HyperVentilation
サンジがはじめてこちらの世界に来る日は定時に帰るためにそれはもう頑張った。
あらゆる書類を「出来てます!」と差し出す私はさながら3分料理番組のようで、サンジの料理の手際に近付けた気がして嬉しさを感じた。

来てもらった時ぐらいは何かを作りたいと思ったものの元々料理が得意ではない私は、先程とは一転して無難なはずのカレーの準備に時間がかかっていた。
丁度そこにサンジが現れて一瞬で状況を理解し、スルスルという表現がぴったりの手際で野菜の皮を剥き始めた。

結局こうなってしまった事の申し訳なさと恥ずかしさと手持ち無沙汰感で気まずさを感じた矢先に炊飯器がピーピーと音を立ててくれた。
よかった、とりあえずご飯をほぐしておこうと蓋を開けた瞬間サンジが凄い勢いで振り返る。
「***ちゃん、なんだいそれは!?」
「炊飯器っていうんだよ。お米を研いで水に浸けておけば炊き上がるの」
「へえ、***ちゃんの世界には凄いものがあるんだね」
「サンジみたいにお鍋で炊いたほうが断然美味しいけどね」

そんな会話をしながらいつの間にかカレーが出来上がっていた。(ルーは勿論いちから作ったようだ)
仕事のあとに誰かが作ってくれた食事を摂るのは随分久しぶりで「幸せだなぁ」という言葉が思わず口をついて出て、大袈裟だと笑うサンジもどこか嬉しそうだ。

食べ終わった食器を下げようと思った時、携帯が嫌な音を立てて振動した。
「はい、もしもし。…お疲れさまです、主任」
トラブルを伝える電話をこれほどまで取りたくなかった事はあっただろうか。
「今日はもう遅いから戻ってこなくていい。けれど、リモートデスクトップで自宅から対応してくれないか」
「…わかりました。すぐに処理します」
八つ当たりのように電源ボタンを強くタップして顔を上げると、食器を洗い終えたサンジが「おれは明日の仕込みがあるからそろそろ戻るよ。***ちゃん、今日はありがとうね」と私の頭を撫でてクローゼットに入っていった。

サンジの事だからきっと今の話を聞いて気を遣ってくれたのだろう。
突然一人になってしまった寂しさを塞き止めるように勢いよくパソコンを開き、メールにざっと目を通したのちに複雑に関数が組まれたエクセルの海に沈み込んで行った。

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もう少し***ちゃんと一緒に居たかったな。
顔のない四角い電伝虫に邪魔をされて舌打ちしたい気分だったけれど、***ちゃんにとってはこの世界で生きる上で必要な事なんだと解っているから嘘をついて戻ってきた。明日の仕込みなんてあっちに行く前に終わらせたに決まっているだろう。

それにしても***ちゃんは今から仕事を始めたら一体何時に終わるのだろう。
徹夜をしたという話は何度か聞いていたし無理をしすぎだと思う。
それでも決して弱音を吐かないところや、仕事の話を聞かせてくれるときの凛とした表情に惹かれているのもまた事実で。

それならばその支えになればいい話だ、と結論は実に簡単なものだった。
少しでも長く眠っていられるように***ちゃんに朝食を作ろう。
早朝に再びクローゼットから出てきたおれの目に飛び込んできたのは、おれ達が昨日カレーを食べたテーブルに頬を付けて眠る***ちゃんだった。

***ちゃんの頭上にある2枚に組み合わせられた板が薄青く光り、さっきまでは起きていたという事が窺える。
この子は本当に頑張り過ぎなんだ。
おれが着ていたジャケットを起こさないようにそっと肩に掛けたあと台所に立ってお握りを作った。
炊飯器の隣に置いてあったラップの用途をなんとなく理解したので、お握りを乗せた皿をそれで包む。

皿をテーブルに置き、帰り際に昨晩と同じように***ちゃんの頭をそっと撫でた。
そのときに微かに表情が緩んだと自惚れてもいいだろうか。


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