ゆうべの女子会、楽しかったなぁ。
B組の女の子達も一緒でさ。みんなで輪になって、食べたお菓子はおいしかった。
途中、ちょっと我を忘れてというかあの時は妙に焦ってというかうっかりというかで葉隠さんと芦戸さんを浮かせちゃったりもしたワケやけど。でもみんなで集まって色んなこと話す機会って反省会以外でそんなにないから新鮮だった。まさか芦戸さんの好きなタイプが最終的に黒影に行きつくとは! ゆうべ来られんかった小森さんや取蔭さん、角取さんも一緒に、またお話できればいいなぁ。
……も、もう恋バナは勘弁やけど!?
そんな、何にもないところを!?
ムリしてひねり出すもんでもないやろうし!?
――というのはまぁ、置いといて。
ハプニングもあったけど賑やかでワクワクした行きしなのバス。
急に放り出されて、吐きながら、死に物狂いで走った森の中。
次の日から嘔吐連続の個性訓練。
疲れ切った中でのカレー作り。
峰田くんののぞきを阻止したおフロ。
その後、みんなで盛り上がった女子会。
今日で三日目。
全日程一週間のうちのまだ折り返しにも届いてないのに、もう色んなことがあって笑ったり吐いたりドキドキしたり吐いたりと忙しくて目まぐるしい。 怒られることもあるけれど。
……割と頻繁に吐くなあ。
演習試験、思ったよりギリギリやったし。
けど。

「お茶子ちゃん」
やさしい声がかかって瞼を開くと、大きな瞳が愛らしい、梅雨ちゃんがのぞき込んでいた。両手にそれぞれ一つ、カップを持っていて、私が気付くと一つ、差し出してくれた。
「大丈夫?お水も飲んでないみたいだったから、心配したの」
「ありがとう……!飲みたかったんやけど、人多くて、気分悪くて並べんくて……」
「無理もないわ。ずっと転がっていたもの」
「私見ていたの。お茶子ちゃん、今日も頑張っていたのね」ケロリと一つ鳴いて、そんな風に言ってくれて嬉しくくすぐったくなってしまう。頬がゆるむ。
「梅雨ちゃんのことも見えたよ。メッチャ崖登ってたねぇ」
「全身とベロを鍛えているのよ」
「ベロめっちゃ凄いもんねえ!」
「ケロケロケロ……照れちゃうわ」
エヘヘ、ケロケロ、と笑い合って、もらったお水も飲んでいると、吐き気も少しおさまったような気がする。
「あ!麗日ぁ大丈夫?」
「お茶子ちゃんグルングルンしてたもんねー!」
芦戸さんと透ちゃんがタタターッと走ってきた。心配そうな顔に「ちょっと休んだら楽んなったよ」と返して立ち上がろうとしたけど、みんなに止められてしまった。ありがたく受け取って、でもみんなも疲れているだろうし、同じ大きな木陰の下に座ってもらう。
「目ェ超回りそうだよね!超速コーヒーカップ!」
「お隣……私もお邪魔してよろしいでしょうか」
「わぁ!八百万さんもツラそうだ……!」
耳郎さんと、顔色の悪い八百万さんもやって来た。八百万さんは、この炎天下で、ひたすら甘い物を食べているというので、それはさぞ気分も悪かろう。お隣を案内して、またお水をゴクリ。
「ヤオモモのチョコってアレ溶けないの?真夏で」
「まず個性で冷風機を創りましたの……」
「さすが」
「砂藤もヤオモモがいて良かったよね……。あのケーキの量はヤバイ」
「いえ、でも皆さん身体を動かして鍛えていますのに、私は椅子に座っているので、身体の疲労はさほどないのです」
「その代わり胃が!ヤバイでしょ!お水飲んでお水!」
「予想以上に、訓練スゴいよねぇ……」
「ケロ。さすが雄英ね、合宿は一週間だけだけれど、とっても強くなりそうだわ。私の個性」
満足そうに笑う梅雨ちゃんに、私達もつられる。
ヒーロー仮免許の取得を目指すという具体的な目標が据えられて、みんなそれぞれ自分の限界の、一歩向こうを越えようと過酷な訓練に身をやつす毎日。
学校では座学の割合も多いので、こんなに毎日時間のすべてを個性の実践に費やすなんて新鮮だし、プロヒーロー監修のもと行えるなんて贅沢すぎる環境。ここで、今よりももっと強くなる。強くなって、私もヒーローに。 ふと周りを見ると、みんな強いカオをしていた。志を同じくする子がたくさんいる。心強く、身が引き締まる思いだ。この後ももうひとふんばり、頑張れそう!
