそれ詳しく教えて」


そのあとは本当に来た返事にテンション上がってあまり覚えてないけど2人で夢中になって返事を考えた。もしかしたら兄さんはわざと私の気分転換できるような材料を持って話に来たのだろうか。いや、兄さんだからよく分からないな。でもまあ、とりあえずこの手紙を出しに行ったらパンフレットを読んでみよう。そしてお母さんたちともちゃんと話し合って決めるんだ。後悔しないように。
/
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -