「よしーーーー今日はここまで!速やかに片づけて撤収だ」
吐き出しそうな衝動を抑えて、重い足取りで帰路につく。運動といえるような運動なんて、今日はほとんどしていない筈なのに、これが限界を超えたってことなのか。全身の疲労が著しいし、腕はもうパンパンだし、頭はガンガン痛む。かろうじて思考が停止していないのは、最後にかっ込んだケーキの存在が大きい。
「しばらく……チョコレートは、結構ですわ……」
滅多に聞かない弱弱しい声でそんなことを呟くのは、ずっと隣で訓練をしていた副委員長の八百万。体内の脂質を用いて『創造』を行うらしく、俺と同じような訓練内容だった彼女は、普段の高貴で上品な装いが嘘のようにげっそりとしていた。朝から晩まで、本当に一日中、ほとんど休憩も取らないままチョコレートを食い続けていたんだから無理もないことだ。
「同感だ。ただ、明日も多分……」
俺達の訓練用に用意された菓子の入った段ボールは、山のように積んである。そして脇に停められていた、中型貨物自動車には、恐らく……。いや、今は考えるのを止めておこう。ケーキにチョコレート、ジュースにキャンディ。ローテーションで味を変えることは出来るのが、せめてもの恩情か。いやそれにしても甘いものばっかりだし、飲み物でさえ個性を発動するための材料なのだから、やっぱりキツイ。俺みたいな図体のデカい男でさえ、結構気分が悪いし満腹なのか空腹なのか胃が混乱してるようなワケの分からない状態だ。女子である八百万にはもっとしんどいだろう。だからか、彼女が摂取していたほとんどは小さなチョコレートだった。
「うう……。せめて、せめて紅茶があれば……」
「八百万、紅茶好きだもんな」
「ああ……やはり、茶葉を持参するべきでした。まさか合宿所に、ないとは思わず……」
「普通は、ないと思うぞ……」
生徒をしごくための合宿所で、まさかお紅茶が出てくるわけもない。という考えが出てこなかったというのだから、彼女はまさしくセレブだった。
「ああ……ハロッズ……ロイヤルフラッシュ……」
セレブ中のセレブだった。

今の今まで食い続けていたというのに、これから更に食い物(夕食)を作らなくてはならない。自分達が食う物は自分達で作る。という、なんだか林間合宿のようなことを、クラスメイトと力を合わせて行うのだ。しかも何やら飯田が妙に張り切っている。
「カレー作りかぁ」
「なんか小学校のキャンプ思い出すなー」
「米がほぼほぼコゲたあの」
「幻の飯盒炊爨な!」
「米が何でコゲんだアホか」
「えぇ……?」
クラス別で大量の野菜と米が山積みされたテーブルへ向かい、とりあえず野菜を洗っておこうと皿を運ぶ。腕が足りず、障子が複製腕で持ち切れなかった皿と米を持ってくれる。こういう時、とっても便利だ。洗い場へ置くと、十人ほどが手伝いに来てくれた。B組からも同様に、野菜や米を抱えた数人が歩いてくる蛇口をひねると、夏らしく一瞬温くなったあと、ひんやり冷たい水が勢いよく出てきた。
「ケロケロ。冷たくて気持ちいいわね」
「頭からかぶりたいトコだよな」
「ちょっと元気出た……」
「それにしても量多いなァ」
「洗う奴と分ける奴と切る奴いるね」
「口田、あと二三人くらい調理の方連れてきてくれるか?」
尾白から突然指名された口田がビックリしたように大きな目を丸くして、でもハッキリと頷いた。軽く水を切って、くるっと方向転換して薪やかまどの近くに何人か固まっているところへ突っ込んでいった。引っ込み思案なだけで気のいい奴だと思ってたけど、個性訓練中ずっと大声を張り上げて幾分気が晴れているのか、今日はオロオロした感じがそんなにしない。思わず尾白と隣の梅雨ちゃんと顔を見合わせる。二人とも、おんなじ表情をしていた。きっと俺もそうなんだろう。
「皆!助っ人に来たぞ!」
「包丁を使える人は、洗った端から切っていった方がいいわね」
「ハーイ梅雨ちゃんわたし出来るわたしわたしー」
「梅雨ちゃん燐子ちゃん、並ぶと和むねぇ」
「お二人とも小柄ですものね」
「身長の割にどっちも中々の果実を持ってんだぜェ……」
「お前もキャラデザの割に恐ろしい思想持ってるよな」
「ウェ……ウェウェウェウェイ……」
「上鳴ちゃんは玉ネギむいてくれるかしら」
「はよ手ェ動かせや……」
「ウワ早!!」
総勢二十一人でワイワイガヤガヤ。
途中何度か小さなトラブルに見舞われながらも完成したカレーライスを思い思い皿に盛りつけて、適当に空いている席へ座る。不思議なモンで、完成したカレーを見ていたらどんどん腹が減ってくる。市販のカレールーの、子供舌に優しく絶妙に和らげられたスパイスのほのかな香りで、甘い物しか入っていなかった胃袋が刺激される。というか腹が鳴った。
「席に着いたか皆!スプーンは全員持っているだろうか!?」
「持ってる持ってるから委員長!」
「腹減ったーー!!」
「よしでは手を合わせてーー」
いただきます!!!
バラバラの大きな声が、静かな森に響いた。
口いっぱいに頬張る。よく噛んで飲み込んで次の一口。ついついスプーンからこぼれ落ちそうなくらい山盛りすくってしまう。大口開けて食うのが美味いんだよな、カレーは。
「ウマーーイ」
「店とかで出たら微妙かもしれねーけど、この状況も相まってうめーーーー!!」
「言うな言うなヤボだな!」
「ヤオモモがっつくねー!」
「ええ。私の個性は、脂質を様々な原子に変換して想像するので。沢山蓄える程沢山出せるのです」
「うんこみてえ」
隣のテーブルでなぜか瀬呂が耳郎に殴られている。どうしたんだろう。きっと瀬呂が何かしたんだろうな、と思いながらも手を止められず無心で食い続けるから、すぐになくなってしまった。
「俺お代わりよそってくるわ」
「おー」
「いってら〜」
「砂藤君食べるの早いねえ」
「カレーが、オイシイ!」
「僕もおかわり行ってくるね」
「緑谷も早いな」
早くも一皿目を食べ終えた奴がちらほら、鍋のところに集まり出した。手早く米をよそってカレーをたっぷりとかける。皆で処理した大量の野菜と肉がゴロゴロ入った、家よりも豪華な合宿カレーの二皿目だ。緑谷は列の途中にいるので先にテーブルへ戻ることにした。前の席を過ぎてさっきまで座っていた席へ戻ってくると、不思議な光景が目に飛び込んできた。
「燐子」
「だからねぇ今日は時間がズレててね……ん?」
「あれ?轟どしたの?」
「悪ぃ芦戸、話の途中に」
なんと。
轟(兄)が轟(妹)に、話しかけている!?
思わず我が目を疑う。目を擦ってから再度見て見ても、やっぱりそこには轟兄妹の姿があった。どうやら幻ではないみたいだ。偶然、同じテーブルに席をとっていたのは見ていたが、同じ食卓に着いているからといって兄妹で言葉を交わすことなんて無いし、本当にこの四か月、特に兄から妹へ話しかけるなんてこと、滅多なことではなかったのだ。
動揺を隠しつつ、着席して二杯目のカレーを食べ始める。が、ついつい聞き耳を立ててしまうのは許してほしい。いや耳だけじゃないな。目もだ。「イイヨー」と気のよい返事をする芦戸の目も物語っている。興味が津々だ。
「なぁに焦凍」
「今日の訓練のことなんだが」
「女子の会話を遮ってまで今話すことかな?」
「機会伺ってたが、終わんねえじゃねぇか」
コッチの驚きなんて知る由もなく、普通に会話が始まった。
ああこんな感じなのか。
轟(妹)は普段より話すテンポが若干速くて、気持ちそっけないような感じもする。いつもがアレ人当たりよさ過ぎるんだろうけど。これが家族の間合いなのだと言われればそうかもしれないとも思う。そして一言簡潔に返すごとにしっかりとカレーを食べているから、兄とは違ってどんどん減っていく。
「女の子のおしゃべりはね、止まらないんだよ」
「女子ってすげぇな……」
「とりあえずカレーは食べんさいよ」
「そういえば……お前と夕飯食うの久しぶりだ。何年ぶりだ?」
と……と、轟家ェーーーー!?!?
やっぱり何かちょっとおかしいよお前らの家庭!
気付いたら周辺の奴らも事のなりゆきを見守ろうとチラチラ目を向けていた。
よく見ると相澤先生まで目ェかっ開いて凝視している。
そうだよな。やっぱ気になるよな。こんな目の前で繰り広げられたら。
「春は三回来たよ。それで訓練の話とは?」
「俺は今日、ドラム缶に入って湯を沸かしてたんだが」
「瞬間湯沸し器だね」
「瞬間じゃ沸かなかった」
「ヒートショックへの配慮が行き届いているね」
「それで温度上げようとしたら沸騰しかけて、右でカバーすることになって」
「ピンチに役立つね」
「かと思ったら、上がらなさ過ぎて温もらねぇ」
「水風呂かぁ。真夏にはいいよね」
「氷溶かす分にはいいんだが。戦闘で炎出す時も、そういや温度なんて意識してねぇなと思った」
「焼き豚作るわけじゃないんだから、虚仮威し程度でいいんじゃないでしょうか」
「お前はかなり細かく調整してるよな」
「女は細かいんだよ」
「色々考えて個性使ってんだなって思ったんだ」
「それはもう、敏感肌だからね」
「肌に敏感も鈍感もあんのか?」
「あるよ。焦凍はきっと鈍感肌だね」
「俺が……?いや、肌のことはいいんだ」
「いいのかぁ」
「俺が聞きたいのは、左の調節をお前はどうやってんのかってことで」
「…………焦凍って前に、わたしがパパに似てるみたいなこと言ってたけどさ」
「温度もだが規模もーーお?」
「焦凍だってパパそっくりだよ」
「……どこがだよ」
「調子のいいところ」
「調子…………」
「パパに聞いてあげたら?大喜びで教えてくれるよ」
空になった食器を手に立ち上がり、鍋じゃなく洗い場の方へ歩いていく轟(妹)。
残された方の轟(兄)は不可解だと言わんばかりの表情でそれを見送っていた。 そして軽くため息を吐くと、カレーの残りを食い始める。
「…………」何とも言えない気分になって、周囲と顔を見合わせる。
「やっぱ燐子ってさー」小声で溢したのは芦戸だ。
「轟のこと嫌いなのかなぁ?」
「あー……」
「仲悪いっていうか、たまにそういう風に見える時ある」
「普段は轟のが燐子を嫌ってそうだけど」
「轟から今日は話しかけてたけどな」
「そーいやどうしたんだ?アイツ」
「燐子ちゃんっていつも人当たりいいのに」
「エンデヴァーに聞けって話切ってたもんね」
「つーかエンデヴァー、パパって呼ばれてるんだね!」
「三年ぶりの晩餐……」
「俺は終始笑顔だったのが逆に怖ェよ……」
「どうした峰田」
何を言うこともなく、表情を変えず、周りから様子を窺われているなんて考えもしていないような様子で食事をする轟。クソ、こんな時に限って飯田は鍋に残ったカレーを食べる奴はいないかというアナウンス係に徹している。一連の流れを観ていた人間では声を掛けづらく、結局黙々とカレーを食い終えるとごちそうさま、と呟いて食器を片しに行ってしまった。
「おや、轟くん。カレーはもういいのかい?」
「おう。飯田はちゃんと食ったのか」
「おかわりする人がいなくなったら、俺も二杯目をいただこうと思う」
「俺はもう食わねえから、代わるよ」
「そうかい?では、お言葉に甘えようか……」
「皿くれ。よそうから」
「ありがとう!」
唐突に始まった轟兄妹のコミュニケーションはこうして幕を閉じ、多くの人間に疑問を残したのだった。それにしても、轟(妹)が言ってた『調子がいい』ってのは、どういうことだろう。調子のいいエンデヴァーも轟(兄)も、イマイチ想像できねぇけどな俺は。
そういや緑谷戻って来ねェな。

「あぁ〜眠いぃ〜」
「やっと終わったなぁ〜」
「部屋つくまで耐えろ……耐えるんだ俺達……」
深夜は午前二時過ぎ。
補習授業からの帰り道。
A組男子に割り当てられた大部屋へ戻る道中、座学によって凝り固まった身体をほぐしながら、足を引きずってフラフラ歩く。補習仲間の瀬呂・上鳴・切島も今にも寝落ちしそうだ。
「明日ー、は、七時起きだから……」
「四時間五十分睡眠だな」
「朝起きれっかなァ」
「委員長いるから大丈夫だろ」
「詰め込みすぎて頭パンパンだよもう俺」
「これがあと四日続くのか……」
「言うな言うな」
「聞いてない、俺は何も聞いてないぞ!」
何か喋ってないと目を空けてられないので会話をするものの、朝昼晩のメニューで疲れ切った身体は足取りが重く、これがまだ二日目だというのだから先行きも重い。ただ志を同じくするクラスのメンバーと大勢で寝食共に過ごすというのは、過酷な訓練の中でもなんだかんだ楽しくてやりがいのあるものだ。補習はしんどいけど、やっぱり合宿に来られてよかった。とじんわり思う。だがしかし眠いものは眠い。うっかり気を抜くと瞬きした後瞼を上げられない。目に力を込めて先を急ぐ。
芦戸は少し前の道で別れた。B組の男子用の大部屋とは距離も近いから昨夜はこのメンバーに物間がいたけど、今日は一人補習部屋に居残っている。理由は何というかもう、言わずもがなだ。
「明日肉抜きかぁ、キッツいなあ」
「ただの腕相撲から、一体何がどうなって大乱闘に?」
「まさか飯田が付いててああなるとは……」
「いや俺はそうなる気がしてたよ……」
「爆豪がいるもの」
「くっ……皆、すまねえ!」
なんでも自分達が補習で抜けた後、予定していた腕相撲だけじゃなく、枕投げまでしていたらしい。しかも、最後は個性まで使用しての乱戦。先生達の顔面にも思いっきり枕を投げつけてしまったのだとか。たびたび授業を抜け出す物間を不審に思い様子を見に行った相澤先生とブラドキングが鬼の形相で物間を連れて帰って来た時は何事かと思った。結局、勝負にかかわった男子はA組もB組も肉抜きの刑に処される。あと明日のメニューが三倍に。軽めに言って地獄オブ地獄だ。
「いいなー参加したかったなァ」
「バッカお前肉抜きはキツイぞ?」
「米が食えればいいかな俺は」
「けど今のコレにメニュー三倍は控えめに言って死ぬ」
「物間大丈夫かなあアレ」
「半分以上、物間とバクゴーのせいだろうし、いんじゃね?」
「仕方がないさぁ。物間と爆豪だもの」
ちなみに後ろを歩く切島も一度、腕相撲のために授業を抜け出したものの、まだ多少なりと健全であった腕相撲の、自分の試合のためのほんの一瞬だったし、物間が処罰を受ける際、自ら名乗り出たため、連帯責任で明日は同様に肉抜きとメニュー三倍の刑を受けることにはなったが、今ごろ極限状態の中ブラドキングのお説教を受けているだろう物間よりは罪が軽いとされ、相澤先生のお説教は回避できたという。情にアツいまっすぐな男が功を奏した結果だ。
「まーともあれ無事に今日も一日終わったことだし、明日からもまた頑張らねーとな!」
「無事かな……?」
「明日つーか今日な……」
「あと……四時間四十八分で起床時間だァ」
「止めろ数えんな」
「おいそろそろ静かにしろよ」
大部屋に到着した。
そっと襖を開けると、出て行った頃とは打って変わって暗くて静かな部屋。
十四人もの男が雑魚寝する部屋は既にぎっしりと布団が敷かれていて、当然だが全員熟睡しているようだった。俺達の布団も敷いてあるのは、誰かの優しさだろうか。入口付近に固められている布団にありがたさを感じつつ、顔を見合わせてそれぞれ手近な布団へ腰を下ろした。あとは寝転がって布団にくるまったら目を閉じるだけ。
小声で就寝のあいさつをして、ゆるやかにやってくる眠りの波に、今度こそ抗うことなく身をゆだねる。今日一日の頑張りが、夢にまた一歩、近づいている。
雄英に入ってよかった。
明日も明後日もその次の日も。
この一週間を乗り切って、
きっと強くてカッコいいヒーローになろう。
おやすみ。

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