梅雨ちゃんに八百万さんに透ちゃんに耳郎さんに芦戸さん。みんなで笑い合う。
あれ、何か違和感ある。
なんだろう。
ああそうか。
そういえば。
「……燐子ちゃん全然見ないねぇ」
もうひとり、燐子ちゃんがいないんだ。
給水エリアの方や広場の方に目をやっても、あの目立つ赤色は見当たらない。
「ああ。燐子ねえ休憩来ないんだよね」
「お昼ゴハンくらいだよねー」
「昼食にはいつの間にかいるよね、列に」
「食欲があるのはいい事ですわ」
「そりゃそうだあ」
訓練内容やそれ専用の地形によって、訓練中全く姿を見せない人もいて。燐子ちゃんもその一人だ。私は主に転がりながら色んな場所を常に移動しているので、クライミングしてる梅雨ちゃんもお菓子を食べ続けてる砂藤くんや八百万さんも二人してドラム缶にお世話になってる爆豪くん轟くんも虎さんにしごかれてるデクくんも、頑張っている色んな人の姿を目にしている。たまにタイミングが合って、飯田くんと並走(転)することもある。A組で見かけないのは常闇くんや上鳴くんや口田くんや燐子ちゃんくらいだ。口田くんは声聴こえてくるな。上鳴くんについては、ウェイウェイという、雄叫びのようなものが……。
「燐子ちゃんは洞窟にいるからねぇ。見えないよー姿は」
「洞窟?」
「常闇くんとみたいに、ずっとこもってるんだって!」
「そうなんや……」
常闇くんはポツポツ見かけるなあ。闇の中では凶暴化する黒影を相手にし続けるのは大変だろうから、休憩はやっぱり大事だ。光のあるところに出ると、力も弱まるからと、フラフラ給水スペースまで出てくるのをよく見つける。
でも燐子ちゃんは休憩時間になっても人のいるところに来ないし、お昼ごはんとか訓練後のごはん作りの時間になってやっと戻ってくる。何が言いたいのかというと、心配なのだ。熱中症で倒れてはいないだろうか。いや、自己管理が行き届いた子なので、大丈夫だとは思うけど。
「なんかねェ『カマド番してる』って言ってた!」と声を上げるのは芦戸さんだ。
「カマド番?」
「鉄哲が火を欲してるから、あぶってあげてるんだって」
「何ソレ」
「鉄哲さんは、炙られているのですか!?」
「火あぶりの刑……!?」
「魔女裁判的な」
洞窟にこもって鉄哲くんを火あぶりの刑に処している……?拷問?と変な想像をしかけて、そんなワケないやろと手で打ち消した。
「ちゃんと休んでるんかな……」
合宿中もいつものあの感じで、さすがに疲れてはいそうだけど、それでも倒れ込む寸前の私たちを介抱したりなぐさめてくれる、どこか余裕が感じられるような。けど相澤先生が、それも彼女に殊更厳しいのではという疑いが期末試験で濃厚となったあの相澤先生が、軽々こなせるような訓練を燐子ちゃんに課すわけがない。それに今回の訓練は生徒それぞれが『限界突破』するようなメニューを組まれている。
「でも一人じゃないなら安心やね」
「そうね。それに大丈夫よ、ラグドールや先生達が巡回してくれているもの」
「ラグドールの個性ってすごいよねぇ。超便利」
「マンダレイのテレパスも楽しいよねえ!」
「たった六人でこの大所帯管理できるなんて、本当スゴいねプロって」
ひと癖もふた癖もあるヒーロー科の強烈な個性達を前に、一人ひとりに的確な指導と助言をしてくれることのありがたさよ……。
まだまだ未熟やし演習は赤点スレスレだったけど、それでも入学した頃とは比べ物にならんやろうなぁと思う。やっぱり戦闘も個性も思いっきりできる環境があるのと、指導者がいるのはとっても大きい。
先生がいる方へ向かって南無南無と手を合わせる。
梅雨ちゃんが首を傾げてケロッと鳴いた。
かわいい。

「お茶子ちゃん、お茶子ちゃん」
指で肩をつつかれて、振り返ると燐子ちゃんがくじを片手に後ろに立っていた。今日のお部屋着もかわいいな、と思いながらどうしたのと尋ねる。周りではまだ運命のくじ引きの真っ最中で、今は峰田くんの妙な気合いというか雄叫びの声がこだましている。また何かよからぬコト企んどるんやろなあ。と同時にムチのような音が聞こえたので、きっと梅雨ちゃんの成敗だろう。
「クジ何番だった?わたし八番なんだぁ」
「私は五番だよ。ちがう組やねぇ」
「ねぇ交換しない?」
「えっ、くじを?」
ひらひらと数字の書かれたくじを振ってそんなことを言うので、驚いてしまった。だってまだ、みんな番号開示もしてないやん。
「そう。クジを」
「なんで?」
「八番のペアが、緑谷くんだから?」
「デ」
素敵な笑顔のまんま、事もなげに言われた言葉に一瞬息が詰まってしまった。
…………、
……………………、
…………ウワアアア!
な、な、なんてこと言うん燐子ちゃん!?
「わたし後ろにいたから見えちゃってさ」
「うっ。な、なん、ペペペペアがデクくんやったらなんでウチにっ」
「わあお茶子ちゃん。みんなに聞こえちゃう」
「デ、……燐子ちゃん、デクくんのこと嫌いなん!?」
「もちろん嫌いじゃないよ?でもお茶子ちゃんがペアになった方が、うれしいかと思って。お互いに」
「お、お互いて……!?私はそん、そんなん別に」
「そっか。じゃあ交換いらない?」
「…………、…………、し」
「四?」
「し…………し、シマ」
「七番!七番は誰だろうか!?」
…………。
……………………。
「三番の人――」
「六!六番おっぱいは誰だ――!?」
「二番って誰だ?」
「ハ!?テメェナメプ、二番かよ!!」」
「私五番なの。同じ番号の人、いるかしら?」
「は、八番の人は……」
「……はぁい。わたしだよ八番〜」
「あ。轟さん」デクくんがこっちを向く。
魅惑的な瞳をキュッと細めて「残念」小さく笑って、タカタカッと走って行ってしまった。
「よろしく〜頼りにしてるよ男の子〜」
「エッガッ頑張リマス……!?」
「……梅雨ちゃん」
「お茶子ちゃん。もしかして五番?」
「うん。よろしく!」
梅雨ちゃんと笑い合いながら、モヤモヤモヤ。
何かが変わったわけじゃないのに、
なんだか大きく損をしたような気持ちになって。
でも握ってるんは確かに自分が引いたくじで。
おかしいな。
梅雨ちゃん大好きなのに。
ペアになれてうれしいのに。
何やってるんやろ私。
せっかく燐子ちゃんが――
――いや何やせっかくて!?
