unplugged.
ウソップの試作品の透明人間になれるとかいう薬を飲んだら本当に透明になった。

チョッパーが錠剤を叩き割ってあらゆる分析をして「毒性もないし効果は出たとしても数時間ってとこだな」とご丁寧に(むしろ薬が効くのかどうか知りたいという好奇心で調べた感が滲み出ていた)お墨付きをくれた。

正直ウソップの実験台になるのは癪だったが、毒性がないのならまあ良いか、もし本当に効くのならやってみたい事もあるし、とおれにしては素直に薬を飲み込んだ。

自分では特に変化は感じなかったものの周りからはおれが突然姿を消したように見えたようで「サンジが消えた!」という騒ぎが始まった。
「透明になっただけならその辺にいるんじゃないかしら」というナミさんの一言に「どこだー?」と体をあらゆる方向に伸ばすルフィ。マリモまで刀に手をかけて探し始めようとした。
透明なのをいいことに蹴りを入れてやろうとも思ったがそれどころではない。"やってみたい事"の実現のためにおれは***ちゃんの世界へと急いだ。

ああよかった、まだ家を出る時間ではないようだ。
そう、おれはずっと***ちゃんが仕事をしているところを見てみたいと思っていた。
きっと真剣な表情をするのだろう。普段おれには見せない姿がどんなものなのか知りたかった。
覗き見のような形になるのは不本意ではあるが、会社というところは誰でも中に入れるわけではないらしいのでこの際仕方がない。

身支度をする姿は流石に見てはいけない気がして外でじっと待った。
どうやら透明なこの体は壁を抜けられるらしく、ドアを開ける必要がなかった。まるでヌケヌケの実のようだ。
しばらくして***ちゃんが出てきた。戸締まりを後ろから一緒に確認し、ついて行く。

少し歩くと巨大なターミナルのような場所に着いた。
***ちゃんは慣れた手付きでカードをかざし、ピッという音と共に足元の扉が開く。おれはここでも扉をすり抜けられてほっとした。

階段を登った先にちょうど列車が滑り込んできた。
座席は先に乗っていた人達でいっぱいのようで***ちゃんはドアの近くに立ってポールを握り、控え目な欠伸をひとつ溢した。

「次は○○です」と頭上から声が降ってきて3つ目、列車から降りた。
また先刻と同じようにカードをかざして扉を開き、ターミナルを出る。
会社はそこからそれほど遠くなかった。

***ちゃんは中に入って既に出勤していた人達に「おはようございます」と挨拶をした。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して透明なボトルに注ぎ、引き出しに入っていたティーバッグを入れて蓋をする。水出しアイスティーだ。
それぐらいおれが用意して毎朝持たせてあげるのに…と残念に思いながらも、無駄のない動きからそれが***ちゃんの習慣なんだと窺い知れて嬉しさも感じた。
引き出しをもう一度開け、チョコレートを一粒口に入れると仕事に取りかかり始めた。

そこからの***ちゃんはまるで別人のようだった。
なにかを打ち込み、紙に出力し、確認したという証に色を付けていく。
***ちゃんの苗字が書かれた赤い印を押し、いつも話に出てくる主任とかいうオッサンからGOサインを貰ったあと再び机に向かう。
「お世話になっております。過日ご依頼を頂いた件につきましては、…」
すごい速さで文字を入力していき「よし送信!っと」と呟いて息をふぅ、と吐いた瞬間だけいつもおれが見ている表情に戻った。

再び書類と向き合っていたところで***ちゃんの机の電伝虫が鳴る。
「はい、総務課です。…お世話になっております。はい、どういった件でしょうか」
おれ達とどんなに仲良くなっても礼儀は決して崩さない丁寧さがここから垣間見えた気がした。
こっちの世界の電伝虫では表情までは相手に伝わらないらしいが、それでも***ちゃんは笑顔を絶やさない。
そもそも電伝虫が鳴るまでは急ぎの作業をしていたはずなのに、最後まで急かすような口調にならなかった。

切った電伝虫がまた鳴りはじめた。
「はい、総務課です。…お疲れさまです!少々お待ちください」
***ちゃんが少し離れた席にいる男に声をかけた。
「経理課の...さんからです!この前の件みたいです」
「えー!?俺はいないって事にしてよ***ちゃん!ここにいるのは残像だから」
「残像はそんなに奥行きがありません!転送します!」
笑いながら電伝虫のボタンを押す***ちゃんと、なんだかんだ笑いながら電伝虫を取って片手を挙げて礼を言う男。
妬かないわけではないが、周りの人達もクスクス笑っていて職場全体が楽しそうな空気だ。ああよかった、という安堵を同時に覚えた。

ふと時計に目をやる。そろそろ昼食の支度の時間だ。薬の効果も切れる頃だろう。
まだ***ちゃんを見ていたい気持ちがあったが、そっとその場を後にした。

言いようもない愛しさと切なさに胸が苦しい。
おれが今できる事を精一杯やろう。
最近は「ノー残業デー」にはきちんと帰れると言っていたし、今日の夕食に招待しよう。
これ以上にないぐらいの料理を作ろう。

会えない時間が恋心を加速させると言ったのはどこのどいつだろう。
正確には「自分を感知していない相手の姿が恋心を加速させる」じゃないのだろうか。
今まで知らなかった表情もあったけれど、やっぱり***ちゃんは***ちゃんだ。
列車の乗り方を必死で思い出しながら、頭の中でレシピを組み立てた。

(こんばんは!招待ありがとう)
(どういたしまして。ところで明日から水出しアイスティー持っていかないかい?)
(え、いいの?職場で毎朝淹れてるから助かる!)
(サンジくんってストーカーよね…)
(ナミすゎん!なにを言い出すんだい!!)
(!?!?)


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