そんなんちゃう全然ちゃうし何も―― ――ああでも一秒。
一秒だ。
あと一秒あったら。
私、なんて答えてたんかな。


「二人共カァイイねえ」
肌にまとわりついてくるような声と狂気に満ちた笑顔が向けられる。
左腕が刺すように痛む。
――いや、刺された。
肝試しの最中、月明かりと梅雨ちゃんを頼りに歩いていた森の中、茂みから音がしたのと同時に振り返った瞬間――すぐそこまで迫ってきていたナイフ。
――とっさに躱したけど、避けきれんかった。
負傷した左腕を抑えながら、相手の姿を確認する。
「麗日さんと、蛙吹さん」
セーラー服を着た女の子。
私たちと同じような年ごろの子だ。
明るい色の髪の毛をおだんごにしている。
ガスマスク?いかついマスクをしている。
マスクからはチューブみたいなものが何本も伸びていて、後ろにつながっている?
かすってしまって微量、血がついたナイフを、
嬉しそうに、とても大事そうに持ってる。
マンダレイのテレパスで得た情報。
敵襲撃。
「名前バレとる……」
「体育祭かしら……、何にせよ、情報は割れてるってことね、不利よ」
そして、戦闘許可。
「血が少ないとね、ダメです」
――なんで?
――敵は来ないんじゃなかったん?
「普段は切り口からチウチウと……その……吸い出しちゃうのですが」
――なんで私たちに?
――この子は敵二名とは別の人?
――他にもいる?みんな危ない?
「この機械は刺すだけでチウチウするだけでお仕事が大変捗るとのことでした」
――出発地点にはピクシーボブ、マンダレイに虎、
――もうちょっと先の中間地点にはラグドールがいる。
――施設には相澤先生とブラドキング。
――どこかに、どこかに行かなくちゃ。
「刺すね」
――まずこの子どうにかせんと!
緩慢な仕草で、空いてる手に注射器のようなものを構えて、ついに駆け出した女の子に身体が一瞬こわばった。
「――お茶子ちゃん」
腰にグルグルッと巻きつく梅雨ちゃんのベロ――
浮上感。個性を使ってない、浮遊感。
「施設へ走って!」
放り投げられたと気付く。
「戦闘許可は『敵を倒せ』じゃなく『身を守れ』ってことよ。相澤先生はそういう人よ」
「梅雨ちゃんも!!」
「もちろん私も……」
不安定な体勢の中、梅雨ちゃんがベロを縮める前に切り付けられたのが見えた。かっと頭が熱くなる。
「梅雨ちゃん……梅雨ちゃんっ!」
「カァイイ呼び方」下げたマスクから覗く、不気味な笑顔。
一瞬、個性で自重をなくして体勢を整え、解除して着地に備える。
「私もそう呼ぶね」
「やめて。そう呼んで欲しいのは、お友だちになりたい人だけなの」
はやく。
はやく――はやく!
「や――――」場にそぐわない歓喜の声。
「じゃあ私もお友だちね!やったあ!」
長くて艶のある綺麗な、梅雨ちゃんの髪の毛が。
手馴れた動作で木に捕えつけられる。
茂みの上に着地する。体勢が不十分で初動が遅れる。
小枝がバキバキと手の平の下で折れる。
動けない梅雨ちゃんに駆けよる軽やかな足取り。
「血ィ出てるねえ、お友だちの梅雨ちゃん!」
間に合って。
もっと、もっとはやく走れ!
「カァイイねえ、血って私大好きだよ」
「――――離れて!」
振り向きざまに向かってくるナイフ。
――ナイフ相手には!!
片足軸回転で相手の直線上から消え、
武器持った腕がピンと張って、
勢い殺せず体勢崩した相手の、
手首と首ねっこを掴み、
――おもっくそ押し!
――そんで、引く!
うつ伏せで地面に倒し、ナイフを持った手を首は掴んだまま乗っかる。
確保したらスグ拘束だ。
私服だし手ぶらだし、拘束できるものなんかないから、梅雨ちゃんのベロの回復を少し待つことになる。ああ、括り付けられている髪を解きに行きたいけど動けない。呼吸を整える。
心臓がバクバク言ってる。
通用した。
友だちが危ない時に、助けることができた。
ガンヘッドさん。
――デクくん。
「今日はとってもいい日です」
今この状況を分かっているのか、というような様子で、敵が笑いかけてくる。
ぞっとするこの笑顔は何なのか。
こんな風に笑う人を、見たことがない。
「カァイイお友達が、三人もできちゃう」
「…………三人……?」
動かないで、という意思を握力に込めるものの、痛がる様子はまったくない。気にしていないのか。三人、という数字に訝しむ。お友だちになったつもりは全くないけれど、この子が会ったのは梅雨ちゃんと私だけ。のはずだ。そして今、彼女は私に捕まっている。
――でもそうだ、この子だけじゃない。
私達と同様、生徒だけでいるところを狙われている人が他にもいるはずだ。それに、マンダレイが言ってた、敵連合の目的のこともある。
――と言っても、あの爆豪くんを、この子がどうにかできるとは思えんけど……。
加えて、途中で仲たがいにでもなっていなければ、まだ轟くんといるはずだ。
単独戦闘を禁じられているから、轟くんなら絶対に離したりしないだろう。 その二人が一緒にいるなら、正直怖い者なしじゃないんかな。と考えてしまうのは楽観的過ぎるんかな。
「……爆豪くんは、敵と友達になったりせぇへんよ」
そもそも彼は、基本的に誰と仲良くしようだとか、お友だちだとか、そういうことを考える人じゃない。ついでに可愛さとは程遠く、筋肉ムキムキの爆発的に短気な男子だ。切島くんや瀬呂くん達とは、何だかんだ仲良さそうに見えるけど――
「違いますよ」
「違う?」
「爆豪くんは弔くんが会いたい人です。私が会いたいのはカァイイ子です。女の子ですよ」
――意思が統一されてない。
――目的も一つじゃない!
「ふふっ、早く会いたいなあ。お友だちになりたいなあ!」

「真っ赤な髪の、女の子」

数十分前に見た、綺麗な笑顔がよみがえる。
――――背筋が凍った。
「あぁ素敵。素敵です。血のような髪の女の子。血飛沫をまとった女の子。なんて素敵なんでしょう。早く血まみれにしたいなあ!」
梅雨ちゃんの方を見た。
血の気が引いた表情をしている。多分私も似たような顔をしてるんだろう。 『残念』と囁いたあの子はデクくんとペアで。
デクくんは敵の目的を、多分単体で暴いてる。
マンダレイは『かっちゃん』が誰なのか、わかってないからあの伝え方になった。
始めは交戦せずに撤退を指示してたマンダレイが相澤先生からの戦闘許可を伝えてる。
――どっちにもデクくんが関わってる。
そんで。
そんで多分、クラスの皆もわかってる。
デクくんが単独で会敵してるってことは。
燐子ちゃんは?
「どこにいるのでしょう」
「きっとスグ分かるね」
「キレイな炎で」
「スグ聞こえるね」
「カァイイ悲鳴が」
「早く見たいなあ」
「会いたいなあ」
「血まみれになったあの子は、きっとすっごくカァイイね……」
鳥のような子だと思った。
自由で、奔放で、どこにでも一人で行ってしまう。
小鳥のような女の子。
小柄で華やかで、
鈴の鳴るような声でさえずる。
私の名前を大切に大切に、
やわらかく包んだように呼んでくれる子だった。
涙がにじんでくる。
「させへん……」さらに力を込める。
「燐子ちゃんは優しいから、きっと私のお名前も呼んでくれるねえ」
「させへん!あなたはここで捕まるの、燐子ちゃんには絶対会わせんからっ」
「お茶子ちゃん……あなたも素敵。私と同じ匂いがする」
色々と言動が狂気じみていて、本当に怖い。
梅雨ちゃんがベロで、髪を捕えている針を抜こうとしている。
はやく縛っちゃいたい。
「好きな人がいますよね」
怖い。
「そしてその人みたくなりたいって思ってますよね。わかるんです。乙女だもん」
もう本当に。
何……、何なんこの人……。
「好きな人と同じになりたいよね。当然だよね、同じもの身につけたりしちゃうよね、でもだんだん満足できなくなっちゃうよね、その人そのものになりたくなっちゃうよね、しょうがないよね。――あなたの好みはどんな人?私はボロボロで血の香りがする人、大好きです。だから最期はいつも切り刻むの……」
梅雨ちゃん。
「ねえお茶子ちゃん楽しいねえ」
これ以上聴いてたら――
おかしくなりそうだ。
「恋バナ楽しいねえ!」
太ももに――鋭い痛み。
梅雨ちゃんが声を上げる。
痛みと共に、吸い上げられる間隔。
「チウ、チウ」
楽しそうな声が微かに聞こえる。
首を掴んでいた方の手で、針を抜こうとする。
「麗日!?」
よく知った――いつもは冷静な声が、ひときわ大きく響いた。
障子くんの声だ。
茂みをかき分けるもう一つの音も。
――その瞬間、針が抜ける嫌な感覚と痛みが走って――急に起き上がった敵に突き飛ばされた。しまった、と思っても遅く、尻もちをついてる間に立ち上がって走っていく。無事に脱出できた梅雨ちゃんがこちらへ寄ってくる。障子くんの背中にはボロボロのデクくんがいて、轟くんは円場くんを背負ってる。
「何だ、今の女……」
「敵よ。クレイジーよ」
「麗日さん、ケガを……!!」
「大丈夫、全然歩けるし……っていうかデクくんの方が……!」
「立ち止まってる場合か。早く行こう」
「とりあえず、無事でよかった……」
デクくんの方がボロボロなのに――こんな時でも、やっぱりデクくんだ。 「そうだ、一緒に来て!僕ら今、かっちゃんの護衛をしつつ施設に向かってるんだ」
「…………ん?」
爆豪くんを護衛?
「――その爆豪ちゃんは、どこにいるの?」


相澤先生の顔を見ることができたのは、どれくらい経ってからだっただろうか。
大ケガをして、無茶を繰り返して、それで、這いつくばるデクくんの姿を見つけたとき、何とも言えない気持ちになった。轟くんも、常闇くんも、障子くんも、こちらを向かなかった。絶叫がこだまする中、少し離れたところに青山くんが立っていて、私と梅雨ちゃんに気が付くと泣き出しそうな顔をした。それでもう、察してしまった。
気力だけで動いているようなものだったデクくんはあれからすぐに意識を失って、障子くんが背負い直そうとして個性で浮かせようとした私を震える声で制止した。他の子に使ってやってほしいと。一言そうこぼした。障子くん自身が、その重みを欲しているようだった。
近くには耳郎さんと透ちゃんが倒れていた。装着しているガスマスクは、八百万さんが創ったのだと青山くんが言った。梅雨ちゃんがベロで二人を固定して、個性で浮かせる。デクくんも、耳郎さんも透ちゃんも、早く病院へ連れて行かなければ。施設まで距離のある道のりを、丁寧に、迅速に運んだ。途中で小大さんに出会う。塩崎さんを背負っていた。もっと進むと、鉄哲くんと黒色くんを引きずる拳藤さんがいた。走っている泡瀬くんの背中には八百万さんがいた。回原くんと凡戸くんが倒れている。個性を。個性を使わなきゃ。こういう時に私の個性は役に立つ。みんなを浮かせて、すぐに運んで、あと誰がいる?誰がいないの?早くみんなを見つけて、早く、個性を、
「お茶子ちゃん」
シャツの裾を引っ張られてつんのめる。
梅雨ちゃんだった。
「お茶子ちゃんも一度施設へ戻りましょう。腕と足を怪我しているもの」
「私は、大丈夫やからこんなん。それより早くみんな見つけんと……」
「血がまだ出ているわ。それに、吸われていたでしょう」
「…………」
「私たちは戻らないと。みんな施設を目指しているわ。それに、誰がいて、誰がいないかも一度戻らないとわからないのよ」
先を進む。けれど、今自分から見えない茂みの向こうや木の陰に、誰かが倒れていやしないかと思うと気が気じゃなかった。
身体も、心もずっしりと重くて、施設の前までたどり着いた時に足がもつれて倒れ込んでしまった。緊急車両がたくさん停まってる。とにかくもう辺りは騒がしくて、警察や消防の人達が慌ただしく駆け回っていた。梅雨ちゃんが救急隊から消毒や止血の道具を借りてきてくれて、簡単な手当てを受ける。何も話せずに、されるがままになっていると、温い夜風が木が燃える匂いや、爆ぜたような匂い、うっすらガスのような匂いを運んでくる。もくもくと煙が上がっていて、こんな大自然の中にいるのに空気がひどく重い。 意識のない人はすぐに担架へ乗せられて車両の中へ運び込まれていく。警察車両には敵と思しき人が何名か、拘束されてシェルターへ押し込まれていた。怒号のような声が耳につく。私達が対峙したあの敵がいない。入口のところにマンダレイがいて、指示を飛ばしている。二階の窓からはブラドキングと警察の人がこちらを見下ろして何かを話している。空いた窓から飯田くん達がこちらへ何かを呼びかけている。
少しして、森の方から相澤先生がやってくるのが見えた。骨抜くんと鎌切くんを抱える相澤先生が視界に入ると、こらえていた涙がボロッと落ちる。目が合って、慌ててぬぐい、駆け寄り個性を使う。捕縛布で自分と生徒を何人も、無理矢理固定して運んできたようだった。いつもの何倍にも刻まれた眉間のシワが、私を見て少しゆるんだような気がしたのは、気のせいなのか。ありがとう、と言われて、みんなから言われて、奥歯をぐっと噛んだ。 連れてきた全員を救急隊員に引き渡して、先生がマンダレイのところへ走った。マンダレイはクリップボードを持っていて、先生に何かを言われるとペンで書くような動作をしている。慌てて私も駆け寄った。きっとマンダレイが把握してる。
「マンダレイーー」
「麗日さん。その手足――」
「処置はしてます――あと誰が、全員いますか!?」
「待って今数えるから……姿を確認したのは、A組蛙吹さん、麗日さん、耳郎さん、葉隠さん、障子くん、緑谷くん、轟くん、青山くん、常闇くん、八百万さん」
真っ白な用紙に乱雑に書き連ねられた生徒の名前。マンダレイが一人ひとり読み上げるのももどかしくて、脇からそれをのぞき込む。反対側にいる先生も同じだった。こちらの様子が伝わったのか、警官に施設へ誘導されかけていた常闇くんと轟くんがこちらへやって来る。青山くんはもう入っていったのか。障子くんは病院行きだ。
「施設にいるのは飯田くん、尾白くん、口田くん、峰田くん、上鳴くん、切島くん、芦戸さん、瀬呂くん、砂藤くんで……」声に出しながら数えていただろうマンダレイが、その先を言わない。身体がぶるっと震えた。
「十九名だ」
先生が言った。感情の読めない声だ。
「……連れ去られた爆豪を除いても、あと一人足りない」
轟くんを見る。
オッドアイの瞳が、見開かれる。
「まだ――戻ってないんですか……?」
震えが止まらない。
「デクくん一人で、だから私――飯田くん達と、施設に戻ってるんじゃないかって――」
「戻るように指示してから、緑谷くんが光汰を探しに飛び出して……、轟さん、だけは彼を追いかけた。ヤバそうだったら連れ戻すか座標共有するって」
「でもデクくん見てないって!!」
叫ぶような声が出た。
ボロボロッと、零れ落ちる。
「私達を襲った敵……、燐子ちゃんを、探してました……」
「…………途中で、何かあった……!?」唸るような、マンダレイの声がする。
「ガス、たまってたエリア、とはちゃうやん……っ、けど、……ッ帰って来てへんって何……!?」
「――もう一度見て来る」
じゃり、と砂を蹴る音と。顔を上げると、先生はもう背中を向けていて、今にも走り出そうとしていたところを呼び止めたのは轟くんだ。
「俺も行きます」
「轟…………」
「俺も――俺も、探しに」
数秒間。
先生は、迷ったようだった。
でもすぐに「駄目だ」と答える。
「施設に入ってろ。連れてすぐに戻る」
「待ってイレイザー!虎と、捜索隊も出動してもらうから――」マンダレイが言い終える前に、どんどん遠くなっていく背中。真っ暗な森に同化して、すぐに見えなくなってしまった。
「……君達もホラ、心配なのはわかるけど」施設へと促すマンダレイに、相澤先生の指示もあって、他にできることもなく、建物の中へ入ることになる。梅雨ちゃんも一連のやりとりを聞いていたようで、ケロ、と元気なさそうに鳴いて、そっと手を握られた。
「……大丈夫よ、きっとすぐに先生が見つけてくれるわ」
「……うん……」
「……轟ちゃんも」
「…………わかってる」
かけられる言葉がなかった。
足が重くて、進んでる感じがしなかった。バタバタといくつもの足音が階段を駆け下りてきて、私達のところへ向かってくる。衝撃が加わって、誰かの体温でもみくちゃになって、泣き声と、涙でグチャグチャになって、目が熱くて溶けてしまいそうで、しばらく動くことができなかった。
グニャグニャになった視界の中で、轟くんの髪の毛は目立つ。
轟、と声を掛けて、掛けたものの言葉が見つからなくて、泣き出しそうな顔で言い淀む上鳴くん。泣きじゃくる峰田くん。鋭い歯を食いしばる切島くん。みんな、のことを、ゆっくりと視界に入れた轟くんは、苦しげな顔をしていた。そしてどこか、ぼうっとしている。ふわふわと。どこか現実味を帯びてないような目をしている。でも不安そうな。
迷子の子供みたいな。
大丈夫だ、と轟くんが言う。
ぼんやりとした声だった。
大丈夫だ。再び呟いた。
「ガスにやられて、寝てるだけかもしれねぇだろ」
そんなわけがなかった。
みんな分かってるはずだ。
でも何にも言えなかった。
そのガスだまりの場所から、みんなを助け出してきたんだから。
ブラドキングが、警察の人が、案じるような表情で、でも話を聞きたいと言う。涙をぬぐって、ぬぐって、ぬぐって、歩き出す。支えるようにして添えられた手がありがたくて、ひどく熱かった。

それからのことは、あんまりハッキリとは覚えてない。
警察の人に、自分が知っている情報をすべて話して、私が知らなかった情報はみんなが教えてくれた。クラスのみんなも――みんなと呼ぶにはあまりにも少ない――B組の人も、みんな不安そうな顔をしている。ガスの被害で、敵との戦闘で傷付き病院へ運ばれた人のこと、敵に攫われてしまった爆豪くんのこと、まだ行方がわかってない燐子ちゃんのこと、考え出すと、感情がグチャグチャになる。事情聴取が、経緯の把握が、事態の推測が、先生を待つ時間が、ひどく長く感じられた。
一時間か、二時間か、それくらい待っただろうか。
先生は戻って来た。
両腕に血まみれの燐子ちゃんを抱えて。

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